第27話 ストーリーテイルパークアメリカ
「ゴールデンウィークまでは忙しいから、終わってからにしようよ」
「では、連休明けたらすぐに行きましょう」
スケジュールを覗き込みながらそう言うゆりに、
食い気味に答える司の声は、どこか子どものように弾んでいる。
「えー、ちょっと急過ぎるから…そんなに長く勤務に穴を空けたら迷惑掛けちゃうよ。少なくとも一カ月以上前には言わないと」
「そうなると……下旬以降ですか?」
「うん!その辺りかな!」
新年度を迎え、社会人三年目に差し掛かったゆりは、日々の業務の中で責任感も増し、スケジュールに厳しくなった彼女の横顔を見て、司はふと胸の奥が熱くなる。
ゆりが蓮と別れてからその後も、二人の関係は順調に、確実に育まれていた。
日々の仕事に追われながらも、アメリカのパークへ行くという約束は二人の心の支えになっていた。
夢の計画を、こうして現実に近づけていく。
「下旬以降ですよね……ちょっと待って下さいね」
司はポケットからスマホを取り出し、スケジュールを確認する。
「ちょうど6月の頭にアメリカ支社でサマーシーズン直前のグローバルオペレーション最終調整会議がありますね。これに合わせて、5月末から一緒にアメリカへ行きましょう。私は数日仕事がありますので、その後アメリカに残ります」
「えっ!?私先に帰るの??無理無理!!そんなの絶対寂しいっ!」
(いやっ!帰りたくないっ)
(ゆりさん…気持ちはわかりますけど、遅刻してしまいますよ)
(でもでも…もっと居たいの!)
司の脳裏に、あのクリスマスデートの光景がよみがえる。
ホテルのロビーで胸にしがみつき、駄々をこねた彼女。
その姿は可愛らしくも切なくて。
とてもアメリカから無情に一人でゆりを追い返せる自信などなかった。
「では…少し先延ばしになってしまいますが、私の仕事が終わる頃に後から来ますか?帰りは一緒に帰りましょう」
「その方が断然いいよっ」
「わかりました。それではエアーチケットを用意しますので、当日空港までお迎えに上がりますね」
旅の約束は、二人の間でそれが日常を彩る輝きに満ちていた。
スケジュールに記された日付を指折り数えながら、待ち望む日々。
ゆりにとっては、兼ねてから描き続けた夢のパーク。
司にとっては、日本では決して叶わない、ゆりと数日間、朝も夜も共に過ごせるという夢のような甘美な時間。
それぞれの胸に、不安も期待も入り混じりながら、夢へと向かう確かな約束が刻まれていく。
そして、いよいよその時を迎えるのだった。
「…どうしよう…緊張する……」
入場ゲートを前に、ゆりは小さく拳を握りしめ、震える指先を抑えるように深く息を吐いた。
「ついに、ってところですかね」
「もう既に泣きそう」
声は笑いを帯びているのに、瞳は潤んでいる。
そんなゆりの姿に、司は優しく目を細め、どこか誇らしげに微笑んだ。
「それではプリンセス、行きますか」
差し伸べられた手。
まるで物語の一場面のようにロマンチックで自然な仕草に、ゆりの胸は一気に弾み、迷いなくその手を取った。
司に手を引かれてゲートを抜けた瞬間、視界が一気に開ける。
真っ青に広がるアメリカの空、その下には色鮮やかな建物が並ぶメインストリート。
おとぎ話しの世界の空気が全身を包み込んだその瞬間、ゆりの足は思わず止まっていた。
日本のパークと似ているはずなのに、建物のひとつひとつが少し大きく、装飾もより華やかで、そこに漂う空気さえもスケールが違う。
「……すごい……やばい……」
一歩一歩踏み締めるゆりの足は震えている。
ストリートの両脇にはアメリカンな建築が連なり、ショップから漂う甘いキャラメルの香りや、カリッと焼けたチュロスの香ばしさが風に乗って広がっていく。
オーケストラのように響くバンド演奏やキャストの朗らかな声が混ざり合い、胸の奥を震わせた。
その先には──
大きくそびえ立つストーリーテイルキャッスル。
