第37話 三十日レビュー――改善が偶然ではないと証明する
30日レビュー審理の朝、レイナは三枚の比較表だけを持って入廷した。7日、14日、30日。資料は多いほど強そうに見える。だが、読み手が一瞬で核心へ辿り着けない資料は、実戦では弱い。必要なのは、改善が偶然ではないと示す線だけだった。
入廷前、ミリエルが最後の確認をする。
「夜勤帯未回答増を突かれたら?」
「認めます。その上で、先行是正ログを出します」
「寄与率比較の順番は?」
「来訪減少より先に、順序逸脱の落ち方を見せます。偶然じゃ落ちない場所から入る」
ガレスは眠そうな目で笑った。
「ほんと、殴り合いの仕方が監査屋だな」
「今日は数字で殴ります」
法廷で相手側が最初に切ったのは、やはり季節要因反証だった。
「冬季は来訪が減る。夜間負荷が落ちれば、保留も未回答も下がる。改善は制度効果ではありません」
その言い方はもっともらしい。もし数字を表面だけ見れば、そう読めなくもない。だが表面だけで終わらせないために、レイナはここまで積んできた。
ミリエルが受ける。
「では同時期同規模区画との寄与率比較を見ましょう。減ったのは来訪だけではありません。順序逸脱と未回答滞留の落ち方が別です」
レイナは比較表を開いた。机の上に紙を置く音が、妙に大きく響く。
7日で保留ゼロ定着。
14日で順序逸脱ゼロ維持。
30日で未回答滞留時間の短縮。
「来訪減少だけなら、未回答滞留は比例して緩やかに下がるはずです。今回は夜勤帯の応答順序が修正され、落ち方が変わっています。ここは制度変更が入らないと説明できません」
相手側代理は間髪入れず別の穴を突いてきた。
「ならば夜勤帯未回答増はどう説明しますか」
法廷の空気がわずかに揺れる。そこは実際、弱点として把握していた箇所だった。レイナはその揺れを感じながらも、用意していた補助票をそのまま差し出した。
「先行是正済みです」
夜勤帯未回答増の発生日。
是正時刻。
是正後の戻り幅。
再発確認時刻。
「弱点はありました」
レイナは先に認めた。
「ですが、それを認めた上で潰しました。問題は弱点が出たことではありません。制度内で補正できたことです。前の運用なら、ここは翌朝まで放置されていました」
ガレスが現場報告を重ねる。
「前は夜勤の詰まりが朝礼まで持ち越してた。今は当夜で切り返せる。現場の感覚はそこが一番違う」
記録係が比較表の余白にメモを取る。主査補佐も、寄与率比較の欄で手を止めた。
《季節要因単独では説明不能。制度寄与あり》
その一文で、相手側の勢いがはっきり落ちた。彼らは改善が起きた理由を奪えなかった。改善が偶然なら、次の改善も偶然に委ねるしかない。だが制度寄与が認められれば、改善は次の手順へ繋がる。
午後、主査は最終判断を告げる。
「30日レビューの結果、本運用改善は制度寄与を含むものと認定する。恒常運用移行は条件付きで承認」
条件は三つだった。
例外案件でも三点要件を守ること。
72時間再発確認を維持すること。
引継ぎ記録を定型化すること。
勝っても責任は減らない。むしろ増える。レイナは一つずつ書き留めながら、その重さを受け止める。
相手側代理は最後にまだ粘った。
「最終処分公告と恒常運用開始は切り分けた方が慎重です。処分を先に確定し、開始は後日でもよいのでは」
それは慎重論に見えて、実際には空白時間を作るための言い換えだった。
レイナはすぐ返す。
「空白時間が生まれます。処分だけ確定して、開始が翌日に送られれば、その半日が旧運用の逃げ道になります。慎重に見えて、一番危ない切り分けです」
主査は考える間を置かず、短く裁定した。
「次回、最終処分公告と恒常運用開始を同日審理とする」
その瞬間、終盤の勝負所が見えた。ここから先は、終わりを取るだけでは足りない。終わったその日に、次を回し始めなければならない。
補給所へ戻るころ、窓の外はもう暗かった。ガレスが比較表を見直しながら、少し感心したように言う。
「数字で殴る回だったな」
「はい。でも数字だけじゃ勝っても続きません」
レイナは紙束を閉じる。
「次は同日で回し始めます。終わりと開始を分けない」
ミリエルが静かに頷く。
「そこが最後の勝負ですね」
レイナはNo.93欄外へ追記した。
制度寄与認定。
恒常運用条件付き承認。
同日審理設定。
最後に手帳へ一行。
“改善した事実だけでは足りない。改善が戻らない形を取る。”




