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定時で帰るために、ダンジョン運用を最適化します 〜市役所管理課は事故と改ざんを止めたい〜  作者: ヲワ・おわり


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第2話 反発する現場エース

1日5話投稿予定で

18:30 / 19:00 / 19:30 / 20:00 / 20:30

に投稿する予定です

よろしくお願いします

 朝礼で、猪狩健は作業ボードの前に立ったまま腕を組んでいた。探索班のエース。三年間、重大事故ゼロの実績を持つ男だ。現場は彼の判断で動く。


「昨日の短縮は偶然だ。現場は紙で回らない」


 猪狩の言葉に、班員がうなずく。管理課が新しい運用を押しつけても、探索班が拒めば終わる。榊司はそれを分かったうえで前に出た。


「一回だけ同行します。遅れたら旧運用に戻す」


 管理課主任補の榊に、戦闘現場を直接止める権限はない。できるのは、事故を減らす手順を提案し、課長承認を通すことだけだ。だから現場の信頼を数字で取るしかない。


 第一層の細通路。猪狩はわざと最悪の導線を選んだ。搬送と帰還が交差し、担架と素材台車が互いに譲り合って詰まるルートだ。


「ここで理屈は死ぬ」


 榊は床に三色テープを貼った。青は帰還、黄は搬送、赤は封鎖。さらに無線呼称を班名から券番号へ切り替える。


「B-07先行、A-11待機、C-03封鎖確認。復唱」


 復唱が入ると、誰が次に動くかが揃う。班同士の遠慮で生まれていた“微停止”が消え、流れが戻り始める。十分後、滞留列は半減。


 猪狩は口を閉じたまま、二周目を指示した。二周目も同じ傾向。偶然ではないと、現場の顔色が先に認めた。


 そのとき、封鎖弁前で若手が止まる。


「承認印はあります。でも手当欄が空欄です。旧書式R04……」


 榊は書類を奪って確認した。R04は旧様式で、残業手当の扱いを現行規程に接続できない。つまりこれを通すと、後で“誰も責任を取らない残業”が成立する。


「R04不整合。差し戻し」


 総務班が反発する。

「止めたら納品遅延だ!」


 榊は即答した。

「遅延は今日の問題で済む。改ざんは来月まで壊す」


 沈黙のあと、猪狩が無線を握る。

「管理課の番号呼称に合わせる。搬送優先で継続。書類は榊に集約」


 現場が一斉に動く。実績のある人間が方向を示すと、ルールは命令ではなく共通言語になる。


 終業時点の結果は明確だった。事故未遂ゼロ。搬出量は前日比18%増。封鎖待機時間は三割減。


 休憩室で猪狩が缶コーヒーを投げてよこす。

「数字は嫌いじゃない。ただ、数字は嘘をつく」

「だから記録を二重化する。誰が、いつ、何を止めたかまで残す」


 猪狩は短く笑った。

「じゃあ俺は、止められない現場を作る側に乗る」


 夜、来栖から査察予告メールが届く。

 件名は『旧書式承認混入に関する確認』。提出期限は翌日正午。


 同時に匿名通知。

『R04を掘るな。掘れば手当だけでは終わらない』


 榊はR04を抽出し、押印濃度と回付時刻を並べた。印影が揃いすぎている。現場で自然に回った紙ではない。


 真壁が背後で言う。

「ここから先は、課で抱える規模じゃないぞ」

「だから査察へ出します。現場だけで消せる段階を越えた」


 管理課の仕事は、戦うことじゃない。壊れないように回すことだ。

 だが“壊れる仕組み”そのものが意図的なら、回すために戦うしかない。



 夜、榊はR04書類だけを抽出し、発行端末と回付時刻を並べた。用紙は同じ、印字位置も同じ、折り目の角度まで近い。現場で自然に回った書類ではない。まとめて作り、必要な日に流している。


 管理課の制度上、榊には書類の真偽を単独認定する権限はない。できるのは“疑義を立てる”ことまで。認定は査察、処分は契約管理、停止は課長上申を経る。だから彼は、認定側が否定できない材料を先に積む。


 翌朝、榊は朝礼で新しい記録欄を配った。

「発行端末、押印濃度、受領時刻を追加します」


「現場の手間が増えるだけだ」

 不満が飛ぶ。


 榊は数値で返す。

「手間は一件あたり三十秒増えます。代わりに冤罪の押し付けを防げます。誰がいつ受け取ったかを残せば、責任のなすり合いが減る」


 猪狩が最初に署名した。

「俺の班はやる。事故報告で揉める時間よりマシだ」


 周防、搬送班長、最後に総務古参が無言でサインする。現場は理屈より、誰が最初に名前を書くかで動く。


 昼、再びR04が混入した。今度は封鎖解除命令に紛れている。榊は即差し戻し、来栖へ連絡。


『同型三件で監査起点に入る。提出順は時刻→書式→責任線で組め』


 来栖の指示は短いが明確だった。榊は指示通り、資料を“読む側の逃げ道”が少ない順に並べる。


 夕方、委託会社ロゴの職員が倉庫口で周防と衝突した。

「現場判断で中身を入れ替えた。細かいこと言うな」


 榊が割って入る。

「細かいところで人が死にます。入れ替え理由を記録してください」


 男は舌打ちし、無記名のまま立ち去った。

 “無記名”が続く限り、責任線はいつでも切断できる。


 終礼で真壁が全班へ告げる。

「本日より、無記名処理は管理課で受理しない。受理しない限り次工程へ進めない」


 現場にざわめきが広がる。厳しいが、これで抜け道が一つ塞がる。


 退勤間際、匿名通知が届く。

『次は書類じゃない。止めるな』


 榊は通知を保存し、猪狩へ転送した。

「明日、倉庫警戒を一段上げる」


 猪狩の返信はすぐ来た。

『了解。止めるべき時は止める』


 反発していた現場エースの言葉が、管理課の方針と揃った。

 改善が定着し始めた証拠は、数字だけじゃない。人の判断が同じ方向を向くことだ。


 深夜、榊は提出箱の前で一枚ずつ書類を並べ替えた。現場がどれだけ正しくても、順序を誤れば査察側に“解釈の余地”を与える。だから証拠は、読む相手の逃げ道が少ない順で置く。


 周防が眠そうな顔で言う。

「ここまでやるんですね」

「ここまでやらないと、明日また同じ残業が始まる」


 彼女はうなずき、最後の封筒に封印テープを貼った。


 提出前、榊は封緘した資料をもう一度開き、押印位置の比較表を先頭へ差し込んだ。説明を後ろに置くと、読む側は都合のいい解釈を先に作る。だから先に“逃げ道のない図”を見せる。来栖が頷いた。

「この順なら、査察は言い逃れしにくい」

 榊は封を閉じる。明日の会議で必要なのは熱量じゃない。切り返せない順序だ。

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