日本で見慣れたはずの姿なのに、ここでは別物のように感じられた。
屋根は空に向かって突き抜けるように輝き、真っ白な壁は南国の太陽を浴びて眩しく光っている。その荘厳さは、ただ“可愛い”だけではない。
圧倒的で、神話の世界から抜け出したような存在感だった。
「……来たんだ…私……ここが…原点….」
潤んだ瞳でストーリーテイルキャッスルを仰ぎ見るゆり。
その横顔は、子供の頃からずっと夢に見続けてきた憧れと、やっと辿り着けた感動で震えていた。
「日本のパークも素晴らしいですが…ここはやはりおとぎの世界ですね」
「……本当に……夢って叶うんだ……」
ゆりは崩れ泣いた。
幼い頃から愛し続けて止まなかったアーク世界の原点となった場所。
ずっとずっと、この場所に来る事が夢だった。
幼い頃に母を亡くしてから、ずっと苦労を重ねてきた。
辛くて、寂しくて、苦しくて、心が折れそうなときも、胸の中で生き続けていたのは、この夢のおとぎの世界だった。
青空の下で、ストーリーテイルキャッスルが二人を包み込むように輝いていた。
えーん、と子供のように大声で泣くゆりを、司は優しく宥めるように抱きしめた。
「物語はこれからですよ。さ、行きましょう。最初に予約するアトラクション、決めましたよね?」
日本のパークには存在しない夢のようなシステム『ストーリーアクセスプログラム』
パーク内のすべてのアトラクションを、優先的に予約できるという、本場ならではの夢の仕組みだった。
庶民のゆりにとっては、到底手の届かないほどの高額なパス。
ロンドン本社の幹部役員である司は、それを当然のように利用する。
司はスマホを取り出し、画面を軽快にタップしていく。
瞬間、画面に《イマジネーション・ジャーニー/10:30》という文字が浮かび、最後の指先のタップで予約が確定する。
「…ねぇ…ほんとに……今日一日中、全部のアトラクションが…こんな一瞬で予約できるの…?」
息を呑んで画面を覗き込むゆり。
それは夢のまた夢のようで胸が熱くなる。
こうして隣に立ち、何気なくその物語を叶えてくれる、この人の存在そのものがまるで魔法のようだった。
前回、二人で日本のパークを過ごした時は、ゆりが子供のように目を輝かせながら、ショーもパレードもアトラクションも全てを先導していた。
けれど今回は、司が丁寧にプランを立てていた。
何週間も前から二人でパンフレットを広げ、「どこに行きたい?」「何を見たい?」「お土産はどんなのが欲しい?」と、一つひとつゆりの希望をすくい上げてきた。
そのすべてを胸に刻んだ司が、今日はゆりの手を引いて案内する。
「あちらに、ゆりさんにお見せしたいフォトスポットがあります。きっと気に入りますよ」
自信に満ちた声に導かれ、ゆりは素直に頷いて歩く。
いつもは自分が引っ張っていく側なのに、今日は司の後ろを追いかけるだけでいい。
そのことが、胸をくすぐるような心地よさで、なんだか守られているように感じた。
時刻はお昼を回り、ついにゆりが心待ちにしてきたプリンセスキャラクターレストランの予約時間が迫っていた。
心臓が高鳴る中、ゆりは一歩一歩、店へと足を進めていく。
扉をくぐると、そこに広がっていたのはまるで物語の舞台そのものだった。
壮麗な石造りのアーチ、温かい光が揺らめくシャンデリア、壁に描かれたティペットやタペストリー。
まるで中世の貴族の饗宴が今まさに始まるかのような気品漂う空間だった。
窓辺にはステンドグラスが優しく虹色を映し、小さなお城のカービン加工の装飾が、訪れる客を“お姫様”へと招いていた。
そして遂に──
軽やかなステップと共に、優雅なドレスを纏ったアーク作品シリーズのプリンセス達が次々に姿を現す。
光を受けてきらめくティアラ、淡い色のドレスが揺れるたび、会場全体が魔法の中に包まれていく。
その瞬間、ゆりの胸は熱くなり、激しく興奮しながら顔を赤らめて瞳をキラキラときめかせる。
「…きゃー…可愛いですー…やばい…はわわわ…素敵ですー……」
