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双子のレオが復讐を成し遂げるまで  作者: バラモンジン


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3. 復讐の始まり

 翌日。


 いつもなら朝のうちにラウルが来るのだが、この日は午後になってやっと違う魔術師がやって来た。

 ドアの外ではなく女性の部屋にいきなり転移で現れるあたり、聖女を一人の人間として尊重していない証拠だ。

 

「ラウル様が突然体調を崩されたので、代わりに魔力玉を取りに来た」


「ラウル様は、どうかされたのですか」


「それが、長官と話をしている時に突然苦しみだしたのだ。五分ほどで収まったので特に治療はしていない。原因が分からないから、とりあえず安静にしてもらっている」


「そうですか。こちらが充填した魔力玉、十個です」


「うむ、ごくろう。では貰ってゆく」


 魔術師は特に検品することもなく持ち帰った。

 ベッドに横たわった聖女の様子など気にも留めない。念のため隷属の首輪を形ばかり巻き付けていたが、視線を寄越すことさえしなかった。



 レオの魔力が混じった魔力玉に疑いを持たれなかったので、次はもう少し割合を増やしてみた。ラウルが体調不良を治すために上級ポーションを飲んでくれることを願いながら、レオはゆっくりと魔力を込めた。

 一方、聖女は玉に込める魔力が減ったのと、隷属の首輪が外れたことで精神的に安定したせいか、痩せこけていた頬も、いくぶん丸みを取り戻したように見えた。



 次の五日後にはラウルがやってきた。目の下にクマができ、無精ひげもある。全体的に薄汚く、身なりに気を使う余裕もないのだろうと、レオは心の内でほくそ笑んだ。


 ラウルは、レオを睨んで言った。


「貴様、何をした」


「何を、とは?」


「魔法契約をいじっただろう」


「どうしてそう思うのですか?」


「聖女について言及する度、激痛が走る。こんなことは今までなかった。おまけに、お前と交わした契約の内容が確認できない。言え!何をした」


「さあ、俺は忠実に職務を全うしているだけです。聖女様の秘密は漏らしていませんし、誘拐や脱走騒ぎも起こしていません。非難される謂れはありません」


「これでは俺が仕事にならん」


「聖女様の魔力入りポーションで治せば良いのではありませんか」


「飲んださ!だが、飲めるようになる頃には痛みが去っている。聖女のことさえ口にしなければ何ともないのだ。お前が契約を改竄したとしか思えん」


「聖女様の話をしなければ良いのではありませんか」


「そうはいくか!」


 ダンッ、と近くのテーブルを叩いた。


「宰相や長官から聖女の話を持ち出されて、答えないわけにはいかないだろう。このままでは、俺は左遷される」


「俺は困りませんが」


「何だと!」


「何か悪い病気にでもかかったのではありませんか。魔力玉十個、ここにあります。どうぞお持ち帰りください。これを取りにきたのでしょう?」


 ラウルはひったくるように魔術玉の箱を受け取った。そして、横たわる聖女の髪の間から見える隷属の首輪を一瞥した後、何も言わず転移で消えていった。


 レオは振り返って聖女に声をかけた。


「聖女様、大丈夫ですか」


「はい、首輪のことを気付かれるのではと不安でしたが、こちらに近づくこともありませんでしたので」


 気丈に言うが、その口元はまだ震えていた。


「そろそろ、俺の魔力入りのポーションを飲んだやつらに、拒絶反応が出る頃です。どんな騒ぎになるか楽しみですね」




 その日の16時、交替勤務に現れた先輩騎士から、その情報はもたらされた。


「王宮が大変なことになっている。レオ、お前がやったのか?」


「どうなりました?」


「王族をはじめ、お偉いさんたちが絶不調だ。ポーションを飲んでも効くのは短時間。吐き気やら、頭痛やら、寝込む者が後を絶たない」


「政務がストップするほどに?」


「いや、それが皮肉なことに、若手の仕事のできる連中が、老害たちに邪魔されない分、捗るらしいぞ。とは言え最終的な承認は上の仕事だから、そこで滞ってしまうな。これがずっと続くのか一時的なものなのか、誰にも判断がつかないから、現場はてんやわんやだ」


「まあ、いいんじゃないですか。俺たちなんて休日もないんですから、みんなも勤勉に働けばいいんですよ」


「それより、例の件はどうした」


 先輩騎士は声を潜めた。彼には話しても余所で喋ることはないから、レオは一通り説明することにした。


「聖女様の首輪は外しました」


「は?お前、そんなことが」


「できるんですよ。それから、ラウルと俺の契約を書き換えました。名前を入れ替えたんです」


「そんなことをしたら、ラウルはすぐに死ぬじゃないか。死んでも構わんが」


「そんな楽に死なせませんよ。死なないけど、毎回死ぬほどの激痛を受けるようにしました」


「はは、そんなことが、できるんだな」


 先輩騎士は、呆れたように笑った。


「だから、一人でもやると言ったのか。俺はお前が玉砕するもんだと諦めてたよ。見くびって悪かった。なあ、レオの言う復讐がすんだら、俺とラウルの契約も解除してくれないか」


