第21話 外部介入追跡
朝、管理課は白板の見出しをすべて消した。
残したのは三語だけ。境界、責任、再現。
榊司は会議冒頭で言う。
「内部を整えただけでは足りない。今日は外部介入経路を特定する」
これまでの是正は、庁内の順序と承認を中心に組み立ててきた。だが定着フェーズでは、外部委託・外部閲覧・外部搬送の接点が主戦場になる。
周防が外部接続ログを投影した。
通常帯は安定、木曜21時帯の直後だけ、外部照会リクエストが段状に増える。
「内部更新のあとにだけ増えてます」
周防が言う。
「更新内容が外に見えているか、更新タイミングが読まれている」
榊は答える。
来栖は法務線を引いた。
「外部先への照会自体は合法。問題は責任線が曖昧なまま実行されること」
真壁は責任表を開く。
内部承認責任、外部送信責任、受領確認責任。三列のうち、外部送信責任だけが部署横断で曖昧だった。
曖昧な列は、必ず境界漏えいの入口になる。
榊は境界監査票の導入を提案した。
一、外部送信は案件ID必須。
二、送信前承認の時刻固定。
三、受領確認を同一票へ統合。
四、例外送信は30分以内追認。
猪狩班が現場側の懸念を持ち帰る。
「委託先への即応が遅れると言われています」
榊は代替を同時に出した。
「即応枠は残す。だが即応枠も案件IDだけは先に打つ。IDなし送信は禁止」
止める条件と通す条件を分ける。この分離がさらに重要だった。
午後、中央監査との接続会議。
『外部介入の証拠は』
榊は断定を避け、経路候補として示す。
「内部更新後十五分帯で、外部照会の偏りが三週連続。送信責任欄の空白案件と相関があります」
周防が散布図を重ねると、偏りは視覚的に明確だった。
来栖が補う。
「不正断定ではなく、境界管理不足の断定です」
会議終盤、中央監査官は緊急遮断条件を求める。
榊は即答した。
「案件IDなし外部送信を1件検出した時点で、該当経路を24時間遮断。再開は二名承認。」
強い条件だが、境界では曖昧条件が一番危ない。
夕方、試行導入の初回運用。
案件ID必須化により送信は平均5分遅れる。だが送信責任欄の空白はゼロになった。
真壁が言う。
「遅れは説明できる。空白は説明できない」
榊は頷く。
「説明できる遅れを選ぶ」
夜、周防が異常ログを拾った。
委託先共有フォルダに、内部承認前の改訂版資料と同名ファイルが存在した痕跡。
「時刻が逆転してます」
周防の声が固い。
榊は即時で証拠化を指示する。
「ハッシュ、時刻、参照元、共有履歴。四点固定」
来栖が短く言う。
「配布順の再設計が必要だ」
白板に次の見出し。
『第22話:改訂版資料の配布順』
定着フェーズの敵は派手じゃない。
責任欄の空白と、順番の曖昧さだ。
翌朝、管理課は境界監査票の入力ログを見直した。初日だけで分かったのは、外部送信の“責任欄空白”がゼロになった一方、案件ID入力の誤記が増えていることだった。
周防は誤記の内訳を出す。桁落ち、枝番欠落、案件年次ミス。どれも急ぎ入力時に起きる典型だ。
「止めたいのは外部漏えいで、誤記で業務を止めることじゃない」
榊は言う。
「入力チェックを厳格にしつつ、補正導線を短くする」
管理課は入力補正の即時導線を追加した。
一、年次ミスは候補表示で自動補正。
二、枝番欠落は送信前警告で追記誘導。
三、桁落ちは案件名照合で再確認。
厳格化と補正を同時に入れる。片方だけでは現場が潰れる。
午後、委託先窓口との合同確認が行われた。委託先担当は困惑を隠さない。
「内部承認の完了を待つと、こちらの作業開始が遅れます」
榊は境界線を明示する。
「作業開始通知は先行できます。ただし資料本文は承認後。通知と本文を分離します」
来栖が法務注記を重ねた。
「先行通知の文面は公開語辞書のみ。個別数値や固有IDは含めない」
委託先は最終的に同意した。速度は落ちるが、責任の所在は明確になる。
夕方、境界監査票の二回目集計。
送信責任欄空白ゼロ、案件ID誤記率は半減、外部照会偏りは縮小傾向。
真壁が言う。
「数字は改善してる。だが偏りはまだ残る」
「残るなら、次の手を打つだけ」
榊は答える。
夜、周防が追加の異常を見つける。
委託先フォルダのアクセス時刻と、庁内の下書き保存時刻が近すぎる案件が三件。正式配布は守られていても、下書き段階の情報が周辺へ漏れている可能性がある。
「本文は出てない。でも“更新があった”こと自体が読まれてる」
周防の指摘に、榊は頷く。
情報は中身だけじゃない。更新のタイミングも価値になる。
管理課は“更新痕跡の平準化”を試す。
下書き保存を一定間隔でバッファリングし、外部から更新タイミングが読めないようにする。遅延は生むが、推測の材料を減らせる。
初回試行では、外部照会のピークが分散した。
偶然の可能性は残る。だが対策としては有効だ。
終業前、中央監査へ追補報告。
『境界監査票の定着を確認。更新痕跡平準化を試行導入。外部照会偏りは縮小傾向。』
榊は報告の末尾に一文を添えた。
『境界管理は送信だけでなく、更新痕跡の管理を含む。』
会議で勝つためではない。明日も漏らさないための一文だ。
白板の欄に新しい項目が加わる。
『更新痕跡監査』
管理課の仕事は、見えている穴だけを塞ぐことじゃない。
見えない入口を、見える手順へ変えていくことだ。
終礼で真壁は境界監査票の空欄率を確認した。初日12%、二日目4%。数字は小さいが、この低下が翌日の混乱を減らす。
榊は言う。
「境界を守る仕事は派手じゃない。空欄を減らす仕事だ」
外部介入を止める鍵は、境界の厳格化だけじゃない。境界を跨ぐ前後の記録を同じ票で追うことだ。
管理課はその票を、翌週の標準様式に昇格させる決定をした。




