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狂気の魔法  作者: 波方 真季


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第28話 人魚姫


翌日。

空港に着いた日こそ、ストーリーテイルショップ、アークストア巡りやレストラン、ホテルでのんびりと過ごしたが、二日目の翌朝からはおとぎの世界を夜まで存分に満喫し、気づけばもうアメリカ滞在三日目を迎えていた。


前日丸一日遊び尽くした余韻と疲れもあって、この朝ゆりと司は、ホテルの部屋でゆったりと過ごした。

カーテン越しに差し込む柔らかな光が、ベッドに寄り添うふたりを優しく包み込む。

日本では、どれほど甘い時間を過ごしていても、必ず別れの時間を意識せずにはいられなかった。

けれど、この旅では違う。

時計の針に追われることもなく、ただひたすらに互いの存在だけを確かめ合える。


朝から晩までアークを満喫した昨日に対して、今日は昼前までお互いのぬくもりに没頭して満喫した。

「まだ」「もう少し」「もう一度」そんな囁きが何度も交わされ、そのたびに唇が重なり、笑顔と吐息が混ざり合う。


時間を忘れ、ひたすら甘くとろけるような愛情に溺れ続けたその朝は、まるで旅そのものが二人に与えた特別なご褒美のようだった。




昼前にホテルを出発すると、向かったのは予約していたショーレストラン。

煌めく照明と音楽の中、アーク映画のキャラクターたちがステージいっぱいに舞い踊る。

ショーと食事が一体となった夢の舞台に、ゆりは拍手を惜しみなく送り、何度も目を潤ませていた。


食後、いよいよ次の目的地へ。

「どうしても行きたい!」とゆりが司に懇願していた、アークグローバルエンターテイメント直営の憧れのウォーターパーク。

陽光にきらめく水のステージが、二人を待っていた。


昼過ぎの太陽は高く、陽射しが強く照りつける頃、二人はゲートをくぐった。

水着に着替え、パーク内を進んで目に飛び込んでくるのは、楽園のようなウォーターパーク。

青々としたヤシの葉、熱帯の花々、そして中央には蔦の時計塔が山の頂に突き刺さる、伝説的な光景だった。


「わぁ……!」


ゆりは思わず声を上げ、足を止めた。

真正面に広がるのは、このパーク最大の名物。

世界屈指の規模を誇るビッグウェーブプール。

透き通るエメラルド色の水面が静かに揺れたかと思えば、物語のページがめくられるたびに水がうねり、それと同時に押し寄せる大波が一斉に来園者達を飲み込み、笑い声と歓声が空へ舞い上がる。


