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狂気の魔法  作者: 波方 真季


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第23話 バイバイ


新年の幕が開け、街に漂っていた華やかな年末年始の気配もすっかり落ち着きを取り戻した頃。

世間の人々が日常へと戻る中、パークも閑散期を迎えていた。


そんな時期に、アメリカ出張を終えて帰国した司は、すぐさまゆりの直近の休暇に合わせてホテルの予約をする。


「無事に帰国しました」と司からの報告メールが届き、続けざまにデートの誘いが添えられた瞬間、ゆりの胸は一気に高鳴った。

待ち遠しくて仕方がない。

会える喜びが日を追うごとに膨らみ、気づけば心は子どものようにワクワクと弾んでいた。



そして、迎えた当日。

ホテルで食事を終え、夜の帳が下りた頃、ふたりはエレベーターを上がり、用意された部屋へと足を踏み入れる。


ドアが閉じた瞬間——


互いに張りつめていたものが一気に溢れ出す。

抑えきれない衝動に駆られ、慌てて抱きしめ合うと、唇が触れ合った。

再会を確かめ合うように、何度も、何度も。

長い時を埋めるかのように、二人は夢中でキスに溺れていった。


必死で熱を求めてしがみついてくるゆりの様子に、司は胸が爆ぜそうなほどの衝動を抑えきれなくなった。

堪らずその唇を離すと、乱れた呼吸の合間から低く囁く。


「……ゆりさん、先日最高の映像が入手出来たので…是非ゆりさんにもご覧いただきたいです。」


「なに?映像?」


小首を傾げるゆり。

その素直な反応がかえって司の胸をざわつかせる。


「今からお見せしますね」


司はゆりの手を引いてソファへと並んで腰を下ろした。

鞄から取り出したノートPCをテーブルに置くと、PCの蓋を開いて電源を立ちあげる。

淡い光が室内に広がり、冷たい電子音が立ち上がる。


ゆりは無垢にも司の腕に自分の両腕を絡め、頭を司の肩にもたれ掛からせて、甘えるように身体をぴったりと密着させて、キョトンとした表情でPC画面に視線を置く。


数回のクリック。

呼吸の間すら張り詰めた静寂。


そして司の指先が、あるフォルダの再生ボタンを押し込んだ。


パッと画面に映し出されたのは──

ゆり自身だった。


──ドックンッッ


背中から冷や汗が吹き出し、全身を鳥肌が駆け抜ける。

心臓が胸を突き破るかのように大きく跳ね上がった。


「どうして…っこれを!」


咄嗟に画面を閉じようと、ゆりは画面に手を伸ばすも、その手は途中で司に掴まれ、制止される。


「今さら隠しても遅いですよ。もう100回は見ましたから」


「……くっ……!」


画面に響く自分の声。

司に静止された手を掴まれたまま、羞恥と恐怖で顔を背け、固く目を閉じた。

耳の奥で鼓動が爆音のように鳴り響き、全身から血の気が引いていく。


突然ガッと強く腕を引かれる。

次の瞬間、ソファに深く座り直した司に背後から抱きすくめられ、司の両足の間に座らされる。

そしてその耳元へ、司の吐息が熱を帯びて落ちた。


「こんなに可愛い姿を…私には一度も見せてくれませんよねぇ…」


低く艶めいた声が脳髄をかき乱す。

熱を帯びた吐息と共に、耳の縁をなぞられる。

ぞくりと背筋を走る感覚に、思わず身を竦ませたゆり。

そして司は怒りを込めた低い声色を、耳元に熱い吐息と共に落とす。


「許せない…絶対に許さない…あいつを地獄の底まで突き落としてやる」


司の手は、苛立ちと嫉妬をそのまま力に変える。

伝わる掌の熱と執念が、容赦なくゆりを追い詰めていった。


「……やめて……」


絡みつく熱がゆりの耳を擽る。

その拷問のような感覚に抗いながら、ゆりは吐息を漏らした声で絞り出す。


「……蓮には手を出さないで……別れるから……」


《蓮っ…抱っこ…ちゅ…ちゅーして…蓮っ…》


無情にも、PCのスピーカーから流れるのは、真逆の叫びだった。

