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狂気の魔法  作者: 波方 真季


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第48話 誓います


二人で帰宅すると、蓮はドサッと買い物袋をキッチンへ雑に置き、そのまま無言でリビングへ歩みを進めた。

ソファに沈み込むように腰を下ろし、息をつきながら背もたれに両手を広げる。


「…………」


天井を見つめたまま、動かない。

まるで、魂だけが少し先の遠い場所に置き去りにされているようだった。


ゆりはキッチンで、買い物袋から食材を取り出し冷蔵庫へと収納しながら、静かに問いかけた。


「………コーヒー淹れるけど、ホット?アイス?」


「んー……ホットかな…」


覇気のない声。

小さく返されたその一言で、また沈黙が落ちる。


冷蔵庫の扉を閉める音と、ケトルのスイッチが入る小さな“カチッ”という音だけが、静まり返った部屋の中に響いていた。


ゆりは背中越しに、蓮の方を振り返る。

ソファに座ったまま、ぼんやりと虚空を見つめている蓮の姿。


一度ふてくされると、なかなか機嫌を直さない。

長らく一緒に居るゆりには、そんな蓮の我儘もすっかり日常の一部になっていた。


気にしないのが一番。


そう自分に言い聞かせ、ゆりは小さく微笑んでコーヒーを手に取った。


「はい、お待たせ」


湯気の立つカップを、蓮に笑顔を向けながらそっとテーブルの上に置く。

カチャ、と小さな音が響いた、その直後だった。



「…本当に俺と結婚するの?」



蓮の低い声が、静まり返った部屋に落ちる。

ゆりの手が一瞬、止まった。


「…え………?」


聞き返す声は、かすかに震えていた。

コーヒーの香りが漂うリビングの空気が、急に重く沈む。


蓮は、天井の一点に固定されたままだった視線をゆりへ落とした。

ぽつり、ぽつりと、胸の奥の言葉を押し出すように呟く。


「……俺の家柄が家柄なだけに…この先に進んだら、もう後戻りするのは難しい。お前の仕事も…職場に居るのも…きっと厳しくなる。」


数日後には、本家への挨拶と、ゆりの父への挨拶の日程が既に組まれている。

それ故に、その言葉の響きは、冷静すぎて、逆に痛かった。


「……なんで……そんなこと言うの……?」


ゆりの声は震え、唇の端が小さく揺れた。


「なんでって……俺一生このままかもしんないんだぞ…?一生ゆりを抱けないし、もし俺に…種が無かったら?それでやっぱりやめますなんて、そんな簡単にいかないんだよ…!」


言葉の最後が、掠れた。

目の奥に滲んだ悔しさと恐れが、蓮の声を震わせる。


「…………」


ゆりはただ、立ち尽くしていた。

蓮が何を言っているのか、自分が何を言われているのか、理解が追いつかない。

硬直するゆりに、追い討ちをかけるような蓮の言葉が悲しく落ちた。


「……普通に…子ども……欲しいだろ?…普通の幸せを……普通に送ってほしいんだよ……」


目を伏せたまま、蓮は拳を強く握った。

声は震えて涙ぐみ、苦しくて、悔しくて、痛々しい胸の内を吐露する。


「……もう…俺のせいで……お前を…っ苦しめたくないから……」


ゆりの胸がズキンと鳴った。

“優しさ”の言葉で包んだ“拒絶”が、まるで刃のように心に鋭い痛みを伴い強く突き刺さる。


「………っ!」


ゆりは堪えきれずに、大きく手を振り上げた。


ビシィッッッ!!!