テーブルを周ってくるプリンセスへ向けた震える声は、まるで幼い頃の夢が決壊して溢れ出したように止まらない。
「She says… you’re so beautiful, so lovely, absolutely wonderful.」
司は隣でその言葉を受け止め、微笑を浮かべながらプリンセスへゆりの言葉を伝えた。
「Thank you. You are such a lovely and wonderful princess, too.」
プリンセスはふっと目を細め、胸に手を当てながら優雅に裾を広げて、ゆりの前に腰をかがめた。
サラリと通訳してくれた司のスマートな心遣いに安心したゆりの胸は一層いっぱいになり、さらに言葉があふれ出して止まらない。
「私…あなたが大好きで…小さい頃からずっと憧れてて──…」
「She’s loved you ever since she was a child—she’s always looked up to you ──…」
ゆりは、言葉を伝えて貰える嬉しさの余りにここぞとばかりに思いの丈を溢れさせ続けた。
プリンセスは、涙ぐみながらも一生懸命言葉を紡ぐゆりの表情を見つめて、司の声を聞きながら何度も優しく頷く。
そして、白いグローブに包まれた手がそっと伸び、ゆりの手を優しく包み込む。
裾を少し広げて膝を折る仕草は、まるで目の前のゆりこそがプリンセスだと讃えているかのようだった。
「I’ve been dreaming of the day I could meet you, too. Dreams do come true, don’t they?」
「おぉ…」
プリンセスからその言葉が落ちた瞬間、司は思わず息を呑み、小さく感嘆を漏らす。
司のその反応にゆりはすかさず興奮する。
「なになになに!?何だって??」
「…私もずっとあなたに会える日を夢に見ていました。夢は叶うものですよね?」
暖かく優しい笑顔でゆりの目を見つめた。
司の声色はただの通訳ではなく、まるで彼自身の祈りを重ねたように温かかった。
その一言と司の素敵な笑顔が降った瞬間、ゆりの胸の奥で何かがほどけた。
「……ふぇ…っえーーん…………」
抑えていたものが一気に決壊し、子どものように声を上げて泣き出すゆり。
頬を伝う涙は止まらず、プリンセスの言葉が心に降り注ぐたびに、幼い頃から抱き続けてきた夢や憧れが一気に溢れ返ってくる。
夢が叶う瞬間──。
その純粋な涙は、何よりも美しい輝きだった。
昼下がりのパーク。
ゆりと司が歩みを進める先に広がったのは、まるで空そのものが低く押し下げられたような世界だった。
「わぁ…!すごい…!」
目の前にそびえる岩山は、雷に焼かれたかのように黒と紫を帯び、その割れ目や谷間から、淡く白い雲が静かに滲み出している。
雲は空へ昇ることも、風に流されることもなく、岩の上を這うように、ゆっくりと漂っていた。
そこは「サンダークラウドハイランド」
日本のパークには存在しない、ゆりが大好きなアークグローバルエンターテイメント映画作品「サンダークラウド」の夢にまで見たエリア。
見上げても、青空はほとんど見えない。
張り出した岩肌や高く組まれた構造物が視界を覆い、
雲はその内側で閉じ込められたように巡っている。
足元に近い位置で溜まった霧が、ゆりの足首をなぞる。
ひんやりとした湿り気が肌に触れ、ここだけ空気の温度が違うことを、はっきりと感じさせた。
時折、雲の奥で低い音が転がる。
雷鳴──というほど明確ではないが、けれど胸の奥を震わせる、重たい唸り。
まるで、このエリアだけが
別の空を持っているみたいだった。
「サンダークラウドハイランドは、オープン当初からずっとパークでトップクラスの人気エリアですよ。」
隣で穏やかに微笑む司に、ゆりは目を輝かせながら頷いた。