画面に映る自分は、今自分の口から出た台詞とは反対に、涙に濡れた顔で蓮を求め続けている。

現実と映像の矛盾が、ゆりの胸を締め付け、司の心を狂気の淵へとさらに追いやっていった。


「……それは愛ですか」


衝動のまま動いていた司の手が、ピタリと止まる。

耳元で吐かれた問いに、ゆりは一瞬だけ怯むも、すぐに小さく息を吸い込んだ。


「愛?あははっそんなのあるわけないじゃん」


わざと明るい声で笑ってみせる。

その笑顔はどこか幼く、少女のように無垢な仕草を装って。


「私は蓮の“経営者としての腕”を買ってるだけだよ。彼の代わりは居ないもん。私が愛してるのは蓮じゃなくてパークだよっ」


ニコッと、無邪気なまでに弾ける笑顔を司に向ける。


その瞬間、司の胸を覆っていた暗雲がスッと晴れていく。

司の唇には優越感に満ちた笑みが浮かんだ。


スピーカーから漏れる自分の声に、ゆりは耳を塞ぎたくなる。

だが後ろから抱き抱える司の腕が、その自由を奪い、荒い呼吸を堪えながら、ゆりの顎を強引に掴み、画面へと向かせた。


「見て下さいこの顔……何度見ても…最っ高ですよね…」


耳に絡められていた司の吐息が、ゆっくりと首筋を這う。


熱と湿りを帯びる感覚が首筋を滑るたび、ゆりの体はびくびくと震えた。

視界の端で揺れるPC画面には、威厳も支配も剥ぎ取られた自分。

声を震わせ、蓮に溺れる姿が無慈悲に流れ続けている。


どうしよう──。

私の威厳が。

私の権力が。

私の支配が……。


心の中で必死に叫ぶゆりをよそに、司は背後からさらに言葉を畳みかける。


「……見せてくださいよ…この顔…どんな感覚だったんですか……」


昂ぶりが抑えきれなくなった司は理性を失っていった。

感情を掠め取られる感覚がゆりを包んでいく。


せっかくここまで支配してきた。

せっかくここまで思い通りにしてきた。

なのに最後の一線を越えてしまえば、全てが崩れて台無しになってしまう。

このままじゃ駄目だ。


ここは一旦逃げなきゃ──。


「…離してっ!!」


ドンッ


飲み込まれそうな波を振り払うように、ゆりは力の限り司を突き飛ばした。


「はあ…はあ…っ今日は…これで帰ります!」


震える声でそう言い放ち、ドアへと歩き出そうとした瞬間、ガシッと強い力で腕を掴まれた。


「なに動揺してるんですか?逃がさないですよ」


鼻息を荒げる司の瞳は、冷静さのかけらもなく狂気に濁っていた。

次の瞬間、体ごと引き寄せられる。


その目は、愛でも優しさでもなく、飢えと執念に支配されていた。


「…っゆりさん…っあなたの全てを…私のものにしたい…っ!」


夢中でゆりの全てへ感情をぶつける。

我武者羅に求めるその様は、狂乱そのもの。

言葉の端々から溢れる熱は、理性を失った執着の叫びだった。


アメリカに滞在していた数週間。

司は、幾度となくゆりの映像を再生し続けた。

弱く、脆く、涙を流しながら壊れていく彼女の顔。

画面の中の相手が蓮だとわかっていても、次第に境界は曖昧になり、映像の男を自分自身に置き換えていた。

もし自分が彼女をこうして、泣かせ、めちゃくちゃに乱せたら。

そう妄想せずにはいられなかった。

夜ごと、昂ぶる己の感情を鎮めながら、司の中では“彼女を壊す”幻想が幾度も繰り返し再生されていた。


もう映像では足りない。

妄想では満たされない。

この目で現実のゆりを見たい。


直接、彼女を壊して、その顔を目の前で堪能したい。


帰国が待ちきれず、今にも張ち切れそうな昂りを抱えながら、焦がれるように待ち侘びたその時が今ようやくここに訪れた。


ゆりは司に流されるがまま、天井を見つめていた。


駄目だ──。

このままでは、今まで積み上げてきた努力も苦労もプライドも、何もかも全てが水の泡だ。


「どうしたんですかっ…いつものゆりさんの勢いはっ!このままこのまま黙っていていいんですかっ!」


──イラッ。


司の威圧感に、ハッと我に返り、ゆりの胸の奥で、燃え盛る炎が一気に爆ぜた。

許さない。

これ以上、飲み込まれてたまるか。


ドガッ!