「いいですよ。片がついたら解除するので、あいつらの悪行を世間に広めてください」


「まかせとけ」


 先輩騎士は力強く請け合った。




 レオは先輩騎士と交替した後、神官様の元に向かった。

 これまでにも何度か訪ねて聖女の置かれた現状をすべて話した上で、聖女の行く先について相談をしていた。


「急いではいかんぞ、レオ。聖女様はこちらに来て数年たつが、ずっと塔に閉じ込められていたのなら、世間のことを何も知らぬ。いきなり他国や街中に連れて行っても、日常生活もままならないはずだ。まずは教会に連れてくるが良い。ここで暮らしていく中で、この世界のあれこれを教えよう。なに、ワシとていざとなれば聖女様くらい守れると思うぞ」


「だよね。俺、養成学校で鍛えられて分かったけど、神官様ってスキがないよね。昔は騎士だったの?」


「はっはっは、まあ、似たようなこともやったかもしれんな」


 とりあえず、聖女は塔から出たら、しばらく神官様のところで世話になることに決まった。



 

 さらに一週間が過ぎた。


 レオはシフト変更で、午前0時から8時の勤務になっていた。


 仕事を終えて寝付いた頃、寮の部屋のドアが激しく叩かれ、起こされた。

 レオが不機嫌も露わにドアを開けると、先輩騎士が、強張った表情で告げた。


「宰相が呼んでいる。謁見の間だ、すぐに行け」


 レオは慌てて支度をした。


「転移の許可は出ている。いちばん広い謁見の間だ。扉のすぐ前まで飛べ」


「行ってきます」


 レオはすぐに先輩騎士の前から消えた。



 謁見の間の前に現れると、扉を守っていた騎士が槍の柄で床を軽く撞いた。

 内側から扉が開き、中の騎士がレオを招き入れた。



 広い室内には、顔色の悪い男たち女たちが、上等な衣装に身を包んでひしめいていた。

 異様な感じがするのは、多くの者たちが真っ直ぐに立っているのも辛そうに、小さく揺らいでいるからだ。目にうるさく感じる。


 こいつらか。


 レオは促されるままに、玉座の前まで進み出て、跪いた。


「面を上げよ」


 レオは、豪勢な椅子に座る男を見上げた。


 少し前までは色艶もよく厳然とした姿で臣下たちを見下ろしていたのであろう。だが今は、頬はだらしなく弛み、王冠の下のまだらな髪は藁のような色をしていた。

 聖女の魔力が減った分、レオの魔力が身体を巡り、明らかに不調をきたしていた。


 しかし、何を言われるのだろう。レオがこの事態を引き起こしたとラウルから聞いたのか?レオは王の言葉を待った。


「魔術師ラウルは昨日から使い物にならない状況ゆえ、聖女の護衛騎士であるその方に訊ねたい。最近、聖女の魔力入りポーションの効き目が、著しく落ちてきたように思う。レオよ、お前が護衛となってからだ。これについて心当たりはあるか」


「畏れながら、聖女様は召喚されて以来、毎日欠かさず魔力を提供し続けています。最初こそ膨大な魔力を有していたようですが、体内で生成される魔力量より搾り取られる量の方が多ければ、魔力が欠乏するのは必然。聖女様はやつれ果て、これまでのように質、量ともに満足いただける魔力は提供できないものと思われます」


「ときに、今日は午前8時までの勤務だったと聞く。聖女の様子はどうであった」


「お変わりなく」


「食事は」


「半分ほど」


 そこまで話した時、王の後方に控えていた男が荒々しい足音を立て進み出た。宰相だ。


「おかしいではないか!なぜお前は、無事なのだ。なぜ死なない」


「私はまだ十代で健康です。不慮の事故か殺されでもしない限り、普通は死にません。それとも私が死なねばならない理由があるのですか」


 ぐぬ、と宰相は言葉を詰まらせた。


「宰相、なぜ、この者が生きていることに疑問を持つのだ。説明せよ」


 宰相はためらっていたが、沈黙では王の追求を免れることはできないと観念して、話し始めた。


「聖女は、我が国にとってかけがえのない存在です。攫われたり、傷つけられたり、むやみやたらと治癒を施すことを強要されてはなりません。ですから、聖女の動向、居場所、生活のパターンなどを不特定多数の人間に知られるのは避けたいのです。万一護衛騎士から聖女の情報が漏れるようなことがことがあっては困るので、聖女については、護衛騎士同士とラウル以外には話さないという契約を結びました」


「間違いないか、レオよ」


「はい、違反すれば命をもってあがなう魔法契約を結びました。しかも、死ぬまで有効です」


 周りで息を呑む気配があった。そこまでするか、という声も聞こえた。


「ではなぜ、レオは死なぬのだ」


 王が問う。


「その前に、宰相の先ほどの言葉に異議があります。聖女はかけがえのない存在だなど、あの扱いでよくそれが言えますね。塔の狭い一室で自由もなく、毎日魔力を限界を超えるまで搾り取られ、痩せ衰えて起き上がるのもつらそうです。おまけに違法であるはずの隷属の首輪まで嵌められている。これがかけがえのない存在に対する待遇でしょうか」


