第59話 身代わり
ゆりは、司の腕枕の中で静かに目を閉じていた。
ふたりの身体はまだ重なり合った熱を残したまま、どこか罪と赦しの境界で寄り添っている。
どれほどの沈黙が流れただろうか。
やがて、ゆりの頬を伝ってひとすじの涙が落ちた。
その涙が、自分の腕に落ちたことに、司は気づいた。
かすかに啜る音が、枕元に染み込むように届く。
司はそっとゆりを抱き寄せる。
涙をぬぐうように、安心させるように、彼女の髪を撫でながら、かけるべき言葉を探した。
やがて、静かに口を開く。
「……あなたと蓮は……職場では、とても仲睦まじく見えています」
囁くように続けた声は、どこか遠くを見つめているようでもあった。
「蓮の頭の中は、常に早瀬さんのことばかりで…一秒でも早く仕事を切り上げたくて、周りが困るくらいです」
その言葉に重ねるように、司はゆりの肩を抱く腕に力を込めてぎゅっと抱きしめる。
そしてそっと、ゆりの髪に頬を埋めた。
「…………あなたを苦しめているのは……なんですか…?」
抑えられた声の奥には、戸惑いと切実な願いが滲んでいた。
簡単に届かないことは知っている。
それでも司は今、真正面から彼女の本音に触れようとしていた。
ゆりは、ぽつりと呟いた。
「……蓮とは………出来ないんです」
その静かな一言が、司の胸を鋭く貫いた。
「結婚してからも……一度もしていません」
司は、声を失いかけながらも言葉を絞り出す。
「……まさか…そんな………どうして……」
それからゆりは司に全てを打ち明けた。
これまでの経緯や、自らの胸中までも、これまで誰にも打ち明けられずに一人で抱えてきた想いの奔流だった。
苦しさ、諦め、恐怖、自責、そして深すぎる愛情。
堰き止められられていた何もかもが外れたかのように言葉を溢れさせた。
ゆりは、子供のように大声で泣いた。
呼吸も止まるような胸の痛みが、どれだけ蓮を好きか伝えているようだった。
「…ひっく……蓮……っふぇーん……ぐす…蓮ーっ…あぁーー…」
壊れたように、愛しい名を繰り返しながら泣き叫ぶ。
その名を、その愛を、他でもない自分の腕の中でぶつけられる司。
ほんの少し前まで自分と熱く抱きしめ合っていたのに、今は別の男の名を呼び、別の男への想いを涙に変えて吐き出している。
その愛を溢れさせて泣き続けるゆりの様子に、胸が焼き付くような嫉妬が込み上げた。
嫉妬だけじゃない。
罪悪感と、敗北感と、深い孤独。
そして何よりも司の胸を焦がすのは──
抗えない究極の屈辱感。
その衝動は理性の隙間を濁らせるように湧き上がり、司は無意識に腕枕に寄せていた腕を強く引き寄せ、そのまま唇を重ねる。
涙で濡れた頬に触れ、唇の熱に押し当て、司は激しく、言葉を奪うようにゆりの熱を絡め取った。
唇の熱さ、震える息遣い、嗚咽混じりの声。
そうした全てが、屈辱にまみれた快感を司の中に燃え上がらせる。
この感覚を、忘れるはずがなかった。
かつて蓮と彼女を共有していたあの日々。
嫉妬にまみれながらも、誰にも見せたことのない彼女の顔を引き出すたび、胸を抉られるほどの高揚感に溺れていた。
蓮の知らない彼女の表情を、仕草を、声を、自分だけが知っているという、その事実だけが司の心を保っていた。
嫉妬に燃えた屈辱感は、司の心を極上の高揚へと導いていく。
司は、爆せる程の昂りに駆られるまま、ゆりの上に覆い被さる。
もう抑えきれない衝動に呼吸が荒くなる。
唇が離れた瞬間、仰向けにされたゆりの顔を、呼吸を乱しながら熱い視線でじっと見下ろす。
「…ぐす…っ……ひっく…はぁ……ひっく……」