「うんうん!ずーっと憧れててて、ずっと来たかっの!…テレビとかネットでしか見たことなかったから…本当に夢みたい…!」
その声は心からの喜びに満ち、まるで映画の世界にそのまま入り込んだような景色に感動し、ゆりはここでも再び涙ぐむ。
雷雲の物語が、ただ再現されているのではない。
ここでは、雷雲が“居場所を与えられている”。
そんな錯覚すら覚える空間。
足取りも弾むように軽く、子どものように胸を躍らせていた。
だが──。
視線の先、空と岩山の境目に一際強烈な存在感を放つオブジェを見た瞬間、
ゆりの足は、ぴたりと止まった。
低く垂れ込めた雲の塊のフォルム。
淡い灰色の輪郭の内側を、稲妻が生き物のように走り抜けている。
光るたびに、雲は脈打つように膨らみ、次の瞬間にはまた形を変える。
その中心にある“意思”を感じさせる光。
鋭く、勝ち気で、どこか挑むような輝き。
サンダークラウドの主人公、雷雲のルーメン。
「……ルーメン……だ……」
震える声で呟いた瞬間、視界が滲む。
愛してやまない推しキャラを目の前にして、胸の奥が一気に熱くなる。
だが同時に、鋭く切り裂くような痛みも走った。
強気な瞳、勝気な笑み、真っ直ぐで、不器用なほど熱に任せて突き進む姿。
──蓮…………。
彼の姿に重なるのは、あの日々の記憶。
無邪気で強引で、まっすぐで。
手を焼かされ、振り回され、それでもどこか憎めなかった男の影。
「……ゆりさん?大丈夫ですか?」
隣で司の声がした。
ゆりはハッと我に返り、慌てて笑顔を作る。
「……大丈夫!すごいね、やっぱり本場は!圧倒されちゃったよ!ルーメンかっこいいー♡」
そう言いながらスマホでパシャパシャ写真を撮りまくるゆり。
しかし胸の奥では小さな痛みが残っていた。
過去を断ち切ったはずなのに、不意に蘇る記憶は、決して消え去ってはくれない。
それでも──。
今、隣にいるのは司だ。
その存在の温かさに、ゆりは心を繋ぎ止めるように、そっと彼の袖を握った。
いよいよ、サンダークラウドハイランドの中核となるアトラクションの搭乗口が現れた。
岩山の裂け目の奥、低く垂れ込めた雲の中に、静かに光るゲート。
紫がかった稲妻の紋様が脈打つように浮かび上がり、空気がひんやりと肌を撫でる。
足元から立ち上る霧の向こうに見えたのは、
雲を象った半透明の搭乗ユニット。
柔らかな曲線を描く雲の縁から、細いケーブルが何本も伸び、
それが高い天井の暗がりへと吸い込まれている。
まるで、雷雲そのものに身体を預けるかのような造形だった。
「やばい!楽しみ!!」
高鳴る胸に、はしゃぐゆり。
この瞬間を待ち続けていた。
ただ映画の中でしか見られなかった世界に、自分の体ごと飛び込める。
案内係に導かれ、二人は並んで座席に腰を下ろす。
身体を包み込むようなシートに身を預けると、足元は何もない。
ただ、深い霧が下に流れているだけ。
カチリ、と安全バーが下りた。
──ふわり。
重力が、一瞬だけ抜け落ちる。
ビークルが静かに動き出すと座席は地面を離れ、音もなく宙へと持ち上がっていく。
雲の中を抜けると、視界が一気に開けた。
眼下に広がるのは、映画で幾度も見た景色そのもの。
裂けた物語のページの上を、雷雲が流れ、壊れかけたお城や歪んだ森が、ミニチュアのように広がっている。
座席はレールの存在を感じさせないまま、ゆっくりと旋回し、まるで“空を泳ぐ”ように進んでいく
最後にサンダークラウドを観たのはあの時か──。
何となくふいに、蓮の部屋で二人でソファに座って映画を観た日の事を思い出した。
ゆっくりと進むビークルはやがて物語のクライマックスへと入る。
低く、遠くで雷鳴が響いた。
ゴロ……。
空の奥で稲光が走り、雲が一瞬だけ白く照らされる。
悪役の魔物が猛威を振うほどに、ゆりの鼓動は早鐘のように高鳴っていく。
──なんで………
この胸のざわめきと、雷雨の演出による懐かしい緊張感が、彼の姿を呼び起こしてしまう。
(──ピンチの時こそ、新しい道を切り開くぞ!!)