鋭い音が部屋に響き渡る。

蓮の頭頂部へ、思い切りチョップが叩き込まれた。


「いっっっ…てぇっっ!!」


痛みに驚いた蓮が頭を押さえるのと同時に、ゆりはドサッと隣に腰を下ろし、真っ直ぐな瞳で彼を睨みつけた。


「普通の幸せってなに!?私の幸せを勝手に決めないでよっっ!!!」


声が震える。

怒っているのに、涙がにじむ。

胸の奥に溜まっていた感情が、堰を切ったように溢れ出した。


「私が欲しいのは…蓮との子供!!他の誰かとの子供なんて欲しくないっ!!」


涙が頬を伝い落ちる。

けれどゆりは、一度も目を逸らさなかった。


「種が無かったらなに!?それが?だったら二人で、世の中の可哀想な子供を一人でも幸せにしてあげればいいじゃんっ!!」


声が嗚咽に変わる。

それでも、言葉を止めなかった。


「私はね、蓮と二人で子育てがしたいの!!血の繋がりとか、普通とか、そんなのどうでもいいっ!!私の幸せは、蓮と一緒に生きていくことなんだよっ!!」


頬を伝う熱い雫を拭うこともせず、ゆりは尚も蓮を真っ直ぐに見据えていた。


「バカバカバカバカ!!蓮の大馬鹿!!大っ嫌い!!私がそれで、あっそ、ならやめるわって言ったら、蓮はそんじゃさよならってなるわけ!?そんなこと言うなら死んじまえ!!蓮のバカぁっ!!」


涙を滝のように流しながら、ゆりは両拳を握って、蓮の胸をボコボコと叩いた。

拳というよりも、感情そのものをぶつけるように。


「ごっ…ごめんっ!ゆり…ごめんっ!!」


蓮はその手を掴み、

乱暴な勢いのままガバッと抱きしめた。


「ゔぇーっ…蓮じゃなきゃやだよぉ…っ!!蓮がいいよぉっ!!蓮じゃなきゃ無理ーっ!!蓮じゃなきゃ…幸せになれないよぉ…そんな事言わないでよおぉーっわぁぁぁぁんっ!!」


蓮の胸に顔を埋めて、子どものようにわんわんと泣きじゃくるゆり。

その声は、これまで押し殺してきた想いすべてを吐き出すようで、蓮の胸の奥を容赦なく締めつけた。



こんな罪人の俺が。

怪物のような俺が。


真っ直ぐで、清らかで、正しくて。

こんなに眩しくて尊い姫と、幸せになっていいのかな。


俺でいいのかな。


こんな俺と、一生一緒に生きて行きたいと、こんなにも本気で願ってくれているなんて。



神様。


俺を許して。



彼女がこんなにも泣いているから。

どんな罪もどんな罰も全部受け入れるから。

どんな事があっても、命をかけても、絶対に彼女を幸せにするから。




俺は……



彼女と一緒になっても……いいですか。





堪えきれず、蓮の目からも熱い雫が零れ落ちた。



「……っ俺だって…!ゆりじゃなきゃ無理だ…!!

ゆり無しじゃ生きていけねぇよっ…幸せになんて…なれねぇよ…っ!」


蓮の声は掠れていた。

嗚咽まじりに吐き出すその叫びが、二人の胸の間に重なる鼓動と溶け合い、ゆっくりと静寂へと溶けていく。


「……ひっく…うぅ…っぐす…っふぇ……」


ゆりはしゃくり上げながら、止まらぬ涙を溢れさせる。

その涙は蓮の胸を濡らし、温かい跡を残して流れ落ちた。


「……ごめん…もう言わないから……ずっと…一緒だから……っ」


蓮はそっと、ゆりの頬を両手で掬い上げた。

指の腹で涙を拭うたび、指先に伝わる温もりが愛しくて、たまらなかった。


やがて、二人の視線が交わる。

溶けるように、ゆりの頬が蓮の掌に寄り添う。


次の瞬間、唇が重なった。


互いの涙が混ざり合い、温もりが、呼吸が、心音が、ひとつになっていく。


長い夜の底で、ようやく見つけた光のように。

二人は、何度も、何度もキスを重ねながら、

全身で確かめ合うように抱きしめ合っていた。








それから、約一年が経った。




季節は春。

新緑の木々が陽光を受けてきらめき、

花壇のチューリップやパンジーが色とりどりに咲き誇る。

パークを包む空気には、ほんのり甘い花の香りと、冬を越えた命の息吹を感じさせる穏やかな温もりが漂っていた。


この日のストーリーテイルパークは、特別な朝を迎えていた。


開園時間はいつもより一時間遅い午前十時と、かつてより公表されていた。

パークの中央、ストーリーテイルキャッスル前の広場には、

純白のバージンロードと、花々で彩られた特設チャペルステージが設けられている。


“テイルズ・ブック・セレブレイト・ウェディング”