弱々しく涙をこぼしながら自分を見上げる泣き顔。
その瞳はかつての強さを失っていた。
どれほど渇望し、何度も試みても抗えず、翻弄され、罠に嵌められ、決して崩す事が出来なかった彼女が、今こうして、目の前で崩れていく——
胸に去来するのは、自分が受ける屈辱の再生産という歪んだ欲望。
「……私を……蓮の身代わりにして下さい…」
「………え…?」
ゆりは、突然の司の言葉に一瞬理解が追いつかなかった。
「……蓮に抱かれていると思って……私を蓮だと思って下さい」
「……そんな事……ひっく….桐生さんに申し訳なくて…出来ません…」
溢れ出る涙を両手で拭いながら、ゆりは答えた。
「….いいんです。」
司はそっとゆりの頬に手を添えた。
そして、どこか焦点の合わない視線でゆっくり笑った。
その目には、狂気すれすれの熱が滲んでいた。
「私はこの顔と、この身体を喰らいつくせるのであれば…それでいい。」
欲しい。
蓮の前でしか決して見せる事のなかった彼女の姿。
あの、崩れて、震えて、抗えず、涙を流して壊れる瞬間。
…あぁ……そうだ………
ゆりはこの瞬間、思い出した。
かつて焦がれる程に想いを募らせていた司への恋心が、木っ端微塵に失恋したあの瞬間。
(俺と彼女の間には……愛なんてものは必要ない)
この人は、私に愛は無い。
……なんて、都合が良いんだろう。
ゆりは司の首に腕を回した。
それと同時に落ちてきた唇に重ねて、熱を交わせながら瞳を閉じる。
焦がれてやまない、愛しくて仕方ない、世界で一番、誰よりも強く愛する人を想った。
「……はぁ……蓮……」
重なる唇の隙間から吐息とともに漏れた、別の男の名前。
潤んだ瞳には熱が宿り、溶けてしまいそうなほど愛に満ちていた。
先ほどまでの顔とはまるで違う。
しがみつく腕は司の頭をしっかりと抱え込み、より深い密着を求めるように、何度も、何度も、濃密なキスを与えてくる。
なんて素晴らしい、最高の感覚。
そして同時に、なんという極限の屈辱感。
競り上がる感情に押されるように司は上体を起こし、ゆりを見下ろす。
その視線は熱を帯び、見つめられるほどに、ゆりの輪郭が曖昧になっていく。
ゆりの身体が、わずかに揺れる。
呼吸が重なり、距離が縮まり、互いの体温が確かに伝わる。
その熱が、胸の奥に静かに火を灯していく。
淡い照明の下で、ゆりは何も言わず、ただそこに在る。
熱い吐息を漏らし、頬は薄桃に染まらせ、潤んだ瞳が上目遣いに司を見上げる。
その瞳に宿るのは、抗いがたい熱情、そして心の底から込み上げるかのような溢れる愛を灯している。
決して口にはしないけれど、肌が語る。
この瞬間、彼女はもうすべてを委ねていた。
なんという妖艶さ。
なんという色香。
そして、なんという残酷さだろう。
かつての彼女は、どれほど挑みかかっても決して崩れなかった。
どれだけ試みても手の中に落ちなかったその心が、いま、こうして目の前でほころび、揺らいでいる。
あの頃とは比べものにならない。
触れるだけで火傷しそうなほど、全身から滴るような色気。
美しさが恐怖に変わる一歩手前の、危ういまでの女の香りが、その肌から漂っていた。
こんなにも……魅力的だったとは……
普段接している職場では一切片鱗を感じさせない。
ビデオ通話の画面越しだけでは伝わらない。
蓮を想って震えるこの彼女が、あまりにも別人で。
彼女は、こんなにも脅威的な美しさだったのか。
蓮への愛に想いを馳せるゆりの溢れ出る色香に、司は一瞬で骨抜きになった。
こんなものを見せられて、心を奪われずにいられる男が、この世にいるだろうか?