さらに視線を巡らせると、パーク全体をぐるりと囲むように流れるプールが伸びていた。

浮き輪に身を委ねたゲストたちが、虹のアーチや小さな滝、ヤシの木陰をくぐり抜けながら、ゆったりとした水の流れに身を任せている。


見渡す限り広がるウォータースライダーの数々。

水しぶきの音と子どもたちの歓声が入り混じり、まるで南国の城庭に迷い込んだような錯覚を覚える。


「…でっかぁ!これが…本場のウォーターパーク…!」


胸の高鳴りを抑えきれず、ゆりの瞳はきらきらと輝いていた。

司は横で小さく頷きながら、彼女の横顔を見て微笑む。


「設計のコンセプトが“ 物語が水に沈んだ世界”ですから、演出に徹底してます。気に入りましたか?」


「うん、めっちゃ!なんかもうリゾートの映画に飛び込んだみたい!」


潮の香りを思わせる水の匂いが風に乗って流れ、肌を撫でる。

ゲートから続く小道の両脇には、低層の建物が立ち並び、スタッフたちが笑顔でゲストを迎えていた。

午後の光に照らされた水面はキラキラと揺れ、その光景はまるで心の奥まで照らすようだった。


ビーチチェアがゆったりと間隔を取って配置されたレストエリアの奥。

自然素材を組み合わせた屋根付きの有料プライベートスペースが、まるで物語の中に用意された“休息の間”のように点在している。


木の柱と布張りのシェードが陽射しをやわらげ、半個室のような空間にはソファや小さなテーブル、氷を詰めたクーラーボックスまで備え付けられていた。


その一角、ふかりと腰を下ろした司は、すっかり馴染んだような落ち着きでフローズンカクテルを片手にしていた。

外の水しぶきや歓声から切り離された静けさの中、組んだ足をゆったり揺らしながら、まるでこの空間すべてが自分の書斎であるかのように優雅にくつろいでいた。


「ではゆりさん、私はここでこれ飲みながら過ごしていますので、好きなだけ満喫してきて下さいね」


「は?」


さらりとそう言う司に、ゆりは思わず眉をひそめる。


「たくさん楽しんで下さいね」


穏やかに微笑むその様子は、どう見ても本気でプールに入る気配がない。


「なに…まさか本当にプール入らないつもり?」


「私、若干潔癖気味なので…不特定多数が入水しているプールに抵抗があるんです」


「ふーん……」


つまらなそうに唇を尖らせるゆりを見て、司は小さく肩を竦めた。


「でも私の事は気にせず楽しんできて下さい!」


だがゆりは次の瞬間、ふっと思いついたように笑みを浮かべる。


「じゃあさ、向こうの流れるプールで上から写真だけ撮ってくれない?それ飲み終わったら行こうよ」


プライベートスペースの外、真っ青に輝く水面に浮かぶ浮き輪たちを視線で示す。

午後の光に揺れる水面を背景に、ゆりの無邪気な笑顔が弾けた。


「はい、これでよろしく!」


ゆりは流れるプールへ足を踏み入れ、プールサイドの司へスマホを差し出した。


「私、向こうから流れてくるから、何枚か撮ってねー」


そう言うと、ゆりは水面に揺れる陽射しを浴びながら、流れに逆らって五メートルほど歩いていく。

プールには来園者たちが自由に使えるカラフルな浮き輪が幾つも流れており、彼女はそのひとつを選んで、すっと腰を下ろした。


「じゃあ、撮りますね」


カメラを構えた瞬間──。


水に揺られながら浮き輪に乗る水着のゆりが、太陽の光にキラキラと反射してきらめく水面を背景に、弾けるような笑顔をこちらへ向けた。


その光景はあまりに眩しくて、まるで絵画のワンシーンのようだった。


液晶画面越しに見ている視線が吸い込まれて目が離せない。

胸が高鳴り、シャッターを切る音さえ心臓の鼓動と重なって響いた。

ほんの一瞬でさえ、彼女を逃すまいと、司は夢中でシャッターを切り続けていた。


「よっ…と、どれー?見せてー?」


流れに乗って司の前を過ぎたゆりは、浮き輪からすっと降りると、水をかき分けながら少し流れに逆らい、司の持つスマホへ手を伸ばした。

司もまた、ときめく胸の余韻を抱えながら水際から身を乗り出し、スマホを返そうとゆりへ腕を伸ばす。


その瞬間──。


ゆりの口角が吊り上がった。


次の刹那、スマホを受け取ると同時にゆりは伸ばされた司の腕をガシッと掴む。


グイッ。


バッシャーーーーーン!!!


