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狂気の魔法  作者: 波方 真季


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第49話 白百合と蓮(ハス)


そして、結婚祝賀パーティーからわずか一週間後。


怒涛のように続いた一連の行事の締めくくりとして、鳳条家次期当主・蓮の新居お披露目会が開催された。


蓮とゆりは、結婚式のおよそ一ヶ月前に既に新居へと引っ越しを済ませていた。

その邸宅は、鳳条家の完全プロデュースによって設計・建築され、本家から贈られたものだった。


パークのすぐ側に位置する広大な敷地。

重厚なアイアンゲートをくぐると、手入れの行き届いた庭園が広がり、中央には白大理石の噴水が静かに光を反射している。


邸内は、欧風クラシックと和の意匠を融合させた設計。

吹き抜けの玄関ホールには、螺旋階段と大型シャンデリア、そして壁には鳳条家の紋章が金のプレートで掲げられていた。


蓮はすでに「鳳条家の顔」として見られている。

そして、この邸宅は“分家の家”ではなく、本家に次ぐ象徴的な屋敷、すなわち次世代鳳条家本家として位置づけられていた。

そのため、この場は単なる私的な集まりではなく、いわば“次期当主としての最初の公式試験”のようでもあった。


新居お披露目会に招待されたのは、ごく限られた顔ぶれ。

鳳条家の親族、古くからの友人、そしてごく一部の幹部達。

招待客の名簿の選定には、会長である蓮の父と、蘭子夫人の意向で決められていた。

この屋敷に誰が足を踏み入れるかという一点さえ、鳳条家の次代を象徴する政治的メッセージとなり、家の“格式”そのものを映す。


披露宴のような華やかさはない。

だが、その空気には張り詰めた静けさと、一つの仕草にも視線が集まるような、独特の緊張感が漂っている。


その重圧を理解した上で、ゆりは静かに帯の位置を整え、胸元の襟を軽く直した。

この日、彼女はもう「社員」ではなく、「鳳条家の新しい“顔”」として、社交の舞台に立つのだった。


午後の光が、広大なリビングの吹き抜けに射し込み、金箔の装飾が散りばめられたシャンデリアが柔らかく輝いていた。

黒塗りの高級車が次々と玄関前に滑り込み、使用人たちが一糸乱れぬ所作で来客を迎える。


邸内の中心で采配を振るうのは、蘭子夫人。

落ち着いた深藤色の訪問着に、白銀の帯。

帯留めには大粒の真珠が静かに光り、その姿はまさに“鳳条家の顔”としての威厳と気品をまとっていた。

どの角度から見ても隙がなく、長年にわたり社交の場を仕切ってきた貫禄が滲み出ている。


その隣に立つゆりは、白藤色の訪問着に淡い金糸の帯を結び、裾には若楓と流水に、控えめな藤の花をあしらった文様が広がる。

光を受けるたびに淡く揺らめくその装いは、新緑の季節にふさわしく、清楚でありながらも確かな品格を宿していた。


ゆりは慎ましくも丁寧に頭を下げ続ける。

着物の裾の捌き、膝を折る角度、言葉遣い。

そのすべてが見事に洗練され、完璧な立ち居振る舞いだった。


蘭子が微笑むたびに、客人たちの視線は自然とゆりへと流れる。


“庶民出身の嫁”


その言葉を口に出す者はいない。

だが、会場の空気の端々に「値踏み」の視線が潜んでいるのを、ゆりは感じていた。

ゆりはひとり一人に微笑みを絶やさず、穏やかに対応を続けた。


だが、親族の中のひとり、鳳条家の遠縁にあたる老婦人が、杯を手にしながらゆりを見据える。


「…本当にお綺麗なお方よね。お料理のご経験もおありだとか?自らお台所にお立ちになるお嫁さんなんて、これまで鳳条家にはいらっしゃいませんでしたもの。少々驚いておりますの。それに…“現場”でお仕事をなさっていたとか?」


