表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
狂気の魔法  作者: 波方 真季


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

17/55

第17話 反則


夏休みも終わり、ハロウィンイベントを控えた束の間の時期、パークは穏やかに落ち着きを取り戻す。


しかし今日は大混雑の特別な日。

本日から初日を迎える、新たな夜の城前ショー。

日が暮れ、光と音が城をを彩る開演を前に、パーク全体は異様なほどの熱気と高揚感に包まれていた。


メインキャッスルエリア正面。

お城を真正面に臨むレストランの入口は、人波で埋め尽くされていた。

観覧場所を一刻も早く確保しようとする来園者が、通路に立ち止まり、押し寄せ、レストランの動線は今にも塞がれそうだ。


「申し訳ございません、こちらはレストランご利用のお客様専用通路です、観覧エリアはあちらでご案内しておりますので…」


「すみませーん!こちら立ち止まらずにお進みくださーい!」


冷静に、しかし通る声で次々と注意を促す。

汗ばむほどの人波の中、ゆりは来園者に体を向け、手を広げて動線を示しながら、絶え間なく声をかけ続けていた。

小柄な身体が、押し寄せる熱気と人の勢いに飲み込まれそうになりながらも、その瞳は真剣に前を見据えていた。


ふと目をやった先は、ショーを待つ熱気に包まれたテラス席。

その一角で、植え込み花壇に立ちあがりカメラを構える来園者の姿が飛び込んできた。

ライトアップされたお城へ向けてレンズは高々と空へ。


「すみません!危険ですのでお降りいただけますか?それと、こちらのテラス席はレストランご利用のお客様専用で──」


駆け寄ったゆりの声に、来園者が振り返った。


「What!?」


目を丸くするより先に、強い声音が返ってくる。

英語圏のお客様だ。

しかも声も態度も強い。


「あー…アーユー…スピークイングリッシュ?」


自分でも噛むほど拙い言葉が口から飛び出す。


「What are you talking about!?」


畳みかけるように鋭い声。

ショー開演直前のざわめきに重なり、ゆりの心臓がドクンと跳ねた。

緊迫した空気の中、頭の中が真っ白になる。


「えっと……プリーズ……あー…ディス……ノー……ノースタンディング……!」


必死に伝えようと口を動かすが、外国人客の勢いに圧倒されて、つい単語がつっかえる。

指で「降りて」という仕草を交えながら必死に訴えるも、外国人客の表情は険しさを増していく。


その時だった。

背後から低く落ち着いた声が響く。


「Excuse me, sir.」


振り返ると、人混みをかき分けて現れたのは司だった。

すっとゆりの横に立つと、わずかに姿勢を正し、穏やかでよく通る声で流暢な英語を口にする。


「This area is for restaurant customers only, and standing on the flowerbed is dangerous.

