第16話 公開監査採否
採否会議の朝、管理課は資料を二束に分けた。
一束目は成果指標。二束目は副作用指標。
榊司は束を分けたまま提出箱へ置く。改善だけを見せる会議は、たいてい長持ちしない。
来栖が前提を確認する。
「正式運用へ進める条件は三つ。再現性、説明可能性、負荷持続性」
真壁は補足した。
「どれか一つでも欠ければ、採択は延長」
周防は投影順を調整する。先に成果を出しすぎると、慎重派は副作用を無視した前のめり提案だと受け取る。だから今日は副作用から入る。
会議開始。中央監査官の第一声は想定内だった。
『時期尚早ではないか。二週間の改善では短い』
榊は反論せず、範囲を限定する。
「全面正式化は提案しません。木曜21時帯と承認工程のみ、条件付き正式化を提案します」
全部を取りに行かない。取れる範囲を確定する。
周防が副作用指標を示す。
遅延平均 +8分、最大 +17分、差戻し率 14→6、未登録セッション 3→1、追認未了 5→0。
『遅延最大+17分は大きい』
慎重派委員が指摘する。
榊は即応する。
「最大値は初日集中です。二週目は+9分へ収束。要因は提出先迷いで、一本化後に改善しています」
真壁が現場報告を重ねる。
「入力負荷は候補文導入で平準化。巡回頻度は維持できています」
次に成果指標。
同時帯異常は連続低下、未公開語通知は改定後ゼロ、臨時権限平均存続時間は大幅短縮。
来栖が法務観点で刺す。
「改善が出ても、復帰条件が曖昧なら制度は緩む。復帰は自動化すべき」
榊は復帰条件を明確化した。
一、未公開語通知1件で強化段階へ即復帰。
二、追認未了1件で臨時監査招集。
三、臨時権限平均存続時間が閾値超過で付与停止。
慎重派の表情が少し変わる。止める条件が明確なら、進める条件も議論しやすい。
中盤、議会側が政治コストを問う。
『正式化で説明責任は誰が負う』
真壁が即答する。
「運用責任は管理課、設備責任は機器管理主体、承認責任は決裁主体。責任列は固定し、空欄は差戻しです」
責任線を混ぜない。ここは一貫してぶらさない。
終盤、中央監査官が採否案を読み上げる。
『木曜21時帯監視、承認工程失効制御、配布順改定を条件付きで正式化。四週後に再評価』
来栖が確認を入れる。
「再評価時、証人保全工程も監査範囲へ拡張してよいか」
『可。ただし事前計画を提出せよ』
証人保全。次段階の主戦場が見えた。
会議は採択で閉じる。
管理課へ戻る途中、周防が珍しく先に口を開いた。
「やっと“暫定”の札が外れますね」
榊は短く笑う。
「札が外れてからが本番だよ。守り続けないと、すぐ戻る」
夕方、正式化通知の配布準備に入る。
その時、周防の端末に異常照会が出た。
「証人名簿への閲覧照会、承認前に走ってます」
承認前照会は、次の狙いが証人保全に移る兆候だった。
榊は即時で記録保全を指示する。
「照会ログを隔離。配布は予定どおり。ただし証人名簿は閲覧権限を一段絞る」
通知は通す。穴は同時に塞ぐ。運用を止めないのが管理課の仕事だ。
白板に新しい見出しが加わる。
『第17話:証人保全』
正式化は終点ではない。
守る対象が次へ移るたび、制度も一段深くなる。
正式化通知を準備しながら、榊は証人名簿照会の異常を分解した。
照会時刻、照会端末、照会理由、承認有無。四点で切ると、一本の線が浮く。
照会は毎回、配布準備の直前に走る。承認欄は空白、理由欄は「確認補助」で統一されていた。
「また“補助”か」
猪狩が低く言う。
「補助は便利な言葉だ。便利すぎる言葉は、だいたい境界を壊す」
榊はログへ印を付けた。
来栖は規程を確認し、即座に補強案を出す。
「証人名簿閲覧は、案件番号と期限を必須化。どちらか空欄なら照会不可」
真壁が決裁を急ぐ。
「今日中に暫定反映。正式文書は明朝でいい。今は止血を優先」
止血と制度化を分ける。混線させないための基本動作だ。
周防は監視側で追加設定を入れる。
一、承認前照会の即時アラート。
二、同一端末の連続照会に閾値警告。
三、照会ログの自動隔離保存。
設定後三十分で、同一端末の連続照会が再発した。今回は即時アラートで検出され、実行前に遮断できた。
榊はその記録を週次報告へ載せる。
『遮断成功1件。承認前照会の実行阻止を確認。』
成功事例も証拠化する。再現できる成功だけが制度になる。
夕方、中央監査から再照会。
『正式化と同時に証人保全を動かすと負荷過多ではないか』
榊は段階導入で返す。
「同時全面導入はしません。第一週は照会制御のみ、第二週で保全連鎖票、第三週で公開監査接続。三段階で入れます」
段階を切ると、失敗点を特定しやすい。全部同時に入れると、どこで壊れたか分からなくなる。
来栖が補う。
「各段階で中止条件を明記します。負荷超過時は次段階へ進めない」
会議後、周防がホワイトボードの端に小さく書いた。
『先に止める条件を決める』
榊はその文字を見て頷く。進める条件より、止める条件の方が運用を守る。
夜、正式化通知は予定通り配布された。今回は未公開語通知は発生しない。だが証人名簿照会の警告は二件残った。
ゼロではない。だから終わりでもない。
榊は最後に提出箱へ短報を入れる。
『正式化初日、運用継続可。証人保全は警戒段階へ移行』
白板の見出しが確定する。
『第17話:証人保全』
制度を守る仕事は、拍手の出る仕事じゃない。
それでも、守るべき順番が見えている限り、前には進める。
提出箱を閉じる直前、真壁が確認した。
「段階導入の一週目、責任者名は固定できるか」
榊は答える。
「固定しません。副責任者を必ず並記します。固定すると、その人が不在の時に止まる」
止まらない設計を残す。正式化の価値はそこにある。