弾けるような水しぶきが大きく宙に舞った。

司はあっけなくバランスを崩し、無惨にも流れるプールの中へと引きずり込まれていた。


「あははははっ!!!」


スマホを頭上に掲げて無事を確かめながら、ゆりは弾けるように笑った。

水音と歓声に混じり、その明るい笑い声はひときわ響いていた。


水中から顔を出した司は、髪を濡らし、額から滴る水を振り払いながら咳き込む。

その表情には呆然とした困惑と、どうしようもなく彼女に振り回されてしまう諦めの色が入り混じっていた。


やがて水面にぷかりと浮かんだ眼鏡。

それをゆりは素早く拾い上げ、自分の頭にちょこんと掛ける。


「油断し過ぎですわよ、お兄さん♡」


濡れた髪を揺らしながら、わざといたずらっぽく笑みを浮かべる。

その姿は小悪魔のようで、司の胸をまた強く締め付けた。


「……とことん……貴方には敵いませんね……」


つい先ほどまで、カメラ越しに映る眩しさに心を奪われていた矢先に、この急転直下。

ゆりの無邪気さと色気、そして可憐さ。

そのすべてに吸い寄せられ、気付けば油断しきっていた自分を、司は痛いほどに自覚した。


あれがまさか罠だったとは。


思い返すだけで、心底恐ろしい。


それでも、どうあがいても、この女性の前では冷静でいられない。

翻弄されるたび、抗えない心地よさに囚われていく。


「まあまあ……」


ゆりはプールに漂う浮き輪をひょいと持ち上げると、頭の上から体を通してすっぽり収まり、くすりと笑って司を見上げた。


「一緒に優雅に流れようじゃないか。潔癖くん」


「……もう諦めましたよ」


苦笑しながら、司もゆりの浮き輪へ腕を掛け、ゆったりと水に身を委ねる。

水流に揺られながら、二人だけの小さな島のような空間が生まれる。


やがてゆりは浮き輪の穴の中でくるりと向きを変え、正面から司を見据えた。

水面に反射する光が揺らめきながら彼の頬を照らし、濡れた髪から滴る雫が光を弾く。

その水滴を纏った彼の顔はまるで宝石のように艶やかで、視線を奪われる。


顔と顔の距離はほんの数センチ。

囁く声が小波に溶けるように落ちた。


「…水も滴るいい男…メガネ外すと一層、司は本当に綺麗な顔だね……」


うっとりとした声色で、至近距離から甘く囁かれる。

その言葉に胸が跳ね上がり、赤面してしまいそうになるが、司は照れを隠すように冷静を装った。


「……私は、ゆりさんの可愛いお顔がよく見えないので、眼鏡を返していただけませんか?」


「……無理ー♡」


ちゅ


いたずらっぽく微笑んだ次の瞬間、司の唇に、優しく、柔らかい感触が一瞬だけ触れた。


「……意地悪ですね……ゆりさんは」


心臓が暴れ出す。

胸を締め付けるこの甘さに、どうしようもなく翻弄されてしまう。

なんて意地悪で、なんて小悪魔なんだろう。


水面のきらめきに照らされながら、二人は時を忘れて流れる水に身を委ねた。

その甘いひとときは、まるで永遠に続く夢のように溶けていった。


その後も司は半ば強引にゆりの手に引かれ、いくつものウォータースライダーを次々と制覇していった。

笑顔で指差す彼女の勢いに押され、気付けば何度も上っては滑りを繰り返す。


途中、ビッグウェーブプールでは、ゆりにわざと水の中で沈められ、危うく溺れかける羽目に。