耳の奥に、あの日の声が甦る。
突然のゲリラ雷雨に見舞われ、蓮と二人でピンチを必死に乗り越えたあの日。
「……雷は物語を壊すためにあるんじゃない…………」
思わず、声が漏れる。
座席はその言葉に呼応するかのように、高度を上げた。
雲を突き抜け、さらに上へ。
ゆりは独り言のように続けた。
「……新しいページを照らすためにあるんだ……!」
ピカッ!!
ズドォォォ――ンッ!!
大地を揺らす雷鳴音とともに、ビークルは弾けるように飛び出した。
風が全身を打ち、視界いっぱいに広がる灰色の雲の塊に走る無数の稲光が過去と現在をないまぜにして駆け抜けていく。
稲妻が放たれ、壊れていた物語の世界が、次々と光で修復されていく。
ページがめくられ、色を失っていた景色が、鮮やかに蘇る。
その光景に、ゆりの視界が滲んだ。
その後もアトラクションを巡り、ショーやパレードに心を震わせて、気付けば陽はすっかり傾いていた。
心の奥にはまだ昼間の歓声や音楽の余韻が残り、二人の間には幸福な熱がほんのり宿っていた。
──そして夜。
夕暮れから闇へと移ろった空の下、ストーリーテイルキャッスルが幻想的にライトアップされて浮かび上がっていた。
広場はすでに無数のゲストで埋め尽くされ、誰もが同じ方向を見つめている。
『スターライト・ウィッシュ』
ストーリーテイルパークアメリカの一日を締めくくる、ドローンと花火が織りなす奇跡のフィナーレとなる夜空のショー。
朝から続いた夢のような時間を、最高の形で結ぶ瞬間が近づく。
パーク全体が、まるでひとつの心臓のように同じ高鳴りに包まれていた。
しかし、夕方から吹き始めた風は次第に強さを増し、ヤシの葉はざわざわと音を立て、掲げられた旗は大きくはためいている。
司はその光景を見上げながら、胸の奥で嫌な予感がざわめくのを感じていた。
そして、その時だった。
パーク全体にアナウンスが響き渡る。
《Good evening, ladies and gentlemen. We’re sorry for the inconvenience, but due to high wind conditions, the fireworks show “Starlight Wishes” ──》
「……なっ……くそ……!」
珍しく取り乱した声を聞き、隣で腕を組んでいたゆりがびくりと肩を揺らす。
「え!?なになに!?どうしたの!?」
《── cannot be safely performed tonight. Thank you for your understanding, and we hope you enjoy the rest of your evening here at the park.》
アナウンスが終わると同時に、司は諦めたように深く溜め息を吐き、ゆりへと向き直った。
「……ゆりさん、すみません…『スターライトウィッシュ』ですが本日、ウィンドアウト※です」
※ウィンドアウト=強風のため公演中止
「えーーーーっっっ!!!」
ゆりの顔から血の気が引き、一瞬にして子どものように足を踏み鳴らす。
「やだやだやだやだ!!絶対無理!!見たかったのに!!!」
司は肩をすくめながらも、必死に宥めるように口を開く。
「……最終日にまた来ますから…その時に見られることを祈りましょう」
「えーん…楽しみにしてたのにぃ……」
涙ぐみ、唇を尖らせるゆりの姿は、胸を締め付けるほど愛らしい。
けれど司にとっては、同時に痛みを伴う光景でもあった。
「……………申し訳ありません……」
本来司の責任ではないが、思わず謝罪の言葉が零れてしまうのは、経営サイドとしてお客様であるゆりへ対するお詫びの意識なのか。
ゆりに支配されている奴隷として無意識に滲み出てしまう従属の心理なのか。
思考よりも先に口をついて出てしまった司だった。