数たる名家や富裕層から予約の大争奪の末、年間わずか数組のみに許されるそのプランは、物語の世界に実際に足を踏み入れる、という体験そのものを挙式に昇華させた、ストーリーテイルパーク独自の演出哲学と、世界的企業の威信が融合した“日本で最も予約が取れない挙式”と呼ばれていた。


新婦・ゆりの強い希望で選ばれたこの場所は、彼女が幼い頃から憧れ続けた夢の舞台であり、そして蓮と出会い、愛が芽生えた思い出の場所でもある。


純白のドレスに身を包んだゆりは、ゆっくりと深呼吸をしながら、長年歩いてきたこの場所の空気を胸いっぱいに吸い込んだ。

石畳に刻まれた無数の物語の記憶と、これから始まる新しい章とが、静かに重なり合っていく。


柔らかな風がベールをふわりと持ち上げる。

金糸の刺繍が施されたドレスの裾が光を受けて微かに輝き、耳元で流れる弦楽の音が、まるで物語の幕開けを告げるように響く。


ステージ前には、国内外から招かれた数多くの重役や関係者、そして親族たちの姿があった。

皆が微笑みながら見守るその中央で、ストーリーテイルパーク・ジャパンの経営責任者であり、鳳条リゾートの若き後継者・鳳条蓮と、彼の“運命の人”である早瀬ゆりの結婚式が、いま、始まろうとしていた。