「死ぬかと思いましたよ!」と咳き込みながら抗議する司を、ゆりはケラケラと無邪気に笑い飛ばし、そのまままた次のスライダーへと手を引いた。


二人乗り用の浮き輪に身を預けて滑る時。

指と指が自然に絡み合い、手がぎゅっと結ばれる。

スリルと甘さが一度に胸を叩き、心拍数は一層高まっていく。

風を切る水しぶきの中、彼女の横顔は子どものように無邪気で、同時にどうしようもなく愛おしかった。


二十代のパワフルさに振り回され、一日中スライダーやプールを引っ張り回された三十代は、もうすっかり疲弊していた。

半個室のプライベートスペースに戻ると、司はソファに深く身を沈め、カクテルのグラスを片手にぐったりと天を仰ぐ。


「おじさん、疲れた?」


弾むような声と共に、ゆりがひょいとソファへと飛び乗り、コロンと仰向けに転がる。

次の瞬間、彼女の頭がすとんと司の膝枕の上に落ち着いた。


「まぁ…疲れましたよ」


力なく笑みを浮かべつつも、司は膝に乗せられたゆりの頭をそっと撫でる。

その表情は、どうしようもなく優しかった。


半個室のカーテンの隙間から吹き抜ける南国の風が、ほんのりと潮の香りを運んでくる。

遠くではプールの水音やゲストの歓声がまだ響いているのに、この小さな空間だけが別世界のように穏やかだった。


ゆりは嬉しそうに目を細め、司の膝枕に身を委ねる。

二人だけの、ゆったりとした癒やしのひと時が、ゆるやかに流れていった。


そんな穏やかな時間が暫し流れた後、ふと時計を見た司が口を開いた。


「……あと1時間ほどでクローズですね。そろそろ着替えますか?」


「まじか」


ゆりは、膝枕からすっと頭を上げると、ソファから立ち上がった。


「最後にビッグウェーブ行きたい」


「……本気で言ってます?流石にもう無理ですよ。さっき殺されかけたんですから」


司は苦笑交じりに言ったが、ゆりはいつものように駄々をこねた。


「えー!やだやだやだ!!!」


「…出た………」


大きく息を吐いて項垂れる。

ゆりのこれが始まると結局抗えなくなってしまう事がわかっていて、そんな自分に呆れて漏れる溜め息だった。


「……じゃあ奥行かない。浅瀬でいいから」


「…そんなこと言って、また……」


司は疑わしげに視線を上げる。

どうせ翻弄しながら罠に嵌めていくのが予想つく。


「しないよっ!本当に膝のところまでしか行かないから!」


そう言いながら、ゆりはすっと司に手を伸ばした。


「お願い…10分だけ。司、一緒に…行こ?」


小首をかしげ、可愛い仕草。


──もう降参だ。


「……わかりましたよ」


観念したように、司はゆりの手を取った。






「ここ本当すごいよねぇ…この白砂。本物の海みたい!」


ゆりは子どものように目を輝かせながら、浅瀬に足を沈めた。

さらさらとした感触に頬を緩め、足先で砂を掬い上げては、水面に落として波紋を作る。


その無邪気な仕草を見つめる司の表情は、自然と優しい笑みを帯びていた。


「ビッグウェーブプールは、実際のビーチのリアリティを何処までも追求しているんです。波打ち際の動きや形を再現するために、この浅瀬とビーチエリアにだけ白砂を敷き詰めてあるんですよ」