Let me guide you to a better spot for viewing the show.」


その堂々とした立ち居振る舞いに、険しかった外国人客の表情がふっと和らぐ。


「Oh… okay, thank you.」


納得したように笑顔を浮かべ、花壇を降りると、素直に司の案内に従った。

司はすぐ近くの観覧エリア担当スタッフを手招きする。


「このお客様を、正面ブロックまでご案内して」


「かしこまりました!」


担当スタッフがすぐに引き継ぎ、外国人観光客をエリアへと誘導していく。

その後ろ姿を見送ると、司は迷いなく踵を返し、再びゆりの元へと歩み寄った。


「すみません…桐生統括…私がちゃんと出来ずに、ご迷惑を……」


プロ意識の強いゆりは視線を落とし、悔しさを隠しきれない顔をした。

叱責を恐れているのではなく、自分の未熟さを恥じている。


その瞬間。


~~~♪!!

バーンッ!パンパーン!!


大音量のファンファーレと共に、闇夜を裂くように花火が打ち上がった。

一気に場内の空気が華やぎ、城に映し出されるプロジェクションマッピングに、スタッフたちが歓声を上げる。


「……!」


ゆりは思わずハッと顔を上げると、先ほどまでの沈んだ表情は跡形もなく消え失せていた。

急いでレストラン入り口前へ駆け戻りながらも、目はお城に釘付けになる。


「うわぁ……やばー……」


子どものように声を漏らすゆり。

光の映像で色とりどりに輝くお城を見上げるその横顔は、さっきまでの萎れた花のような姿ではなく、憧れに心を奪われたひとりの夢見る少女そのものだった。


司は横目でその表情を捉え、思わず息を呑んだ。


(夢中になって……完全に職務放棄だな)


そう心の中で皮肉を浮かべながらも、その視線はやさしく、どこか切なげに滲んでいた。


「来て」


不意に伸ばされた司の大きな手が、ゆりの手を絡め取る。

戸惑う間もなく引かれ、ゆりは慌てて声を上げた。


「え、ちょっ…桐生さん!?」


しかし司は振り返りもせず、レストラン責任者へ短く告げる。


「すみません、早瀬さんを別のエリア対応でお借りしてもいいですか」


「あ、承知しました!」


即座に返る了承の声。

ゆりはますます混乱した。

抵抗も空しく、司に導かれるまま人混みを抜ける。


「えーと確か…あぁ、ここだ」


夜空に映える城の光景を背に、二人はお土産ショップの扉をくぐった。

照明と喧騒に満ちたフロアを素早く横切り、関係者専用のバックヤードへと入ると、司は迷いなく階段を上り、二階の一角にある扉の前で足を止めた。

ポケットからカードキーを取り出し、電子ロックに翳す。


ピーッ──。


短い電子音と共に、扉が解錠される。


「ここ、なんですか…」


不安と緊張を隠せず問いかけるゆり。

司はちらりと横目で彼女を見やり、静かに答えた。


「倉庫です。商品の在庫を管理している部屋。」


司は倉庫の中央に備え付けられた大きな窓へ歩み寄り、厚手のカーテンを両腕で掴んで勢いよく引いた。

ザァッ──と布が揺れ、同時に窓を押し開けると、夜風と共に一気に光と音が流れ込む。


「~~~♪♪~~!!」


空気を震わせるような音楽と、目を焼くほどの眩しい光。

視界の先に広がったのは、一切の遮るものなく見渡せるお城の全景だった。


(…確かこの次だな…良かった間に合って)


心の奥で小さく安堵しながら、司は窓辺から一歩退いてゆりに場所を譲った。


「……わぁー……」


思わず漏れた声は、まるで子どものように純粋で無垢だった。

映像が切り替わり、城壁に鮮やかな模様が描き出される。

次の瞬間、光の中から一人のプリンセスの姿が現れる。


「……わぁーっ……セレナリアー……!」


ゆりは目を輝かせながら景色に釘付けになる。

両手を顔の前でぎゅっと組み、ため息のような吐息を漏らす。


司はこのショーの内容に何度も監修で立ち会い、台本の隅々まで熟知している。

だからこそ、あと数秒で場面が切り替わり、ゆりの大好きな「プリンセス登場」の瞬間が訪れると分かっていた。


ゆりの頬を伝って透明な雫がつぅっと流れ落ちた。


ショーの光に照らされたゆりの横顔は、まるで舞台の一部のように鮮やかだった。

大きな瞳はお城の映像に釘付けで、瞬きすら忘れたかのよう。

頬を伝う雫が光を反射して煌めき、彼女自身がまるでプリンセスに憧れる少女のように映っていた。


新しいキャラクターレストランの企画を告げた時に、堪えきれず涙を溢したあの時も、今日と同じように、プリンセスに心を揺さぶられていた。

職務の時には凛と毅然とした表情を崩さない。

夜の時は全てを支配するかの如く強く。

それなのに、プリンセスが姿を現すと、年相応どころか子供のように純真な顔になる。


そのギャップが堪らなく愛おしい。


司は隣で、只々愛しそうに、暖かい眼差しで見守る。

光と音に包まれ、無邪気に涙を流すゆりの横顔は、彼にとって何よりも美しい光景だった。


そして映像はクライマックスへ。

夜空を焦がすように鮮やかな花火が次々と打ち上がり、照らし出されたお城の中央に、パークの象徴であるメインキャラクター、ノアとリラの姿が浮かび上がる。


観客たちの歓声がひときわ大きく弾けた。


会場の熱気は最高潮に達し、やがて音楽が静かに収束していく。


司はその終わりを知っていた。

胸に込み上げる余韻を抑えながら、そっと窓枠に腕をかけて体を預け、隣のゆりの横顔を覗き込む。

花火の光に照らされた頬は、まだ濡れていた。

涙の粒が消えきらずに、煌めく光を反射して宝石のように輝いている。