問いかけというより、探るような声音だった。

ゆりはわずかに微笑み、静かに答える。


「はい。ストーリーテイルパークのフード部で、長く現場を担当しておりました。お客様の笑顔に触れることが、何よりも好きで…それが、今でも私の原点です。」


老婦人は細い指で杯を軽く回しながら、

ゆるやかに目を細め、唇の端をわずかに持ち上げた。


「まぁ…“原点”ですって。ふふ、現場の方は、言葉選びが素直でいらして。」


一見、微笑ましい称賛のようでいて、その声音の奥には、わずかな棘が潜んでいた。


「…くっ……!」


そのやり取りを耳にしていた蓮が顔を歪めて静かに立ち上がり、ゆりと老婦人の方へ歩を進める。

テーブルにかかったナプキンが、彼の動きに合わせてわずかに揺れ、空気が一瞬、薄く張り詰めた。


その微かな緊張の中、執事が静かに姿を現した。



「鳳条様ご夫妻宛に、桐生様よりお届けでございます。」



そのひと言に、場の空気がふっと静まった。


数人のスタッフが、両腕で抱えるようにして運んできたのは、黒陶のベースに生けられた巨大なフラワーアレンジメントだった。




——白百合と、咲き誇るハスの花。




そして、ところどころに差し込まれたユーカリの青と、蓮の実のドライが静けさを添えている。


その美しさに、場の空気が一変した。

誰もが息を呑むように視線を向ける。


「え?司、今日来ないの?」


蓮は驚いたように蘭子のもとへ駆け寄り問い詰めた。


「本社で仕事があって、どうしても都合がつかないってお返事だったのよ」


「そっか…」


ゆりも、蓮の後に続いて蘭子の側へとやってくる。

蘭子はゆるやかに扇を閉じ、蓮とゆりへ向けて穏やかな笑みを浮かべた。


「桐生さんが居なかったら、蓮はここまで立派になれなかったし、鳳条家のここまでの発展はなかったもの。是非いらして欲しかったわね」


贈答花が飾られるメインテーブルの中央には、桐生統括から贈られた花が静かに据えられていた。


鳳条家にとって「桐生司」という名は特別な意味を持つ。


その名が添えられた花を一目見ようと、来賓たちは自然とその周囲を取り囲む。


「まぁ…なんて見事なお花でしょう……」


まるで一幅の絵を鑑賞するかのように息を潜めて見入っていた。


「私たちも、お花を見に行きましょう。」


蘭子が柔らかく声をかけ、扇をそっと閉じる。

蓮とゆりは静かに一礼し、その後を歩み始めた。


三人が花の前に近づくと、それまでざわめいていた来賓たちは自然と一歩ずつ身を引き、円を描くようにして空間ができた。


「桐生様よりお手紙です」


そう言って執事が蓮に、花と一緒に届いた手紙を手渡した。




拝啓

新緑の候、鳳条ご夫妻におかれましては益々ご清祥のこととお慶び申し上げます。

このたびはご新居のお披露目に際し、ご丁重なるお招きを賜り、誠にありがとうございました。


本来であれば、私自身が直接お伺いし、新たな門出を心よりお祝い申し上げるべきところ、あいにく本社における急務のため渡航が叶わず、深くお詫び申し上げます。


ささやかではございますが、お二人の新たな日々が穏やかで華やかなものでありますよう、祈念の意を込めて花をお送りいたしました。

白百合は純粋を、蓮は再生と誓いを象徴いたします。

この花々が、鳳条家の新たな章の象徴として、末永く輝きを放ちますように。


改めまして、ご結婚、そしてご新居の完成を心よりお慶び申し上げます。

今後とも変わらぬご厚誼を賜りますようお願い申し上げます。


末筆ながら、皆様のご健勝とご多幸を心よりお祈り申し上げます。


敬具


ARC Global Entertainment

本社統括

桐生 司





手紙を広げる蓮を挟んで、ゆりと蘭子も両サイドから覗き込むように一緒に読んだ。


ゆりはふと、花々を見つめた。

白と淡紅の間を繋ぐように伸びる、蓮の茎。

その根元、黒陶のベースの陰に、ひときわ小さな白いカードが添えられているのに気がついた。


手を伸ばした拍子にに風がわずかに吹き抜け、花びらが一枚、彼女の指先に触れた。

カードを手に取ると、光を受けて金の筆記体が瞳に映った。


To the lily, noble and strong.

To the lotus, born anew from pain.

And to the one who brought light back into his life.