「……うっ!」


鋭い蹴りが司の胸を直撃する。

勢いで仰向けに倒れ込む司。


ダンッ!!


さらに追い打ちをかけるように、ゆりは倒れた司の胸へと渾身の力で足を叩き込んだ。


「…ゲホッ!ゲホッ……!」


突如、激しい圧迫に襲われた肺が悲鳴を上げ、司は苦しげに咳き込みながら喉を鳴らす。


ググッ──。

足先にさらに体重を掛け、ゆりは司の胸を踏みつけたまま、その顔を覗き込む。


「馬鹿だね司、こんな映像で私を思い通りに出来ると思ったの?」


その声音は冷たく、艶やかで、まるで悪魔の囁き。

そこに立つ彼女は、強くて、妖艶で、完璧な支配者そのものだった。


──な……ぜ……。


司の思考は掻き乱される。

こうまでして追い詰めても、なお崩せないのか。

目の前の彼女は、完璧な輝きを放っている。

司は気が狂いそうだった。

それでも崩せないからこそ、あまりの美しさ、あまりの愛しさに、理性を失うほどに酔いしれていく。


さあ鞭を振って。

さあ言葉で罵って。

さあ何度でも責めて。

気が遠くなるほどの情熱を与えてください。



私は……あなたの奴隷です。



パッ。


ゆりは司の胸から足を下ろすと、くるりと背を向けて、玄関の方向へ進んだ。


「…ゆりさんっ!?ゆりさん待って!!」


慌てて立ち上がり、必死にその背を追う司。

だが玄関に差し掛かったところで、ゆりが振り返り、ビシッと人差し指を突きつけた。


「動画は消して反省しなさい!バックアップから全部消したのを私が確認しないと、それまでデートはお預けです!」


鋭い視線が突き刺さる。

その一言は罰であり、支配の宣告だった。


「そ…そんなぁ……」


司は力なく項垂れ、玄関先に立ち尽くす。

もはや重役でも、恐れられる権力者でもない。

ただ一人の女に見放されまいと縋る、哀れな男の姿だった。


パンプスの音を高らかに響かせ、颯爽とホテルを後にするゆり。

その背中は、支配者の威厳を纏ったまま、迷いなく遠ざかっていった。





後日──。




「待って、車は出さないで」


本部ビルの地下駐車場。

仕事を終えたゆりは、いつものように蓮のリムジンへ乗り込んだ。

エンジン音が静かに響き、運転手が車を発進させようとしたその瞬間に、ゆりが後部座席の内臓マイクのボタンを押してから、思いがけない声が飛んだ。


「なに、どうしたの」


振り返る蓮。

蛍光灯の白い光に照らされた彼女の横顔は、いつになく硬い。

ハンドバッグを抱き締める両腕には、微かな緊張が浮かんでいた。


「………司に動画見せたんだね」


低く、押し殺した声。

冷たい刃のようなその一言で、温もりを含んでいた空気は一瞬にして凍りついた。


「………!」


蓮の身体が硬直する。

まるで心臓を素手で鷲掴みにされたかのように、呼吸すら乱れていった。


「約束したよね?……誰にも見せないって」


ゆりの声は淡々としているのに、奥底に震えを含んでいた。


「…ごめん」


絞り出すように謝罪の言葉を口にした瞬間、蓮自身の心臓が痛んだ。

覇気はなく、ただの懺悔の響きにしかならなかった。


「ごめんじゃ済まない…っ自分がどうなってもいいの!?」


ゆりの胸がぎゅうっと痛む。

声が震え、目尻に熱が溜まる。

必死の言葉が、感情の波となって蓮を押し潰した。


「お前を助けたかったんだよ!!」


爆発するような声。

抑え込んでいた激情が堰を切ったように溢れ出し、蓮の瞳は血走っていた。


「司から解放してやりたかった!!」


絞り出すような叫びは車内に響き渡ったが、その声は、もうゆりには届かない。