「へぇー!流石の徹底ぶりがすごいなアークグローバルエンターテイメントさんは」


感嘆の声をあげるゆりは、しゃがみこんで両手で砂をすくい上げ、ぱらぱらと水に落とした。

透き通る水と白砂が混ざり合い、キラキラと陽射しを反射する。


その光景はまるで、彼女自身がこの楽園の一部になったかのように眩しかった。


やがて、ゆりはそのまま波打ち際に腰を下ろし、寄せては返す水をお腹に受けながら、気分が高まったように小さく歌を口ずさみ始める。


「…〜〜♪」


それはアーク映画作品のプリンセスの歌。

海を舞台にした物語で、ゆりがプリンセスシリーズの中でも最も愛してやまない人魚のプリンセス。


その旋律は、幼い頃からゆりが繰り返し夢に抱いてきた歌でもあった。


真夏の突き刺すような陽射しはいつの間にか柔らぎ、肌に優しい光へと変わっている。

西に傾いた太陽がオレンジ色を帯び始め、プールサイドやヤシの木々は長い影を伸ばしていた。


水面は光を強く反射し、綺麗な歌声に合わせてキラキラと煌めきながら揺れている。

空気はどこか「一日の終わり」を告げるように穏やかで、どこまでも優しかった。


その中で、司はふと胸を衝かれるように彼女を見つめ、無意識に言葉をこぼしていた。


「……あなたほど、少女のように純粋な人に、私は今まで出会ったことがありません」


司の不意の言葉に、ゆりは小さく息を呑んだ。

しかし伏目がちに俯くと、波打ち際の光を見つめながら静かに答えた。


「………私の周りの人達は、みんなそうだよ」


足元を打つ波が、彼女の言葉に合わせるようにさらさらと引いていく。

ゆりは、座り込んていた波打ち際からスッと立ち上がると、濡れた髪を揺らしながら微笑んだ。


「アークを歌って、アトラクションにはしゃいで、キャラクターで笑顔になって、ショーやパレードに涙する。私が現場で一緒に働く仲間たちは、みんな同じ。」


その声色は優しく、誇らしげでもあった。

けれどその直後、ふと脳裏に浮かんだのは、以前応接室で見た、美しくも冷たくてドライな司の妻の姿。




「…私のいる世界と……司のいる世界は…あまりにも違う……」




陸の世界の王子様に恋をした悲しい人魚姫は、海の魔女へ自分の美しい声と引き換えにして禁断の契約を交わした。



「……私も……海の魔女と契約できたらな……」



伏し目がちに、切なげな声で呟くゆりの横顔。

その頬を夕陽が淡く染め、揺れる水面が儚げに映し出していた。

その瞬間、司の胸は抉られるように痛んだ。

心臓が跳ね、息が詰まる。


その言葉の意味は……?


まさか自分に向けられた想いなのか、と錯覚しそうになってしまう。

その錯覚に縋りつけば、一気に崩れてしまう。

彼女の言葉の裏に潜む本心を、掴むのが怖かった。


「……〜♪…〜〜…〜…♪」


ゆりは寄せては返す波を軽く蹴りながら、人魚のプリンセスが、溺れた王子様を助けた海辺で、初めて触れた王子様へその想いを募らせて歌うシーンのフレーズを口ずさんだ。


「……〜〜〜…♪…〜〜〜……」


そこまで歌うと、ふと間を空けた。

遠くを見つめていた瞳は伏せられて、視線は砂を掬い上げた足元へと悲しげに落とされた。


「〜…〜…〜…〜……♪」


潮風に乗って、淡く震えるその美しくも切ない歌声は、波の煌めきと溶け合いながら辺りを包み込んでいく。



陸の世界と海の世界、交わらぬ世界に生きながら恋に落ちる人魚姫。



ゆりの言葉と泣きそうな歌声は、あまりにも物語を連想させた。

意識してなのか、していないのか。


その歌は、まるでゆりが本当に自分に恋をしていると錯覚させるほどに儚かった。


だが到底。

王子様などおこがましい。

自分は所詮、彼女の奴隷でしかない。


微笑みながら無邪気に水を蹴る姿。

その純粋さと切なさの混じる歌声に、司の想いは溢れ出して止められなかった。

胸が張り裂けそうな程苦しくて、気づけば衝動のままに駆け寄り、ゆりの手をとると、その細い指を自分の両手で包み込んでいた。




「……私の世界はすべてが…っゆりさんで溢れています…!」




その言葉と共に、ゆりは一瞬だけ驚いた顔を見せ、その眉間に力が籠った。

戸惑いがその瞳に揺れ、次の瞬間、吸い込まれるように息を呑む。


「……私の世界には……ゆりさんしか居ません」


真剣そのものの眼差し。

逃げ場のない誠実さがまっすぐに胸を射抜き、ゆりの心の奥底に押し込めていた感情が一気に溢れ出していく。


「………っ」


零れそうになる涙を必死に堪えながら、彼女は衝動に任せて司に身を寄せて腕を回した。

波の音が二人を包み込み、ゆりはそっと司の唇に自分の唇を重ねる。

司も答えるようにゆりを強く抱きしめて、重ねた熱い口づけは、言葉以上の想いを伝えていた。


西に傾いた夕陽が、水面を金色に染めながら二人の影を重ねる。

寄り添うその影は、まるで海と陸をつなぐ橋のように、ひとつになって揺れていた。






恋をしているわけでもない。

愛しているわけでもない。


ただ、離れたくない。

ただ、側にいたい。


この言い表せない気持ちの正体は、一体何なのだろう。


アーク作品は、どんなに辛いことや困難があっても、最後には必ずハッピーエンドが訪れる。


温かな感動と幸せに包まれて幕を閉じる事が確約されているからこそ、子どもの頃からずっと大好きだった。


けれど。

この正体不明の気持ちが辿る終着点は、どこへ向かっているのだろう。


結ばれることのない人。

許されることのない関係。


この関係の行きつく先は





バッドエンドしか無い。







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