ゆりは小声で、隣の蓮へと顔を寄せた。


「ねぇ…これ、なんて書いてあるの?」


蓮は差し出されたカードを受け取り、金文字の英語を目で追いながら、ゆっくりと口を開いた。


「えーっと…“凛々しく、力強く、気高き百合に。

困難から再び咲いた蓮に。そして……彼の人生に、光を取り戻した人へ。”」


その穏やかで低い声が終わると同時に、周囲から小さな感嘆の息が漏れた。


「……なんて美しいお言葉……」


「さすが桐生統括…詩人のようですね」


「まぁ…桐生様…素敵ですこと!」


紳士や年配の婦人たちの囁きと、若い来賓女性たちの黄色い声が一斉に広がる。

その場に姿こそないのに、男女共に周囲を一瞬で魅了し、桐生司という名が空気を支配していた。

まるで、風そのものが、彼の存在を運んできたかのように。




司にとって、身も心も服従し、崇拝していたゆりは、凛々しく、力強く、そして気高く咲き誇る高嶺の花だった。




ゆりの胸の奥に、じんわりと温かなものが広がっていく。


彼の言葉、彼のまなざし、それらの記憶が、静かに心を満たしていく。




もしも司が、何のしがらみにも縛られず、心のままに誰かを愛せるとしたら。


司に愛される女性は、きっと間違いなく幸せだろう。




ゆりと蓮のやり取りを見届けた蘭子は、わずかに微笑みを浮かべて一歩前へ出た。

その所作には、長年“鳳条家の顔”として場を仕切ってきた人の余裕があった。


「桐生統括の、本当に心のこもったお言葉ですわね。」


蘭子は蓮の手元のカードをそっと覗き込み、軽く顎を引いて頷くと、集まった来賓へ優雅に向き直った。


「皆さまも、どうぞご覧くださいませ。桐生統括より頂戴したお花でございます。白百合と蓮…この上なく気品に満ちた贈り物ですわ。」


その声は静かに、しかしよく通る。

場にいた人々が自然と花の方へ視線を向け、一瞬、邸内の空気がふわりと柔らかな光を帯びた。


そして蘭子と蓮とゆりは、来賓に丁寧に一礼し、

花の前を譲るようにして輪から静かに離れた。


歩きながら、蘭子がふと優しい声で口を開く。


「それにしても…桐生さんは蓮だけでなく、まるでゆりさんのことまでもよくわかってるかのようだわ」


「はっ…!?」


「…はい?」


思わず心臓を跳ね上げる二人。


蘭子は少し首を傾げ、花を思い浮かべるように微笑んだ。


「こんなに素朴で慎ましやかに見えるゆりさんを、“凛々しく、力強く、気高い”と表現されるなんて…不思議ですわね。お会いしたことがほとんどなくても、人の本質を見抜くお方なのかしら」


「い、いや!それは“ゆり”というより、“百合の花”のイメージでだろ!」


「それに、以前プロジェクトでご一緒させていただいた事もありますし!業務へ取り組む印象に対してとかだと思いますよ!」


二人がやや慌て気味に言葉を重ねる中、蘭子はふっと吹き出すように笑った。


「ふふっ…私も最初ゆりさんには驚いたわ。あの事故の時、蓮の血が大量についた服のままで、一睡もしてない状態で「今から電車に乗って仕事に行きます」なんて言うんだから。あんな状況で、こんなに強くて逞しい女性がいるなんて、どんな環境で育ったお嬢さんなのかとあっけに取られたわ。」


「くっは…!ゆりらしいなぁ〜」


「は、ははは……」


蘭子の言葉に、蓮も思わず吹き出した。

ゆりはもう苦笑いしか出来ない。


「まぁ…それにしても、桐生さんは本当に聡明で、情の深い方なのね。二人のことをよく見てるのがわかるわね。」


「キザなだけだろ司は。口だけな」


「こら!蘭子さんの前で桐生統括を呼び捨てにするな!」


「お前もこーゆう場で、俺に対してそんな口きくな!」


蓮が司に対して素の態度を取れるのは、唯一ゆりと蘭子の前だけ。

そして、ゆりが蓮に素で言葉を交わせるのも、鳳条家の中では蘭子の前だけだった。


それは、かつての病室の日々に芽生えた絆。


蓮が生死の境をさまよっていたあの時間も、意識回復から退院まで二人三脚でこじつけた日常も、何も飾らず、何も偽らないありのままの二人の姿を、蘭子はただ静かに見守り続けてきた。


だからこそ、今この新しい家で交わされる無邪気な口喧嘩さえも、蘭子には何よりの幸福に映った。


蘭子はそっと目を細め、まるで本当の家族を見守るように、穏やかな微笑みを浮かべていた。




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