こんなものをくらったら、この世のどんな男もひとたまりも無い。
それにもかかわらず、据え膳食えぬとは、なんて可哀想な蓮………
目の前に確かに在るものを、伸ばした指先で触れることさえ出来ない。
そんな刑罰のような愛し方を、彼は強いられているのだ。
司は、心から哀れに思った。
皮肉ではなく、嫉妬ですらなく、本当に。
こんなにも妖艶で、涙に濡れてさえなお美しい彼女を前に、ただ見ているだけだとは。
こんなにも彼女に想われていながら、抱くこともできず、傍にいながら繋がれもしない。
手を伸ばせば触れられるのに、それができないまま、ただ苦しむなんて。
そんなの、誰であろうと心を病むのは当然だ。
司の胸に、痛みが走った。
そしてその痛みは、次第に静かな決意に変わっていく。
せめてもの報いとして、彼女を苦しみから救い出してやる。
蓮と歩み続ける幸せな未来を願って、涙を流す彼女の願いを。
本気で祈って、信じて、縋っているその未来を、彼女が望むのなら、どんな形でも叶えてやりたいと思った。
そうしてやらないと、彼女はお前との未来を描けないと、悲観しているのだから。
司の胸の奥に、抑えきれぬものが燃え広がっていく。
もっと、この堪らない色香を強く感じたい。
彼女が蓮を想い、揺れながらも縋るその姿さえ、どこまでも美しいのに。
乱れ、潤み、愛に溺れた時の彼女は、どれほど艶めいて見えるのだろう。
馳せる想いだけで、脳裏に熱が走り、司の全身は大きく跳ねた。
司は、すでに抗えない衝動に導かれていた。
先ほど感じた彼女の温もりが蘇る。
数年前の記憶とは違う、成熟を重ねた気配の感覚。
もっと彼女を解き放ち、どこまでも崩したい。
ゆりの身体が、かすかに震えた。
それだけで、司の内側に抑え込んでいた衝動が、静かに軋む。
彼女の表情が、ゆっくりと崩れていく。
必死に感情を飲み込もうとするその仕草が、痛いほど胸を締めつける。
表情はみるみる変わっていき、目の縁に涙を溜めながらそれでも司を見上げ、視線を逸らしていなかった。
「…ゆり……可愛いな……その顔……」
司は心の声が零れるかのように、敢えて蓮と同じ呼び方で、乱れる呼吸の合間を縫いながら囁いた。
ゆりは、脳内で司の言葉を蓮の声に変換する。
それだけで、意識の奥が悶えるように熱を帯びた。
そして次の瞬間、まるで夢の中の言葉を辿るように、呟いた。
「……あぁ……蓮……」
その声は熱を帯び、切なく、哀しいほどに美しかった。
司の喉が軋む。
彼女の想いが、別の男に向かっていると分かっていながら、それでも頭とは矛盾した熱が胸に競り上がる。
こんな屈辱は、味わった事がない。
司の内側で、何かが音を立てて崩れた。
衝動は理性を追い越し、もはや止める理由を探すことさえ無意味に思えた。
彼女の反応が、はっきりと伝わってくる。
言葉ではなく、空気の揺れや、呼吸の乱れ。
ゆりの意識は、熱に溶かされながら、ゆっくりと現実から剥がれていった。
この瞬間をどれほどの長い間求め続けてきただろう。
蓮に何度も拒まれ、失敗を繰り返し、その度に打ちのめされてきたその傷は、司の言葉が脳内で蓮の言葉へと錯覚して癒えていく。
ゆりの掠れた声が、司の耳を貫く。
その名を呼ぶたびに、司の胸の奥で別の感情が膨らんでいく。
どこまでも甘く、どこまでも危うい。
顔立ちのあどけなさはあの頃のまま変わらないのに、その表情、その仕草は、歳を重ねた年月と、真実の愛を知った経験による相乗効果で、絶大な魅力へと変貌していた。