ゆりは、白いヴェールの奥から静かに蓮を見つめていた。

淡い陽光が差し込み、彼女の纏う純白のドレスに光を落とす。

ベールの向こうで微かに微笑むその瞳は、もう迷いのない、強く澄んだ光を宿していた。


隣に立つ蓮もまた、ホワイトタキシードの胸元に手を置き、ゆっくりと深呼吸をする。

重厚なパイプオルガンの旋律がチャペルに満ち、広場に集う人々の想いが、音楽となって満ちていくようだった。


やがて、澄んだ鐘の音がゆっくりと広場に広がった。

それは合図というよりも、物語の一節をそっと開くための静かな導入のようだった。


空気がふわりと揺れ、広場を囲む装飾が柔らかな光を反射する。

天井から吊るされた透明なオブジェが風を受けて微かに鳴り、光の粒が舞うように空間を満たしていく。


チャペルステージの中央で、二人はゆっくりと手を取り合った。

祝福の花びらが静かに降り注く。

その姿は誰かの物語をなぞるものではなく、この場所で、この時間を生き抜いてきた二人だけの物語が、今ここで形になった瞬間だった。


見守る人々は、誰も言葉を発さない。

ただ、その光景を“ひとつの物語の誕生”として、静かに胸に刻んでいた。


蓮がぎゅっとその手を握りしめる。

ゆりは微笑みながら小さく頷いた。


次の瞬間、司祭の声が静かに響く。



「愛は寛容です——」



静まり返った空間で、その言葉に続いて新郎新婦が声を重ねた。


「「愛は寛容です」」



この日を迎えるまでに、どれほどの涙を流し、どれほどの夜を乗り越えてきただろう。



「愛は情け深いものです」


「「愛は情け深いものです」」



最初は、恨み、拒み、傷つけ合っていた。

それでも尚、惹かれ合ってしまった。



「愛はねたみません」


「「愛はねたみません」」



憎しみと愛情が入り混じった日々の果てに、互いを赦し、抱きしめ、ようやく“信じる”という意味を知った。



「愛は高ぶりません」


「「愛は誇りません」」



人としての弱さを、互いの心で包み込みながら歩いてきた。




「すべてを信じ、すべてを望み、すべてを耐えます」


「「すべてを信じ、すべてを望み、すべてを耐えます」」




静寂の中、牧師の声が祈りのように降り注ぐ。

その一言一言が、ふたりの過去を赦し、未来を照らす光のようだった。


真実の愛が、お互いの傷を癒やし、支え合い、

長く閉ざされていた愛の扉を、ようやく開かせた。


「では、新郎」


牧師が蓮へと向き直る。

聖なる沈黙の中で、蓮はまっすぐ前を見据えて立っていた。


「あなたは、病めるときも健やかなるときも、喜びのときも悲しみのときも、この人を愛し、慰め、尊び、支え、命ある限り、真心を尽くすことを誓いますか?」


ゆりがいなければ、生きていけない。

ゆりが呼んでくれたから、俺は今ここにいる。

絶対に離さない。

命を懸けて守る。




「……はい。誓います。」




蓮は、深く、まっすぐな瞳で神に誓いを立てた。



「では、新婦」


牧師がゆりに向き直る。

春の光が彼女のヴェールを透かして、細やかな粒のような輝きを降らせた。


「あなたは、病めるときも健やかなるときも、喜びのときも悲しみのときも、この人を愛し、慰め、尊び、支え、命ある限り、真心を尽くすことを誓いますか?」


蓮がいなければ、生きていけない。

蓮が助けてくれたから、私は今ここにいる。

絶対に離れない。

命を懸けて支える。




「……はい……っ誓います……」




その声は涙に震え、頬を伝う雫がヴェールの下で光を弾いた。

蓮がそっとその手を取り、指先を絡める。

ふたりの手の上に、春の光がそっと落ちた。


ストーリーテイルキャッスルの外では、ファンファーレの音が高らかに響く。

鐘の音、鳩の羽音、花びらの舞い——

そのすべてが祝福の音色となって、ストーリーテイルパーク全体を包み込んでいた。







その後、二人はストーリーテイルパーク直営ホテルの中でも最も格式高い「アーク・グランド・ロイヤルホテル」にて、盛大な披露宴を迎えた。


絢爛なシャンデリアの灯りが天井一面に輝き、金糸のカーテンが風に揺れる大宴会場。

ゲスト席には名だたる財界人、業界関係者、海外提携先の重役、そして新郎新婦の友人や両家の親族たちが整然と並び、ピアノと弦楽の生演奏が静かに会場を包み込んでいた。


新郎新婦が華やかに入場し、乾杯のスピーチ、スクリーン映像、祝辞と続き、やがて会場は歓談の時間へと移る。

高砂には、祝福の言葉や写真撮影の申し入れが絶えず、二人はそれぞれの来賓に笑顔で応対を続けていた。


やがてお色直しのため、新郎新婦は一時退場する。


ゆりの支度が整うまでの間、蓮は先に再登場し、ゲストに軽く挨拶をしていたところへ、海外本社の司や重役らが新郎席に挨拶へ訪れた。


「鳳条代表、この度は心よりお祝い申し上げます。」


「ありがとうございます、桐生統括。」


海外本社代表として、司は来賓たちとともに礼を尽くし、その姿はさながら国際会談の一幕のように厳かだった。

だがその表情の奥に、ほんの一瞬だけ、柔らかな微笑みが覗いた。


ひと通りの挨拶を終えると、司は来賓らと自席へ戻る。

そして、新婦の再入場を控えたこのタイミングで、手洗いを済ませておこうと、ひとり席を立った。


