第一話 承の舞・4
「落ち着いて。大丈夫ですから」
予想もしていなかった事態に、冷たい手だなと、驚きを通り越して冷静にそんな感想を脳は導き出す。
「ね?」
「…あ…ああ」
問うように小首を傾げられれば、ようやく現実に戻ってきた橋聖はそれだけ返すのが精一杯だった。冷たさが離れれば、自然と落ちる腰。が、そこに椅子はなかった。
「って…ッ」
先程自分が椅子を蹴り飛ばした事をすっかり忘れて座ろうとした橋聖は、空気が人間の重みを支えられるはずもなく、当然の如く床に尻餅をつく。
「腰打ったぁ…」
涙目で橋聖は鈍痛を訴えてくる腰をさする。そんな彼の耳に、控え目な笑い声が届いた。
顔を上げれば、肩を震わせる姿が映る。初めて見せる彼女の笑顔に、橋聖は腰の痛みも忘れて魅入ってしまった。
自分へと向けられる視線に気付いたのか、動かされた深緑の双眸が見上げる形となっている赤と出会う。自然と笑いが収まれば、必然的に見詰め合う形になる二人。
問うように小首を傾げれば、その頬を金髪が撫でる。それすらも美しく見えて、果たしてその頬を赤く染めたのは差し込む夕陽の光だったのか。
「あの…大丈夫ですか?」
床に座り込んだまま微動だにしない理由を、彼女は別の意味に受け取ったのだろう。心配そうな声に、橋聖は我に返った。
「あ…えぇと…だ、大丈夫…です」
顔を背け、慌てて橋聖は立ち上がる。俯いた自らの頬が熱を帯びている事には気付かない振りをした。