この気配と、愛する瞳に触れるたびに、司の記憶の奥に残る過去のゆりが溶けていった。
ゆりの反応が、限界に近づいていくのが分かる。
息が途切れ、身体が震え、意識の焦点が定まらない。
その揺らぎに触れるたび、司の中で、支配と屈辱が絡まり合う。
それは解放だった。
長い間閉じ込められていた感情が、決壊する瞬間。
ゆりの世界が、音を立てて崩れていく。
司はその様子を、逃げ場なく見届けていた。
目を逸らせなかった。
彼女が壊れていく、その瞬間から。
呼吸を乱し、肩を上下させ、涙でぐしゃぐしゃになりながら、ゆりはまるで何かを乞うように眉間を寄せて司を見上げていた。
屈服させられたかのようなその表情。
最高の高揚感。
どんなに手を尽くしても抗えなかった。
まるで奴隷のように、心まで縛られていた。
あれほどまでに、支配されていると思い込んでいた。
骨の髄まで崇拝した彼女を、今この手でようやく壊し、崩し、支配した。
この手で彼女の全てを手にした。
その実感は、狂気にも似た甘美な震えを伴って胸の奥を満たしていく。
この優越感は、常軌を逸していた。
至近距離で、涙に濡れたその頬へ手を添えて、震える唇を見つめながら微笑む。
「……こんなに泣いて……そんなに嬉しかったか…?」
うっとりとした瞳で彼女を見つめながら、司の口元はゆっくりと釣り上がる。
その笑みは、慈しみと支配の境界線のようだった。
「ゆりは…どうしようもないな」
「…いや……」
ゆりは顔を赤らめ、羞恥に歪んだ表情で顔を逸らす。
「………やめて…」
震える声。
頬を染め、恥じらいながら俯く横顔。
その仕草が、司の中の衝動を逆撫でした。
心拍は早鐘を打ち、呼吸が乱れ、熱が溢れていく。
こんな反応をされたら………そんなの無理だ。
司は、ゆりの背けた顔を自分の方へ引き戻し、そのまま唇を重ねた。
掌握されたゆりは、司のこれまでのどんな想像をも遥かに凌駕する魅力だった。
さらに追い詰めたくなる悪戯心。
もっと屈服させたくなる支配欲。
ゆりは抵抗の糸を完全に手放していた。
支配されたその表情は溶けきり、司の唇を受け入れ無心で重ねていた。
司はゆりの唇から離れないまま、渦巻く欲望に覆い尽くされる。
司は、ゆりの反応を一つも逃さず見つめていた。
息が乱れるたび、視線が揺れるたび、彼女の中で何かが削れていくのが、はっきりと分かる。
「ほら…ずっと求めてたんだろ……何年もずっと…」
司の声が低く響く。
その声音に、ゆりの胸が跳ねる。
ゆりの意識はそこに吸い込まれるかのように、じっと見つめて放心した。
脈打つ鼓動の音が耳の奥で高鳴り、息は徐々に荒くなり、早まっていく。
抗えない緊張と期待がゆりの全身を縛りつけ、そのまま司へ唇を寄せた。
司の悶えるような吐息が天井に向けて溶けていった。
なんという強烈な欲求。
ゆりの無心ぶりに、司はひしひしとそれを感じた。
可哀想に。
辛かったろうに。
苦しかったろうに。
どれほど強く襲いかかる飢えに悶えながらいくつもの夜を越えてきたのだろう。
なんて哀れで…
なんて救いがあるのだろう。
慈しんで奉公しよう。
極限まで、壊れるほどの最高の瞬間を味わせてやる…………
二人の息を重ねるごとに、境界がほどけていく。
司の低く息の混じった囁きに、ゆりの全身わずかに跳ね、しなやかに波を打つ。
ゆりの呼吸は浅く速く、喉の奥から漏れる吐息は、熱を求めるように司の昂りへ絡みつく。
本能に突き動かされるような動きは、まるでその熱が、自分の中の何かを埋めてくれる唯一の存在だとでもいうように。
