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狂気の魔法  作者: 波方 真季


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第19話 ●REC


遅い帰宅となり、入浴を済ませると、二人は自然に寝室へと足を運んだ。

カーテン越しの夜景が、静かな部屋の中にぼんやりと滲んでいる。


ベッドに潜り込むと、背中を合わせることもなく、互いの温もりを求めてすぐに抱き合った。


「明日何時?」


蓮が髪を梳きながら低く尋ねる。


「早番だから7時かな。6時過ぎくらいに出る」


「あ、俺明日の夜は本家行かないと。明日マンション帰れないから次会えるのは…明後日の退勤かな」


「…………明後日は非番だから…」


わずかな間を置いて、ゆりの声が落ちる。


「……非番だから…会えないってこと?」


「わかってるでしょ…無理だって…」


沈黙のあと、蓮は力強くゆりを抱きしめた。

胸の奥からこみ上げる焦燥が抑えられない。


「……断れないの………?」


思わず零れた声は、どこか子供のように弱々しい。


ゆりは腕の中で小さく首を振った。


「わかるでしょ…会社に居られなくなっちゃうし…蓮にも会えなくなっちゃうよ」


静かな囁きが、刃のように蓮の胸を刺した。

抱きしめる腕に、自然と力がこもった。


その言葉の重さを、蓮は痛いほど理解していた。


司の持つ権力の大きさを、ゆり以上によく知っている。

ただの役職や立場の強さではない。

本気を出せば、一瞬で誰かの人生を葬ることができる。

蓮自身、これまでその権力に便乗し、悪事を共にしてきた。

女を餌食にし、誰かを蹴落として、自分は旨い汁を吸ってきた。

後ろめたさなど、当時は一度も覚えなかった。


だが、ゆりと出会ってからは、気づけばそんなことをしなくなっていた。

司の影響力の恐ろしさも、彼の黒い部分も、どこか遠いもののように感じ始めていた。

それだけ、ゆりの存在が大きくなっていた。


けれど、あの冷酷な男がその気になれば、自分すら社会的に一瞬で捻り潰せる。

その現実を思い知らされ、背筋が冷たくなる。


それでも。


「……必ず助ける…っ何があっても、俺が絶対に守るから……」


強く抱き寄せた腕に力が籠る。

震えているのは、守りたいのに守れないかもしれない恐怖を噛み殺しているから。


震える蓮の身体。

その震えの理由を悟ったゆりは、そっと顔を上げて彼にキスをした。


「……誰と居ても、どこに居ても…私はいつも、蓮のことを想ってるよ」


柔らかな声と共に頬を撫で、優しい瞳でまっすぐに見つめてくる。

その温もりが胸に突き刺さる。


愛しい。

悔しい。

切ない。


胸が苦しい。


なのに、自分は無力で、彼女を救い出すことさえできない。

腹立たしいほどの無力感が込み上げて、どうすることもできない激しい感情が体の奥で暴れる。


ボスンッ!!


