第12話 例外承認の抜け道
公開監査の翌朝、管理課に一件の差戻し履歴が届いた。
表向きは「理由欄不足」で却下された申請だが、時刻帯と承認経路が不自然だった。榊司は履歴を開き、通常経路と並べて比較する。
通常は、現場申請→班長確認→例外承認→実行記録の順だ。
問題の申請は、班長確認の前に例外承認が押されていた。
「順序が逆です」
周防が言う。
「逆でも通る設計なら、抜け道になる」
榊は返した。
来栖は規程を確認する。
「文面上は“同日内”しか規定していない。順序明記が薄い」
薄い規程は運用で埋めるしかない。
榊は午前中に緊急ミーティングを開いた。
「今日やることは二つ。逆順承認を弾く条件追加と、既存履歴の逆順検査」
真壁は承認フォーム管理者へ連絡し、条件式の追加可否を確認する。猪狩班は現場で逆順運用の実態を聞き取り、周防は履歴抽出のSQLを組む。
正午前、周防が一次結果を出した。
「過去四週間で逆順承認は七件。うち五件が木曜夜の監視帯直後です」
榊は眉を上げる。
「監視帯に連動して承認順を崩している可能性がある」
来栖は慎重だ。
「断定はまだ。だが制度上の穴は確定」
午後、フォーム管理者から返答。
『順序制約は追加可能。ただし既存例外処理の一部が通らなくなる』
影響範囲の確認が必要だった。
榊は即断しない。まず現場の“正当な例外”を拾う。
猪狩班の聞き取りでは、夜間停電対応で班長確認を後回しにした事例が二件あった。現場は止められない。だから逆順を全面禁止すると、必要な対応まで遅れる。
「禁止ではなく条件分岐だ」
榊は白板に書く。
一、通常時は順序固定。
二、災害・停電等の緊急コード時のみ逆順許可。
三、逆順時は翌営業日午前中に追認必須。
この三条件なら、抜け道を狭めつつ現場を止めない。
中央監査との夕方会議で、来栖が提案を説明する。
『逆順承認の許可条件を限定し、追認を義務化。未追認は自動照会。』
中央監査官が問う。
『追認が形骸化した場合は』
榊が答える。
「週次で追認時刻分布を監査します。特定班へ偏る場合は臨時監査へ移行」
偏りを見る。制度が壊れる前兆は、だいたい偏りで出る。
会議後、真壁は実装スケジュールを切った。
「明日から試行、週末に一次評価。止めない、でも通しっぱなしにしない」
夜の試行で、逆順申請が一件上がる。緊急コードは未入力。新条件により自動差戻し。
現場から内線が来る。
「今までは通ってました」
榊は短く答える。
「今まで通っていたから、今見直しています。緊急ならコードを入れて再申請してください」
三分後、緊急コード付きで再申請。承認は通った。運用を止めずに、穴だけ塞げた。
周防がモニタを見て息をつく。
「この形なら現場とも戦わずに済みそうです」
「戦う相手は現場じゃない。再発だよ」
榊はログを保存する。
終業前、匿名通知が届く。
『穴を塞ぐほど、別の扉が開く』
榊は通知文ではなく、到達経路を追う。通知は毎回、制度更新直後に来る。更新情報が外へ漏れる速度が速すぎる。
来栖へ短報を送る。
『更新通知漏えい疑い。配布経路の見直し要』
返信はすぐ来た。
『次話で配布順監査を入れる。承認穴と同じくらい危険だ』
白板に新見出し。
『第13話:配布順の先回り対策』
制度を強くするには、規程だけでは足りない。
規程が届く順番まで管理して、初めて抜け道は細くなる。
翌日、逆順承認の新条件を入れたフォームで半日運用を回した。
申請総数は二十一件。通常承認十九件、逆順承認二件。逆順の二件はいずれも緊急コード付きで、追認は当日中に完了した。
数字だけ見れば順調だ。だが榊は、追認記入欄の語彙が極端に似ていることに気づく。同じ定型文が連続すると、実態の差が見えなくなる。
「追認欄に“発生地点”と“遅延分”を必須にしましょう」
周防が提案する。
榊は採用した。説明責任を増やすのではなく、比較可能性を増やす。
夕方の現場ヒアリングでは、班長から率直な声が出た。
「コード入力は構わない。でも選択肢が多すぎると迷う」
真壁はその場で選択肢を絞る決定をした。
「緊急コードは五種に統一。その他は“個別”へ回し、理由欄必須」
選択肢を増やせば精密になるが、運用は遅くなる。ここでも必要なのは、正しさと速度の折衷だ。
中央監査への週次短報で、来栖は一行追加した。
『逆順承認の運用が正常化しても、配布経路漏えい疑いが残存。承認系と配布系を分離監査する』
承認の穴を塞いだだけでは、情報が先回りされれば対策は読まれる。
夜、管理課で榊は配布リストを時刻順に並べ替えた。誰に何分差で届くか。そこに偏りがあるなら、意図の痕跡が出る。
周防が画面を覗き込む。
「最短配布先が毎回同じですね」
「順番を固定しているつもりでも、実際は固定されていない」
榊は言う。
「次話で配布順そのものを制度化する」
匿名通知がまた来る。
『穴は塞がった。次は扉だ』
榊は通知を保存し、返信しない。
扉を守るには、鍵の形だけでなく、鍵が渡る順番まで設計する必要がある。
終礼で榊は班長へ確認した。
「今日の新条件、どこが一番詰まりましたか」
返ってきたのは実務的な答えだった。
「緊急コード自体より、追認の提出先が分かりにくい」
榊はすぐに提出先を一つへ統一し、内部転送を管理課側で受ける方式に変えた。現場に経路選択をさせるほど、入力は遅くなる。
制度の複雑さは、作る側が背負う。
使う側へ押し付けると、必ずどこかで手順は飛ぶ。
周防は帰り際、配布順監査の下書きを榊へ渡した。項目は単純だ。配布時刻、受領時刻、再配布時刻。三つの差分だけを見れば、先回りが起きる場所は絞れる。
榊は下書きを見て頷く。複雑な監査票より、単純で毎回回る票のほうが強い。
次の一手は、もう決まっていた。