ゆりの欲求は、司の熱へと執拗なまでに、激しく真っ直ぐにぶつけられる。
その一つ一つが、愛おしい傷を刻むように、司の感覚を唇から全身へと満たしていった。
司の積年の夢は叶った。
凛々しくて、力強くて、気高い高嶺の花。
空気ごと掌握する、冷ややかな瞳。
決して折れない、屈しない、崩れなかった圧倒的支配。
例え世界がひっくり返っても、敵う筈はないと刷り込まれた服従心。
「…いい顔だなぁ……」
陶酔に満ちた表情を浮かべて、見下ろす司の手がゆりの髪を撫で、そのまま頬へと滑り落ちる。
あれほどに完璧なまでの支配を纏っていた彼女が、快楽を前に、欲求に溺れ、こんなに脆く堕ちるとは。
飢えとはなんとも恐ろしい。
満たされなかった時間、閉ざされた欲望、封じた願い。
積み重なった飢えは、理性ごと肉体を侵してしまう。
そして快感とは、どんな冷徹な意志さえも飲み込む、甘美で容赦ない洪水だ。
一気に込み上げる愉悦に駆り立てられ、二人の距離は、言葉を挟む余地もなく消えていた。
額と額が触れ合うほどの距離。
息が混ざり、視線がぶつかり、逃げ場はどこにもない。
その距離で放たれる言葉は、まるで彼女の魂を剥ぎ取るようだった。
「そのピュアな心で……守りたくて…こんなに強欲な自分を押さえつけて…耐えてきたんだろ…?」
司の声は低く、熱く、どこか壊れかけている。
狂気を孕んだ眼差しが、ゼロ距離でゆりを射抜いた。
その瞳には、理性を捨てた男の欲と執着が、確かに宿っていた。
「…ずっと…願い続けて…悲願して…渇望してきた…」
吐息と囁きが混じるたび、まるで催眠状態へと誘うかのように、ゆりの胸の奥に眠る何かをじわじわと侵していく。
「……お前が……心の底から……欲しいのはなんだ…?」
ゆりの瞳が、ふるりと震えた。
その瞬間、空気が震える。
時間が止まる。
司は少しだけ頭を持ち上げると、ゆりの頬をゆっくりと撫でた。
その指先はまるで魔法使いのように、静かに感情を操る。
「…ほら……もっと愛を燃やせよ…もっと良い顔出来んだろ…?」
その囁きは、彼女の脳内を侵食していく。
司の狂気が、ゆりの全身にゆっくりと魔法をかけていく。
「…愛で満たせ……」
そう呟きながら、司はゆりの左手を優しく取る。
指先を包み込むように握り、手の甲をゆっくりと顔の前へとかざした。
そこに光るのは、神の前で永遠を誓った結婚指輪。
視界の中央に映るその象徴に、ゆりは瞬きを忘れる。
思考が溶け、魂が揺らぐ。
「お前が本当に欲しいのは…誰の…何だ…?」
耳に落ちた司の狂気の言葉に、ゆりの全身は魔法にかけられた。
潤んだその瞳には、もう愛する人の顔しか映さない。
「……蓮………はぁ………はぁ……」
司は、その名が零れるのを聞き、すぐに囁くように言葉を返した。
「……の?」
霞ゆく思考の中で、ゆりは吐息と共に……
欲望へ堕ちた。
「………愛が……ほしい……」
その声に、司の口元がニタリと釣り上がる。
ボワっと湧き上がる疼きが心の奥で音を立てて暴れ出した。
司の視線がゆりの左手へと落ちると、指先を優しく掬い上げる。
そこにある光。
永遠を誓った、銀色の環。
そして司は神に祈るように。
蓮への慈しみと敬意を込めて、その薬指に輝く結婚指輪へ、静かにキスを落とした。
「……愛しくて、愛しくて…堪らない顔で狂ったように……想えよ…っ!」
吐き出された言葉は、魔法の呪文のように。
そして──
時間が弾け、音が消え、ふたりの世界がひとつの閃光に包まれた。