司が手洗いを済ませて廊下に出た瞬間、微かに響くピアノの旋律と、花々の香りが混じり合う。


そのとき——


お色直しを終えたゆりが、スタッフに案内されながら入場扉の前へと歩みを進めてきた。

淡いピンクベージュのドレスが、照明に反射して柔らかく輝く。


そして、二人の目が合った。


「……桐生さん…」


ゆりはわずかに驚いた表情を見せ、丁寧に会釈をした。

司は一瞬で言葉を失う。

目の前のゆりは、まるで夢の中のプリンセスのようで、ただその姿に、吸い寄せられるように歩み寄った。


「……挙式での早瀬さんもとてもお綺麗でしたが、そちらのドレスも本当にお似合いです。」


「ありがとうございます……酔ってますか?顔、赤いですよ。珍しいですね。」


ゆりは照れ笑いを浮かべながら、少し首を傾げる。


「早瀬さんがあまりにもお綺麗過ぎて……お酒が進んでしまいます。」


「出た、ナチュラルロマンチスト。」




二人を包む雰囲気は甘く和やかで、互いに笑い合った瞬間——





「おい司。あと3秒見たら殺す。」




背後から低く響いたその声に、司もゆりもハッとして振り向く。


新婦の準備が整った旨を知らされ、スタッフに案内されて扉の奥から黒のタキシードに身を包んだ蓮が現れた。

つい先ほどまで高砂で交わしていた礼儀正しい口調とは一変し、その瞳には、冗談めいた色の奥に確かな独占欲が宿っている。


司はわずかに苦笑し、腰を折り曲げてお辞儀をした。


「失礼しました。代表、お幸せに。」


そのまま歩き去ろうとした司に、背後から蓮の声が弾んで届く。


「司!祝賀パーティーのスピーチ、しっかり頼むな!」


十日後には、国内外の取引先、株主、役員、さらにはメディアや政財界関係者までもが招かれる、会社主催の結婚祝賀パーティーが控えていた。


司は実質的にロンドン本社の代表として、日本支社にとって最上位の来賓格。

加えて、長年にわたって蓮と共に事業を成功へ導いてきた“右腕”でもあり、会社から正式に祝辞と乾杯の挨拶を任されていた。

彼の口から発せられる言葉は、「鳳条リゾートの信頼」を象徴するものでもある。


司は足を止め、振り返って蓮を見た。

口元にわずかな笑みを浮かべながら、肩をすくめて言う。


「安心しろ、蓮。お前のこれまでの悪事を全部暴露してやるからな。」


「なっっ!!」


思わず言葉を失う蓮。

司はそんな彼をからかうように笑い、軽く片手を上げて会場へと戻っていった。


「ふざけんなーーー!!」


蓮の怒声まじりのツッコミに、ゆりや周囲のスタッフたちは思わず笑みを漏らす。

その場の空気が、まるで旧友たちが再び顔を合わせたような、柔らかな温度を帯びた。






そして二人はそのまま、ホテルのスイートルームに宿泊した。

翌朝、まだ夜明けの残る空を背に、リムジンで空港へ。

行き先は、蓮が密かに準備していた“世界一の楽園”。

数日のハネムーンは、これまでの激動を癒すように、穏やかで、夢のような時間だった。


しかし、現実は息つく間を与えてはくれない。


帰国するや否や、全国の報道陣が詰めかけるなか、

鳳条リゾート主催による「結婚祝賀パーティー」が開催された。


それは、経営者・公人としての正式な結婚報告であり、国内外の投資家、取引先、政財界関係者、

そしてメディア関係者が一堂に会する、事実上の“公式披露”の場。


壇上中央には、蓮とゆりの姿。

ゆりは淡いシャンパンベージュのロングドレスに身を包み、ゆりにとっては初めて「鳳条リゾート代表取締役夫人」として初公務となり、公の場に立っていた。

緊張を隠せぬ中、彼女の微笑みは凛として美しく、まるで一人の女性として、そして経営者の伴侶としての“覚悟”を感じさせた。


そして——会場の照明が落ちた。

一筋のスポットライトが、壇上へと伸びる。


《それではここで、アークグローバルエンターテイメント本社を代表し、国際事業統括ディレクター・桐生司様より、お祝いのご挨拶と乾杯のご発声をいただきます》


静寂の中を、司が歩み出る。

深いグレーのスーツに包まれたその姿は、まるで舞台の中心に降り立った外交官のようだった。

一歩、一歩、立つたびに空気が引き締まり、会場の視線が一斉に彼へと吸い寄せられていく。


マイクの前に立つと、彼はわずかに口角を上げ、

低く、艶のある声で語り始めた。


英語と日本語が滑らかに交錯するそのスピーチは、まるで音楽のように抑揚と間が計算され尽くされ、誰一人として瞬きすらできないほどの静寂が訪れる。


理性と情熱、知性と誠実さ。

そのすべてを完璧に兼ね備えた男の言葉が、会場全体を包み込み、まるで聴衆の心の奥まで届いていくようだった。


彼が語る「鳳条蓮」という経営者の功績も、「早瀬ゆり」という女性の存在も、どこまでも尊厳と敬意に満ちていた。


最後の一文を言い終えると、司はほんのわずかに二人の方へ視線を送り、静かにマイクから身を引いた。


一瞬の沈黙。


そして次の瞬間——




ホール全体が、嵐のような拍手に包まれた。




「…… 完璧過ぎないか…」


「……うん…怖すぎる……」


拍手をしながら、蓮とゆりは二人で唖然としていた。





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