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第一章 承の舞・7
脳裏に浮かんで消えた陽気な両親の笑顔に、炎色の瞳が細められる。
「ご両親に、会いたいですか?」
「・・・・・・・・は?」
仕舞われた懐中時計を鎖が撫でる摩擦音が小さく響く。
民俗学者は、閉じられた世界では日常生活を乱す異端者としか映らない。その警戒心は時として敵意となって旅人へと向けられ、過去には悲惨な殺人も起こっていたそうだ。無益な争いと無残な結果を生み出さない為に、いつの頃からか、民俗学者達は自分達の身分を証明する懐中時計を持ち歩くようになった。
凪も例外ではなく、身分証としての懐中時計を仕舞った彼女の問いかけに、橋聖は怪訝そうな顔をした。
「親に置いていかれた子供のような表情をしていましたよ」
親に置いていかれた子供――自分は、そんな表情をしていたのだろうか。
(…ま、あながち間違ってはいないか)
遠い、遥か昔の記憶だ。
おぼろげに覚えている。自分を呼ぶ、母の声を。