第17話 証人保全
正式化初日の夜、周防の端末に赤い警告が走った。
証人名簿への承認前照会。時刻は21時14分。ちょうど配布確認作業が重なる帯だった。
榊司は即座に口を開く。
「保全手順Aを発動。名簿閲覧を段階縮小、照会ログを隔離、関係先へ接触自粛通知」
命令は短く、順番は固定。緊急時に説明文を増やすと、手が止まる。
来栖は法務ラインへ接続し、真壁は暫定決裁を切る。猪狩班は現場側の端末利用状況を回収、周防は照会元端末の連続アクセスを追跡した。
証人保全は、証人本人を守る話だけではない。証言に至る経路を守る話だ。
榊はホワイトボードへ三列を書いた。
一、誰が見たか。
二、いつ見たか。
三、見た後に誰へ動いたか。
この三列が繋がると、接触の危険線が見える。
最初のヒアリングで、承認前照会は「準備のための確認」と説明された。悪意を示す証拠はない。だが承認手順を飛ばす事実は残る。
「善意でも、順序違反は順序違反です」
来栖が言う。
榊は責めずに手順を足す。
「承認前は名簿IDをマスク表示。承認後にのみ実名展開」
名前を見せないだけで、先回り接触の難度は上がる。
周防が保全連鎖票の試案を出した。
「閲覧、連絡、面談、提出。四段を一枚で追えます」
真壁はその場で採用する。
「今日からこれで記録。自由記述は補足欄に限定」
自由記述を減らすのは楽をするためじゃない。比較可能にするためだ。
深夜前、同一端末から二度目の承認前照会が発生。新ルールにより自動遮断。
周防が短く報告する。
「実行前に止まりました。遮断ログ保存済み」
榊は頷く。
「止めた記録を残す。成功事例も証拠だ」
中央監査への中間報告は三行でまとめた。
『承認前照会を2件検出。2件とも遮断。名簿IDマスク運用開始。保全連鎖票を導入。』
会議室が静まり、中央監査官は返答した。
『初動は妥当。次は接触痕跡の有無を示せ』
指示は明確だった。保全は守るだけでは足りない。侵食の痕跡を掴まなければ、次の穴は塞げない。
終業前、猪狩班が一件の報告を持ち込む。
保全対象の一人へ、面談前日に非公式な事前連絡が入っていた。
榊は即時で証拠化を指示する。
「時刻、送信元、文面、経路。四点固定で採番」
白板に次の見出しが加わる。
『第18話:事前接触の連鎖遮断』
制度が守るべきは、正しさそのものじゃない。
正しさへ届く道筋だ。
証人保全の本質は、証人の口を守ることではない。証言が形を変えずに届く経路を守ることだ。
榊はその考えを、班長向けの簡易手順へ落とした。
一、閲覧は承認番号と期限を必須化。
二、接触は窓口経由で時刻記録。
三、面談変更は理由コード付与。
四、例外は当日中に追認。
四項目だけに絞ると、現場は動く。十項目に増やすと、誰かが省略を始める。
午前の巡回で、猪狩班が問題を持ち帰った。現場側の一部が「窓口経由だと遅い」として、口頭確認を再開しかけていたのだ。
榊は禁止を強める前に、遅延の原因を測る。
窓口処理の遅れは、入力欄の迷いが主因だった。選択肢が多く、似た語が並んでいる。
「ここ、語を削る」
榊は周防へ指示した。
「緊急、通常、保留の三択に圧縮。詳細は補足欄へ逃がす」
同日午後の再試行で、平均処理は三十一分から十九分へ短縮。口頭確認の再発は止まった。
来栖が言う。
「手順を増やして守るんじゃない。迷いを減らして守るんだな」
榊は頷く。
「守る運用は、分かりやすい運用じゃないと続かない」
夕方、中央監査との確認会。焦点は接触痕跡の扱いだった。
『威圧性がない接触をどう評価する』
榊は評価軸を示す。
「文面ではなく時刻連鎖で見ます。承認前照会→接触→面談変更の連鎖があれば危険線として扱う」
感情語を抜くと、会議の速度が上がる。
会議終盤、真壁が現場側の懸念を代弁する。
「保全を厳格化すると、通常業務が詰まる」
榊は二段運用で返す。
「保全対象群は厳格運用、非対象群は簡易運用。全体を同じ重さで縛らない」
重さを分ける。これが制度疲労を防ぐ鍵だった。
夜、周防が遮断ログを整理して言う。
「今日の遮断成功は三件。全部、承認前照会からの連続アクセスです」
榊は遮断件数だけを喜ばない。
「遮断が増えるのは、侵食が続いてる証拠でもある。明日は照会理由の質を監査しよう」
防げた事実と、続くリスクを同時に持つ。管理課の仕事はいつもその間にある。
終業直前、匿名通知が届く。
『名簿を隠しても、順番は読める』
榊は通知文より到達経路を見た。配布窓口の変更後、到達ノードが一段外側へ移っている。相手も運用変化に合わせて経路を変えていた。
白板へ追記。
『証人保全 第二段:照会理由監査+経路変化監視』
守りは固定ではない。守りそのものを更新し続けることでしか、証言は守れない。
翌朝、管理課は照会理由の監査を始めた。理由欄に「確認補助」が並ぶ案件ほど、承認前アクセスが多い。榊は理由語を辞書化し、曖昧語を入力時点で警告する設定を入れる。
曖昧語を禁じると現場は困る。だから完全禁止ではなく、曖昧語を選んだ場合のみ具体語の追記を必須化した。
運用開始初日で、理由欄の具体語率は四割から八割へ上昇。承認前照会は一件も発生しなかった。
周防が小さく笑う。
「言葉を直すだけで、アクセスが減るんですね」
榊は答える。
「言葉は手順の入口だからね。入口を整えると、後ろも整う」
終礼で真壁は、保全連鎖票の空欄率を確認した。初日は18%、二日目は7%。空欄が減るほど、翌日の引き継ぎは速くなる。
榊は数字を見て言う。
「穴が見える運用は、直せる運用だ」
保全はまだ途中だが、手順は確実に定着し始めていた。
次の一手は明確だった。証人保全を週次監査へ接続し、場当たり対応を終わらせる。
管理課は、もう戻らない段階に入っていた。