「は…私の為?ただの独占欲だよね?私を独り占めしたいだけ」


「お前の為だよっっ!!」


「だったら余計なお世話だよ!言ったよね!?蓮にも会えなくなっちゃうよって!!」


その言葉には怒りよりも、悲鳴に近い震えがあった。

胸の奥で張り裂けるように響いて、蓮の心を深く抉る。


「俺の心配してるなら別に──」


「もう会わない…っ」


言葉を返そうとしたその瞬間、ゆりの声が鋭く割って入った。

短く、突き刺すように。

有無を言わせない冷たさが、蓮の胸を容赦なく貫いた。


「え…?ゆり…?」


息が詰まる。

空気が喉に届かない。

たった数文字の言葉が、鼓動を狂わせ、全身から血の気を奪っていく。


「蓮とはもう会わない!!」


決定的な一言。

その響きは、まるで刃を突き立てられたかのように鋭かった。

蓮の呼吸は乱れ、浅く、苦しくなる。


「は?…な、なんでそーなるんだよ!」


必死に声を上げても、それは虚しく空気を震わせるだけ。

彼女の決意に届く気配はどこにもなかった。



「別れよう」



別れるも何も、そもそも最初から付き合っていたわけではない。

だけどそれ以上に的確で相応しい言葉は他に見つからなかった。


「待てよ!冗談だろ?俺なら大丈夫だから!!」


蓮の声は必死だった。

しがみつくように、縋るように。

だが、返ってきたのは容赦のない言葉だった。


「蓮の為じゃないよ。最初からそう決めてた」


「え…どうゆう事?」


脳が理解を拒む。

意味を飲み込めない。

何かの冗談だと、まだどこかで信じようとしていた。



「最初から愛してない」



心臓を鷲掴みにされる感覚。

空気が肺に届かない。

息苦しさの中で、蓮は必死に言葉を紡ぐ。


「そんなの嘘だろ」


怒りを込めるように、強く、低い声て言った。

否定したい、信じたくない。

だが、次に返ってきた言葉は、容赦なくその最後の拠り所を打ち砕いた。


「嘘じゃない。あんたを夢中にさせてから捨てるのが目的」


ゆりの目は真っ直ぐに蓮を射抜いていた。

そこには慈悲も迷いもなく、ただ冷たい光だけが宿っている。

その視線は刃よりも鋭く、心の奥深くを切り裂いていく。

あまりの残酷さに、蓮は呼吸を忘れ、ただその言葉の重みに押し潰されて正気を失った。


ガッ──。


蓮は思わず、ゆりの胸ぐらを掴んでいた。

縋りたい、繋ぎ止めたい。

その一心で伸びた手だった。

だが、返ってきたのは冷たい刃のような声。


「また暴力?もううんざり」


冷めた瞳。


そこには、かつて自分だけに向けられていた甘さの欠片もなかった。

こんな顔のゆりを、今まで一度たりとも見たことがない。

全身から力が抜け、胸ぐらを掴んでいた手が、ゆっくりとほどけていく。


「さようなら。もう二度と」


その言葉は冷酷な宣告だった。

ゆりは躊躇なくリムジンのドアを押し開け、地下駐車場を歩み出す。

振り返ることなく、ただ冷たく言い放って。


「待って!!ゆり!!」


蓮の叫びが駐車場の空気を裂いた。

重たいリムジンのドアを乱暴に押し開け、靴音を響かせながら追いかけてくる。



──追いかけないで。



心の中でそう呟いた瞬間、腕を掴まれる。


「ゆり…っ無理だよそんな別れるとか…俺の為じゃないなら、なんでそんな事するんだよ!!」


蓮の声は、崩れそうな必死さを孕んで震えていた。

ゆりは何も答えず、ただ俯いたまま蓮の顔を見ようとしない。

次の瞬間、蓮の腕が強く回り込み、背中から抱きしめられる。


「…ゆりがいないと…生きていけないよ俺…」


かすれた声。