「……これでも、まだ権力は嫌いですか?」


小さく問いかける司の声は、花火の余韻に紛れてしまうほど静かだった。

ゆりは目を伏せて、息を震わせる。


「……これは反則ですよ、桐生さん」


ほんの少し拗ねたような声色でそう告げると、彼女は涙で濡れた瞳をお城へ向けたまま笑った。

司の口から零れたのは、心の奥に沈めていた想い。


「……キスしてもいいですか?」


「ずるいですね、本当に」


呟きながらも、ゆりは自ら一歩、司との距離を詰める。

そして、花火の残り香と甘い夜風に包まれる中で、ゆりは彼の唇にそっと自分の唇を重ねた。


それは、まるでフィナーレの余韻を飾るような、静かで熱い口づけだった。


柔らかく触れ合ったはずの口づけは、一瞬で熱を帯びる。

押し殺した感情が解き放たれたかのように、互いの唇は深く重なり合い、強く絡み合った。


(……業務中はお控え下さいね)


以前、ゆりが照れ隠しに笑いながら口にした言葉が司の脳裏をよぎる。

その記憶が逆に背徳感を一層濃くして、司の胸を強く締め付けた。

彼女を抱き寄せる腕に自然と力がこもる。

ゆりもまた、司のスーツの襟を掴むようにして引き寄せ、息を奪うほどに激しくキスを続けた。


窓の外では余韻の花火が散っていた。

だがこの瞬間の二人の世界にはもう光も音も存在せず、ただ互いの熱と背徳の甘美だけが支配していた。






そんな幸せなひと時も束の間、数日後──




《ねー司?この前の件どーなってる? 種付け順調?》


唐突に鳴り響いた着信。

応接室の机に置かれたスマホが震え、司は眉間に皺を寄せながら受話器を耳に当てた。


自宅のラウンジチェアに寝転がり、ワイングラスを弄びながら電話しているのは紗羅だった。

普段は滅多に関わりを持たないが、こうして突然連絡してくる時は決まって一方的で、自分勝手な用件ばかりだ。


「下品な女だな。悪いがその件については取り合うつもりは無い」


淡々と突き放す司の声。

応接室に差し込む午後の光は静かで、彼の吐く冷たい言葉とは対照的に、張り詰めた空気が室内を支配した。


《………はぁ?》


電話口の向こうから返ってきたのは、氷のように冷ややかな声。

怒りを孕んだ響きに、紗羅の苛立ちが滲んでいる。


《あんたこの状況わかってんの?検査の結果はお互い問題無かったわけ。それがどんだけマズイ事か理解出来てる?》


「マズイのはお前だけだろ。俺には関係な──」


《なに、もしかしてもう別れちゃった?》


否定の言葉を最後まで言わせまいと、紗羅は食い気味に遮る。

その強引さに、彼女の自己中心的な性格が滲み出ていた。


だが司が口に出したのは、ただ一つの確かな思いだった。


「彼女にそんな事はさせられない。それだけだ」


ゆりは、司にとって己を奴隷として支配してくれる尊い存在。

桐生家の都合に利用するなど、考えるだけで吐き気がする。


《………へぇー……まさか、今回珍しく本気?》


電話越しの声に含まれる嘲笑。

司は言葉を失い、唇を強く結んだ。


《嘘でしょ? あんなションベン臭い子》


妖しい光を宿すように、紗羅の声音が低く艶めく。

彼女の口元が、電話の向こうで嗤っているのが目に浮かぶようだった。


《……だったらこうしたらどう? あの子に子供を産ませたら、乳母として桐生家に入って貰う》


「………!」


想像も出来なかった突然の提案に、司の心臓が大きく跳ねた。


《そうすれば、結婚は出来なくてもずーっと一緒よ? あの子も産んだ子供を手放さなくてもいい》


まさかそんな方法があるなんて、考えもしなかった。

ゆりとずっと一緒に居られる未来を想像して、紗羅の言葉に司は少し心が揺れた。




《母親は私だけどね》




悪意に満ちた紗羅の声。

嘲るように付け加えられた一言。


例えゆりが産んだ子供を二人で夫婦のように育てても。

体裁上は紗羅の子供。

ゆりは我が子に母と認識される事は無く。

紗羅にあれこれこき使われながら、あくまで乳母として我が子の成長を見守り続けながら永遠に影に追いやられるだろう。


そんな残酷な事があるだろうか。


「………お前だけは彼女に近づかせない。一切関わるな、絶対に」


応接室に響く司の声は、抑えきれぬ怒りと憎しみに震えていた。

スマホを握る手に血が滲むほど力が籠り、その姿は紗羅の悪意を打ち砕こうとする決意そのものだった。


《悪い話じゃないと思うけどなぁ》


電話越しに紗羅の含み笑いが広がる。

怒りに震える司の声を嘲笑うかのように、紗羅はわざと軽く言い放つ。


《もしもあの子に本気なら、真剣に交渉してみてよ。そうすれば“ずっと手元に置ける”んだから》


甘い罠のように差し出された提案。

だがその裏には、ゆりを桐生家に縛り付ける残酷な意図が透けて見える。


「……そんな話はしない」


司の声は低く、怒りを押し殺した響きを持っていた。

だが、その揺るぎない拒絶も紗羅には戯れにしか聞こえない。


《あの子も、司と一緒に居たければ、条件を飲むはずよ》


鋭く突き刺さるその一言に、司の拳が机の上で震えた。


「……っ」


言葉を失う沈黙。

その反応すら、紗羅にとっては格好の玩具だった。


《よろしくね、跡取りくん》


通話の向こうで、妖艶に嗤う気配がした。

司はスマホを強く握りしめたまま、胸の奥を焦がす憎悪を必死に押し殺した。


そして紗羅はいつものように、自分勝手に電話を切った。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