第13話 配布順の先回り対策
朝八時、管理課の会議卓に三種類の時刻表が並んだ。
一つ目は資料配布時刻。二つ目は受領時刻。三つ目は再配布時刻。
榊司は三表を重ね、ずれ幅を赤で囲む。
「今日は人を疑う日じゃない。順番を疑う日だ」
公開監査後、匿名通知が異様に早く届く問題は続いていた。内容には未公開の語が混じる。文面の意図より、到達速度が異常だ。
周防が昨夜の集計を示す。
「配布から通知到達まで平均十一分。最短は六分。通常回覧速度じゃ間に合いません」
来栖は冷静に言う。
「漏えいを断定する前に、配布経路を制度として固定する必要がある」
制度で固定しない限り、誰かの善意や便宜で説明されてしまう。
榊は新しい監査票を配る。項目は三つだけ。
配布時刻、受領時刻、再配布時刻。
自由記述を減らし、時刻差を比較可能にした。
真壁が現場負荷を問う。
「記録が増える。回るか」
「一件あたり追加四十秒以内に抑えます」
榊は試算を示す。
「その代わり、先回り共有の痕跡を数値化できます」
午前の試行で、最短配布先がまた同じ部署に偏った。規程上は同報配布のはずなのに、実際は順番が固定化している。
猪狩班が現場ヒアリングへ回る。返ってきた答えは悪意ではなかった。
「急ぐ案件は、まず話が早い担当へ先に渡していた」
善意の近道。だが近道は、監査の外に抜け道を作る。
榊は責めない。
「意図は理解する。だからこそ手順で直す」
午後、配布経路一本化案を提示する。
一、初回配布は管理課窓口のみ。
二、再配布は受領記録のある担当だけ。
三、未受領先への先渡し禁止。
来栖が法務注記を付けた。
「禁止に違反した場合は注意で終わらせない。再発時は権限停止まで明記」
厳しいが必要だ。規程に歯がなければ、運用は元へ戻る。
夕方、中央監査との短会議。
『先回り共有は、どこで発生している』
榊は断定を避け、候補区間を示す。
「配布後十五分帯のうち、受領前再配布が発生する二区間。ここが優先監視対象です」
『根拠は』
「三週間分の時刻差分。偏りが特定部署と特定時間帯に集中しています」
周防が散布図を投影すると、会議室が静かになる。言葉の争いより、偏りの形の方が早い。
会議終盤、真壁が決裁する。
「明日から配布順改定を試行。現場遅延が閾値を超えたら即調整する」
速度を無視した厳格化は続かない。続く厳格化だけが制度になる。
夜、改定初日の運用設計を詰める。
榊は白板へ大きく書いた。
『先に配るな。先に記録しろ』
順番を変えるだけで、責任線は見えるようになる。
提出箱へ改定案を入れた直後、匿名通知が届く。
『順番を変えても、読む順は変えられない』
文面には、まだ公開していない条番号が含まれていた。
来栖が画面を覗く。
「配布前情報が漏れてる。配布順だけの問題じゃない」
榊は通知ヘッダを保存し、次の見出しを書く。
『第14話:配布前漏えいの責任線』
対策は前に進んだ。
同時に、相手の位置も一段近くなった。
改定試行の二日目、管理課は配布票の運用をさらに細かくした。
受領時刻だけではなく、開封時刻を追記する欄を追加したのである。
周防が理由を説明する。
「受け取ってすぐ開封するとは限りません。開封の遅れが大きい部署は、再配布の起点になりにくい。逆に受領直後の再配布は起点候補です」
榊は頷いた。速度の差は、意図の差ではない。だが速度分布を取れば、説明が必要な点は見える。
午前の測定で、受領から開封まで平均四分。ところが一部署だけ、平均四十秒で開封・再配布が連続していた。
「速すぎる」
猪狩が言う。
「優秀と漏えいは別問題だ。断定はしない」
榊は線を引く。
「まず作業実態を確認する」
ヒアリングで判明したのは、担当者が独自に通知テンプレを用意し、受領と同時に関係先へ投げる“親切運用”だった。
「早く知らせたほうが現場が助かると思って」
担当者は悪びれず答える。
悪意はない。だが未公開文言が含まれる以上、結果は危険だ。
来栖は柔らかく言う。
「善意の高速化は否定しません。ただし公開範囲の境界を越えたら、善意でも事故です」
榊は代替案を出す。
一、速報文は公開可能語だけで自動生成。
二、詳細文は受領確認後に段階配信。
三、再配布は窓口経由でログ自動付与。
速度を殺さず、境界だけ守る。ここを外すと現場は運用を受け入れない。
午後、中央監査へ暫定案を送ると即応が返る。
『段階配信案は妥当。公開語辞書の管理責任を明記せよ』
責任を曖昧にしないため、真壁は辞書管理を管理課へ集約した。更新は週次、臨時更新は二名承認。
夕方、配布順改定の効果が数字で出る。
受領前再配布は前週比で七割減。未公開語混入通知はゼロ。
周防がモニタを見て息を吐く。
「やっと効いてきました」
「ゼロが続いてから言おう」
榊は資料を閉じる。
その夜、匿名通知は来た。だが文面は公開済み語だけで構成されていた。
相手も、こちらの境界線を読んでいる。
榊は白板へ書く。
『境界戦は継続。次は承認工程との接続』
漏えい対策は、鍵を増やす話ではない。
鍵が開く順番を制御し、開ける理由を残す話だ。
終礼で真壁は短く総括した。
「配布順を固定しただけで、責任線の説明が一気に楽になった。順番は管理の本体だな」
榊は頷く。
「順番が決まると、例外の位置が見える。例外が見えれば、是正は早い」
周防は翌週の監査項目へ“開封遅延の偏り”を追加した。速すぎる再配布だけでなく、遅すぎる停滞もまたリスクになるからだ。
速度と統制は両立しないと言われがちだ。だが実際は、順番を設計すれば両立できる。榊はその実感を、次話の入力欄へ静かに残した。
窓口で順番を固定し、追認で責任を残す。単純だが、この単純さこそが現場を守る。