泣き出す寸前のように震える息。

その抱擁には、愛と未練と絶望がすべて詰まっていた。


こんなんじゃ駄目だ。

ちゃんと諦めさせなきゃ──。


「……蓮」


背中に絡みつく腕をゆっくりとほどき、ゆりは振り返った。

真正面から、蓮の瞳を射抜くように見据える。



「初めて出会った日のこと、覚えてる?」



映画やドラマに出てくるそんな台詞は、大抵ドラマチックな出会いの時。


だけど私達の出会いは地獄だった。

あの日から、もうすぐ一年が経とうとしている。


「初めて会った日、私にしたことを忘れたなんて言わないよね?」


「……っ!」


蓮の表情が凍りつく。

記憶の奥底に押し込めていた光景が、一気に甦った。

ゆりの声色は穏やかに聞こえても、その内側には鋭い刃が潜んでいる。


「私は、私の大切な愛するパークを、運営する側の人達には綺麗で居て欲しかったんだよ。この身体を張ってでもあなた達を止めたかった」


「…ゆり…っごめ…ん…」


蓮の目からは、もう堰を切ったようにボロボロ涙が溢れていた。

その姿に、ゆりは一瞬だけ哀しげに目を細め、そっとその頭に手を置いた。

指先で乱れた髪を撫でながら、慈しむように言葉を落とす。


「我が身をちゃんと振り返って…これからは真っ当な経営者として、ちゃんとしていってね」


「…許して…っ反省してるから…俺絶対ちゃんとするから!だから…行かないで…ずっと俺の側にいて…」


子どものように泣きじゃくる蓮。

いつもわがままで、自分勝手な蓮。

自分の感情のままに突き進む蓮。


そして、真っ直ぐに私の事が大好きな蓮。


その全てが、胸に痛いほど焼き付いている。


ゆりは蓮の涙を拭い、頬を優しく撫でた。

ほんの一瞬だけ、最後は少女のように優しく微笑む。




「バイバイ、蓮」




その言葉を残し、ゆりは背を向けた。

もう振り返らない。

足も止めない。


蓮への私の復讐は、これで完遂した。


身も心も、誇りも尊厳も。

何もかも骨の髄までしゃぶり尽くし、最後は使い古したボロ雑巾のように捨ててやった。


壊された過去の私を、今度は私自身が抱きしめている。

あの日の涙も、傷も、全てを超えて。


これは残酷さなんかじゃない。

これは罰であり、正義であり、救済だ。



──なんて清々しいんだろう。



静かな駐車場に響くのは、遠ざかっていく彼女のヒールの音。

そして、その場に膝から崩れ落ち、声を殺して泣き崩れる蓮の嗚咽だけだった。






ゆりはずっと傷ついていた。

俺の前で、いつも明るく笑顔でいても、心の中ではあの日の出来事にずっと苦しみ続けていたんだ。


それなのに。


俺は強引に連れて来て。

それからずっと側に置いて。

彼女が向けてくれる愛くるしい笑顔に、“愛されている”と錯覚して。


「……怪物だ……………」


自分が犯した過ちで、ゆりの心を壊しておきながら、“愛されたい”とは、なんておこがましいのだろう。



一体誰が、こんな怪物を愛してくれるのだろう。



こんな事になるなら。

ゆりとちゃんとしたカタチで出会いたかった。

時間を巻き戻せるなら、司より先にゆりを見つけて。

ゆりと純粋な恋愛がしたかった。


俺の目に映るゆりは本当に全て偽りだったの?

愛し合っていたと信じてきた日々は、本当に全て独りよがりの幻だったの?


こんな思いをするくらいなら。

こんなに辛いのなら。


愛して欲しいなんて。

愛されたいなんて。


──もう二度と、愛なんて信じない。


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