第8話 監視死角の地図
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午前七時、管理課会議室。壁いっぱいの平面図に、赤い付箋が増えていく。
白飛び発生時刻、KZ09同期異常、非公開アカウント移動履歴。榊司は線を引きながら、死角の連鎖を可視化した。
「第二庁舎だけじゃない。第三倉庫側にも同型帯があります」
周防が報告する。
「点を線に、線を面にする」
榊はマーカーを置いた。
制度上、管理課が勝手に監視設定を変えることはできない。監視機器は情報政策課、動線制限は総務、深層立入りは査察同席。だから今日は、設定変更なしで取れる証拠を積む。
第一段階は再マッピング。現行映像だけで死角の共通性を抽出する。
猪狩班が巡回、周防班が時刻タグ付け、榊は中央卓で照合。地味だが、比較可能性を残すにはこの反復が要る。
正午、第三倉庫搬入口で白飛び再発。時刻13:12。直後に不明セッションが立ち上がる。
「また同じ型です」
周防の声が固い。
「評価を急ぐな。採番を先に」
榊は返す。
「T3-41近接、T3-42端子、T3-43固定部。復唱」
『復唱、完了』
午後、議会事務局から照会が来る。
『契約停止継続の損失見込みを再提出せよ』
榊は停止損失と再発損失の比較表を更新した。短期遅延の負担はある。だが停止解除を急いだ場合の事故再発コストはそれを上回る。
真壁が資料を見て言う。
「これなら政治側に出せる」
制度戦では、正しいだけで足りない。提出先ごとの読みやすさが必要だ。
夕方、第三倉庫の配線パネルから同型変換アダプタが見つかる。刻印は削られているが、固定ネジの塗料組成が第二庁舎と一致した。
来栖が確認する。
「一致率は?」
「白飛び時刻と接続履歴で八割一分」
榊が答える。
監査指定ラインを越えた。偶発説明はさらに苦しくなる。
だが榊は浮かれない。
「入口が増えただけだ。閉じる手順は別に要る」
終業前、再マッピングの暫定結論をまとめる。
一、死角は庁舎横断で連鎖。
二、白飛びと不明セッションは同時帯で発生。
三、同型部材が複数地点に存在。
周防が資料を閉じる。
「これで次の会議、押せますか」
「押せる。でも押し切るには、責任線をもう一段固める」
その瞬間、監視卓に新アラート。
第四保管室、未登録リレー検知。
地図は埋まってきた。相手の逃走路も、同時に見えてきた。
第四保管室の警報を受け、管理課は夜間緊急点検へ切り替えた。榊は現場へ走る前に、まず照会フローを固定する。
誰が現地確認、誰がログ抽出、誰が監査連絡。三役が曖昧だと、同じ情報が三回動いて遅れる。
猪狩班が現地へ入り、周防班が端末ログを回収、榊は中央卓で時刻を統合した。
第四保管室で見つかったのは、薄型の中継モジュールだった。刻印は削られているが、端子配列は第二・第三庁舎で確認済みの型と一致する。
「同じ工数で設置されてます」
周防が固定ネジの締付痕を見て言う。
「締付トルクの癖まで似てる」
榊は撮影手順を更新した。端子だけでなく、工具痕と設置高さを必須項目へ追加する。
同一犯を示すには、“同じ部品”より“同じ作業癖”の方が強い。
午前0時、中央監査とのオンライン確認。来栖が画面越しに問う。
「第四保管室の発見で、地図はどう変わる」
榊は新しい線を引いた。
「従来は第二—第三の往復線。今夜の発見で第四が加わり、三角網になります。単一経路遮断では止まりません」
中央監査官がメモする。
「対策は?」
「経路単位ではなく機能単位で遮断。同期系、配布系、承認系を分離します」
機能分離は現場負荷が増える。だから榊は、同時に負荷軽減策を出す。
第一に、入力欄の統一。
第二に、復唱項目の短文化。
第三に、記録担当の二人一組運用。
記録を増やしながら遅くしない。課題に、初めて実装案が乗った。
翌朝前の最終点検で、異常接続のピークは木曜夜21時帯に再集中。
「また同じ時間」
周防が言う。
「なら逆に、待ち伏せできる」
榊は答える。
待ち伏せとは、罠ではなく準備だ。人員配置、照合手順、提出順序を先に置く。相手の動きに後追いしない。
真壁がホワイトボードを見て頷く。
「次の会議で、単発不正説は崩せるな」
榊は最後の修正を入れた。
『網状不正モデル v1.2』
モデルは仮説に過ぎない。だが仮説がある現場は速い。
匿名通知が届く。
『地図があっても、出口は見えない』
榊は通知を保存し、資料束の先頭に地図を置いた。
出口はまだ見えない。だが、迷路ではなくなってきた。
管理課に戻った榊は、網状不正モデルの前提条件を一つずつ洗った。仮説は便利だが、都合のいい仮説ほど危険だ。だから反証可能性を先に書く。
第一条件、第四保管室のモジュールは第二・第三と同型であること。
第二条件、白飛び時刻と不明セッションが同時帯で発生すること。
第三条件、施工痕が同一手順を示すこと。
この三つのうち一つでも崩れれば、モデルは更新する。榊は周防に言う。
「仮説を守るな。現場を守れ」
周防は頷いて、固定ネジの金属片を回収袋に入れた。工具摩耗の比較へ回すためだ。地味な破片が、施工者の癖を示すことがある。
午前一時、来栖から追加照会が届く。
『第四保管室の電源履歴を取れ。再投入の周期が一致するなら運用線が固まる』
榊は設備担当を呼び、遮断器ログを抽出した。再投入周期は三週間固定。第二庁舎地下ゲートの保守周期と一致する。
「偶然にしては出来すぎです」
設備担当が言う。
榊は首を振る。
「出来すぎる時ほど、確認を増やす。明日、周期一致を第三者確認に回す」
朝前の短い仮眠を挟み、管理課は七時に再開。真壁は会議冒頭で宣言した。
「本日から木曜21時帯は特別監視帯とする。通常監視とは別ログで保存」
通常帯のログは流量が多すぎる。特別帯を切ることで、比較が可能になる。
猪狩は現場側の実務負荷を確認した。
「監視帯を増やすと巡回班が足りない」
榊は代替案を出す。
「巡回頻度を維持したまま、監視帯は交差点のみ高密度にする。全面強化はしない」
全面強化は理想だが続かない。続かない運用は、敵より先に自壊する。
午前九時、中央監査へ暫定報告を送る。件名は簡潔にした。
『第四保管室発見に伴う網状化可能性(反証条件付き)』
反証条件付き。言い切らないことで、逆に文書が強くなる。
送信直後、匿名通知が来た。
『待ち伏せしても、来るのは影だ』
榊は通知を保存し、白板の下段に書いた。
『影を追うな、手順を追え』
出口はまだ遠い。だが、出口へ向かう地図は昨日より具体的になった。