蓮の両手が、抑えきれない衝動のままゆりの肩を掴んで見下ろした。


「……蓮……?」


不意を突かれたゆりの瞳が揺れる。

だが蓮はもう止まれなかった。

何かに急かされるように、ゆりに唇を重ねる。

胸の奥で暴れている衝動に押されるように、ただ必死に彼女を引き寄せる。

その腕には、不安と焦りが入り混じった強い感情が滲んでいた。

まるで彼女の存在を自分のものだと証明するように。


「…蓮…っ待っ…いたいよ……」


弱く抗う声に、どうしようもない衝動が体を突き動かす。

勢いよく感情のままに。


もっと。

もっと焼き付けたい。


司に抱かれていても。


俺に想いを寄せて。


俺との夜を思い出して。


肩時も忘れられないくらいの記憶を。


「………………」


衝動のままに動いていた蓮は、不意にその動きを止めた。

肩で荒い息を繰り返しながら、ゆっくりと上体を起こす。

そして、ベッドボードに備え付けられた、小さな引き出しへ手を伸ばした。

カタン。

静かな音と共に、静かに引き出しが開き、蓮の指先が中の何かに触れた。



「…ちょ…え……?」


思わず漏れる、ゆりの困惑の声。

目を見開いたまま硬直する彼女の前で、蓮の迷いはない。


緊張がベッドルームに広がり、ゆりの全身に本能的な警戒が走る。


「…蓮…っちょっと待って…」


制止を訴えるも、蓮の口から返ってきたのは冷たく、熱に浮かされた言葉だった。


「嫌だね。待てない」


蓮の目は狂気的な光を帯び、口元にはぞっとするほどの笑みが浮かんでいる。


ゆりは知っていた。

蓮の中で何かが暴走を始めた時、必ずこの顔になる。

そして、こうなった蓮を止めるには──



「…………お願いよ…蓮……怖いの…………」



潤んだ瞳で見上げる。

頬は赤らみ、声は震えて掠れる。

必殺の“上目遣い”でゆりは蓮を射抜いた。


「…………っっっっ」


一瞬で打ち抜かれた蓮の胸に、熱く、痛みを伴う衝撃が走る。

瞬殺された蓮は、その場で固まった。


「………だからゆっくり…ね?…お願い…蓮…」


小首を傾げ、潤んだ瞳で見上げる。

甘いトーン、可憐な声音。

その一挙手一投足が、蓮の胸をかき乱していく。


あぁー堪らなく可愛い。


「…優しく…な……」


蓮は低く囁き、震える吐息を漏らした。

片腕をそっとゆりの背中に回し、彼女を抱き寄せる。

上体だけをゆっくりと起こさせると、その唇にちゅ…と短く優しいキスを落とした。


蓮は思わず、言葉を繰り返す。

何度も何度も「可愛い」を連呼せずにはいられなかった。

胸の奥からこみ上げる想いに支配されていく。


こんなにも可愛くねだって、俺を求めてくる。

この最高のゆりを、この目に焼き付けたい。

会えない日があるなんて、耐えられない。

こんなに可愛い俺のゆりなのに。


その日々の一部には、司の腕の中で眠るゆりがいる。

そう考えるだけで、頭が狂いそうだった。


非番の日。


司と過ごしているなんて頭がおかしくなりそうだ。

俺の心を落ち着かせる為には。

いつでも、この可愛い顔を見返せるように。

張り裂けそうな夜でも“ゆりは俺のだ”と安心できるように。


「……なにしてるの……蓮……」


ゆりの声は震えていた。

蓮が手元のスマホを強く握りしめたまま、必死に呼吸を整えているのを見て、困惑が滲む。


「……ゆり…お願い」


そのままゆりを抱きしめ、蓮は必死に感情のまま突き動かされる。


「…ゆり…俺のゆり…お願い…俺耐えられないよ…司のところに……行くなんて…」


必死に言葉を吐き出すその裏で、蓮の胸は今にも破裂しそうに痛んでいた。

抱きしめても抱きしめても足りない。

いくら強く抱きしめても、いくらか心が繋がっていても、全然足りない。

不安は消えない。

どうしても譲れない。

今こうして確かに彼女を腕の中に抱いているはずなのに、まるで砂を掴むように、指の隙間から零れてしまいそうで怖かった。

触れているはずなのに遠く感じる。

今この瞬間も、司の影が背後に付きまとい、彼女を奪っていく気がしてならなかった。


蓮は震える息を吐きながら、身体を起き上がらせ、縋るようにゆりの顔を見つめた。


その顔を見つめながら、蓮は胸を押し潰されるような切なさに支配されていた。


「……可愛い…ゆり……最高の顔だよ…」


声は熱に焼けてかすれ、必死に縋るように吐き出される。


「この顔が…いつでも…見られれば…司のとこに行く日でも…安心…できるから…お願い…ゆり…」


それは願いというよりも、悲痛な叫びに近かった。


蓮の胸の奥から溢れ出す痛みに、ゆりの胸が強く締め付けられる。

せめて一時的にでも。

ほんの誤魔化し程度にでも。

それで蓮が少しでも落ち着けるのなら。


そう考えた瞬間、ゆりは潤んだ瞳で震えるまま、小さく頷いた。


コク──


その仕草に、蓮の動きがふっと止まる。


ゆっくりとスマホの画面を見つめ、深く息を吸った。

夜景の光が反射する黒い画面に、ゆりの揺れる瞳が一瞬映っただけで胸が苦しくなる。


「……誰にも見せないって約束して…」


震える声でそう告げるゆり。

潤んだ瞳で見上げるその表情は、諦めにも似た受容が入り混じっていた。


「当たり前だろ…こんなに可愛いゆりを誰かに見せられるわけない」


独占欲と焦燥と愛情が入り乱れ、胸の奥をかき乱している。

どうしようもなく「証」が欲しかった。

蓮の指先が、画面にそっと触れた。


その静かな動作が、やけに大きく二人の胸に響いた。




──────── 。




ゆりはただ全身を震わせ、胸の奥から込み上げる感情を抱えきれず、思わず蓮に縋りつくように声を上げた。


「蓮っ…抱っこ…ちゅ…ちゅーして…蓮っ…」


必死の声。

蓮に向けて伸ばす両腕。

甘えたような言葉が、蓮の心を一気に支配した。


「……う……ゆり….っ」


震える吐息と共に、蓮は決断する。

手にするスマホを、ベッドボードに立てかけた。

角度を調整すると、すぐにゆりを抱き寄せた。


蓮の胸の奥で渦巻いていた感情は、言葉にならずにただ溢れ続ける。

彼女を抱き寄せる腕に、こらえきれない想いが滲んでいた。




──────── 。




「おーい、ゆり?大丈夫かー」


蓮の掌が、ぺしぺしと優しく頬を叩く。

眠気の奥からふわっと意識が戻り、ゆりはゆっくりと瞼を持ち上げた。


「……もう…っ蓮の…いじめっこ…」


子供みたいな声で拗ねるように呟く。

頬はまだ紅潮したままで、潤んだ瞳が甘く揺れていた。


「……お前が、可愛いのが悪いんだろ」


優しい声で笑う蓮。

その言葉に、ゆりは小さく唇を尖らせると──


「……蓮、ごめんねのちゅーして」


「ごめんね」


ちゅ。


軽く触れたはずの口づけは、どこまでも甘く、とろけるように深かった。

互いの熱が混ざり合い、ただ愛しくて仕方がない。


ベッドボードに立てかけられたスマホは、静かな光を灯したまま。

先ほどの狂気も、今の甘すぎるやり取りも、蓮の記憶に深く刻まれていった。





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