 『隷属の首輪』という言葉に衝撃が走った。


 まさかそんな、聖女様がそんな目に、あんまりではないのか、おいたわしい、などと口々に言う。


 その人々に、レオは言った。


「そうやって搾取された聖女様の魔力は、滋養強壮のポーションに混ぜられ、ここにおられるような高位貴族の方々によって惜しげもなく消費されています。重篤な病気や怪我に対してではありません。美容と健康のためにです。このことを、どうお考えになりますか」


 人々は目を逸らした。


「話を戻す。レオよ、なぜお前は死なぬ」


 再び王が問うた。


「あまりに理不尽なので、魔法契約をいじって死なないように書き換えました」


 そんなことができるのか? あの若造に? ラウルと言えば魔法庁随一の実力者ではないか。ざわめきが止まらない。


「ラウルが激痛に苦しむのもそのせいか?」


「はい、いくら私が聖女様の秘密を守っても、ラウル様がベラベラと喋っては台無しでしょう。死ぬのはあんまりなので、痛みを感じるだけにしました」


「それではラウルが仕事にならぬではないか!」


 宰相が激昂した。


「これまで何人もの聖女を家畜のように使い潰してきましたよね。そんな仕事なら、しない方がましだと思いました。治癒の力は選ばれた人間にしか使われていません。民には、それを聖女のわがままのように広めています。聖女は王宮で贅を尽くした暮らしを楽しみ、民を顧みないという噂がまかり通っています。これを私たち護衛騎士に訂正されると都合が悪いんですよね。契約は、聖女を守るためなんかじゃない、搾取して一部の者だけが享受している事実を隠すためです。違いますか」


「それのどこが悪いのだ。我が国の民ではない者を、保護する義務はない」


 宰相が言う。本気か?


「まあ、良いですよ。いずれその報いは受けますから」


 ガタン、と音がして、ひとりの貴族夫人が膝をついた。青白い顔に汗がにじんでいる。

 

 素早く騎士が動き、彼女を部屋のすみにあった椅子に座らせた。即座に渡されたポーションを口にした途端、夫人は血を吐いて椅子から崩れ落ちた。


 毒か? いや、いつものポーションに見えたぞ。聖女の魔力が効かないのか?


 不安が伝播し、あちこちで蹲る者が現れた。最初から身体を揺らしていた者は、もう立っている気力もないかのように、次々としゃがんだり、床に尻をついたりした。


「なんだ、何が起こっている?おい、レオ、これはどうしたことだ」


 宰相がレオに食ってかかった。


「さあ、聖女の魔力も、取り過ぎれば害になるのではありませんか?元々他人の魔力です、拒絶反応が出てもおかしくありません」


「そんなわけがあるか!これまで何もなかったのに、こんな急に、しかも一斉に症状が、出るな、ど・・・」


 威勢の良かった宰相が、突然言葉を途切れさせ、口元を抑えた。


「まだこの状況で続けますか。だいぶ具合が悪そうですけれど」


 レオの言葉に王も納得したのか、皆に帰るよう促した。宰相は、立っているのがやっとの様子で、皆に指示を出すこともままならないようだった。


 王が去り、人々は支え合ったり、騎士に抱えられたりして謁見の間を辞した。


 そんな中、背筋を真っすぐに伸ばし、貴族然とした立ち姿の夫人がいた。レオがじっと見つめていると、夫人は視線を感じたのかレオの方を見た。


 レオと夫人の視線が交差した。


 夫人は何の感情も見せず、すいと顔を戻すと、そのまま出ていった。


 レオは気付いた。あれが自分たちの母親だと。


 ただ一人、レオの魔力混じりのポーションを飲んでいなかったとも考えられるが、レオの直感が否定している。


『俺の魔力に拒絶反応を示さないのは、俺と血縁関係にあるからだ。だいいち、横顔がミアにそっくりじゃないか』


 レオは夫人の顔に、愛しい妹ミアの面影を見い出して、懐かしさと慕わしさ、憎さと嫌悪がないまぜになって胸がきしんだ。


 この国では、特に貴族の間では双子は忌み嫌われる。多胎は獣に近いという考えから、貴族で双子を出産するのは恥とされた。だから捨てたのだ。名前も付けずに。


 ちくしょう!レオは悔しくてたまらなかった。せめてミアだけでも貴族として残してくれていたら、聖女の治癒を受けられたかもしれないのに。それさえしなかったのは、後日片割れが見つかったらまずいことになると考えたのだろう。どこまでも自分本位な女だ。


 あの夫人にだけは、レオの魔力による復讐が効かない。だが、このまま終わらせるものか。



 ふいに、『急いではいかんぞ』という神官様の言葉が思い出された。


 レオは自分の母親への復讐の機会を、ゆっくりと待つことにした。


読んでいただき、ありがとうございました。



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