1. レオは復讐を決意する
レオとミアは双子の兄妹だった。
この国では双子は縁起が悪いものとされていたので、二人は生まれてすぐに教会の前に捨てられた。名前も付けられずに捨てられたので、神官様が名付けてくれた。
その教会では双子の迷信など信じる者はおらず、レオとミアは他の孤児らと同じように育てられた。
二人は生まれつき魔力が多かった。
魔力が多いのは喜ばしいことだが、その身の器に納まりきらないほどの魔力は体を害する。ミアがまさにそれで、魔力が器に納まりきらず、幼いうちに器に綻びが生じた。魔力は生きるために必要なエネルギーのひとつだ。体内で生成される魔力より、漏れ出す魔力の方が多くなれば、日に日に魔力が減っていく。ミアは次第にやせ衰えていった。
「ミアを助ける方法はないの?」
レオはミアの力のない手を握りながら、神官様に聞いた。
「残念だが、この症状は普通の医者には治すことができない。王宮にいる異世界から来た聖女様なら、あるいは癒しの力で治せるかもしれん。だが聖女様は、王侯貴族しか相手にしないと聞く」
「おれ、頼んでくる」
神官様が止めるのも聞かず、レオは王宮まで走った。門番に取りすがって、聖女様に会いたいと訴えた。
しかし、見るからに貧しそうな子どもの願いなど、城の門番が聞くわけがなかった。槍の柄で殴られて、レオは足を引きずりながら教会に戻って来た。
それから一週間後に、ミアは息を引き取った。魔力がすべて体から漏れて、枯れ木のように干涸びて死んでいった。
レオは聖女に復讐することを誓った。
王侯貴族しか治療しないってなんだよ。召喚された聖女ってやつは、膨大な魔力と治癒能力があるのに、なんでそれをもっとたくさんの人に使わないんだ。王宮の贅沢な部屋で、豪華なドレスを着て、キレイな宝石をたくさん貢がれて、毎日遊び暮らしているってなんだよ!
許さない。
もっと魔力を増やして、強い魔法騎士になって、俺は、聖女の護衛騎士になる。そうして聖女の魔力の器を壊してやるんだ。聖女の体から魔力が流れ出して、ミアみたいに干涸びて死ぬのを最後まで見届けてやる。
レオが7歳の時のことであった。
魔力は、使えば使うほど器が大きくなって、たくさんの魔力を内包できるようになる。レオは早いうちから魔力を使うことを覚えた。身の内に宿した膨大な魔力が苦しくて神官様に訴えると、魔力を外に逃す方法をいくつか教えてくれた。その中ですぐに役立ちそうなのが、魔力を身体能力を上げるのに使うことだった。
レオは毎日力仕事を請け負って、魔力を限界まで使うことを繰り返した。もともと魔力が多かったので、10歳になる頃には、魔法騎士養成学校に入れるほどの魔力を有した。通常15歳から入るのだが、あまりに魔力が多いので、特例として入学が認められた。将来有望だということで、学費も寮での生活費もすべて無料で受け入れられた。
レオが養成学校に入学するために教会を出る日、名付け親の神官様がレオに言った。
「いいかい、レオ、今お前が思っていることが真実とは限らない。人から聞いたことではなく、自分の目で見たものを信じなさい。レオに優し過ぎる人を疑いなさい。残念ながら、世間は孤児に優しくない。優しい人は、何かしらその見返りを求めてくるものだ。レオの力は全てさらけ出さずに隠しなさい。半分隠しても、レオは誰よりも強くなるだろう。理不尽な魔法契約を求められても、レオの力の方が強ければ、それをあとから無効にできることを覚えておきなさい」
神官様は、最後にレオの頭を撫でた。小さい頃よくやってくれたように撫でながら、
「立派な魔法騎士になることを祈っているよ、レオ」
と言った。
レオは養成学校で、神官様の言葉が正しかったことを知った。
孤児は嫌われる。おまけに並外れた魔力を持っていることでレオは妬まれた。優しい言葉をもらったと思ったら、面倒な仕事を代わってくれと言う。レオは、いいよと、あっさり引き受けた。何をするにも魔力を使えば良いので、魔力を増やしたいレオには歓迎すべきことだった。
周りはそんなレオを便利屋扱いしたが、レオは気にしなかった。早く一人前の魔法騎士になりたい一心だった。
養成学校での訓練は、大きく分けて二つの系統からなる。
一つは、魔力の多さをそのまま生かして、最大火力でぶっ放す魔法攻撃。もう一つは、針の穴を通すような精密で繊細な攻撃だ。
レオは、神官様の言葉を信じて、決して100%の力を見せなかった。半分だけでも十分に養成学校の教師たちを驚かせた。開校以来の魔力保持者だと。魔力量だけなら、もう少しで魔術師塔のエリートに匹敵するほどだと言われた。
すると、レオが孤児だからと便利屋扱いしていた同級生たちの態度が変わってきた。このままレオが出世すれば、自分たちの立場がヤバいと思ったのと、単純にその力と努力への尊敬もあった。次第に親しく声をかけてくれる者も現れた。
ある時、聞かれた。
「なあ、レオはなんでそんなに熱心に訓練するんだ?」
「目標があるんだ」
「聞いていいか?」
「俺、聖女様の護衛騎士になりたいんだ」
「あ~、なるほど。聖女様、キレイだって聞くもんな。俺たち庶民には、顔も拝めない尊い存在らしいけどさ。召喚されたばかりの頃、王宮前の広場でお披露目された姿を見たっていう先輩がいたな」
「え、どんなだったって?」
前のめりにレオが聞いた。
「ははっ、お前でもそんな風に興味を持つことがあるんだな。そうか、レオは聖女様に憧れて護衛騎士を目指してるのか。すげぇ頑張ってるもんな。応援するよ」
「うん。それで、聖女様はどんなだったって?」
「まだ召喚されたばっかりで、この世界のことが分かってないから戸惑ってたみたいだったって。だけど、真っ白なローブを着て、銀色でサラサラの髪が風になびいて、神秘的だったってさ」
「そうか。異世界から召喚されたんだっけな。そこは、聖女がたくさんいる国なのかな」
「どうだろう、見た目の清楚さと全然違って、権力と贅沢が好きらしいけどな。とは言え、どこまで本当か分かんねぇよな。お偉いさんが手放したくないばかりに、そんな噂をばらまいてるのかもしれねぇし」
「そうだな」
レオは、別れ際の神官様の言葉を思い出していた。
『自分の目で見たものを信じなさい』
レオは、聖女に実際に会ってから、その為人を判断しようと思った。だって、聖女は召喚されてやって来た。本当にここに来たかったんだろうか。勝手に招かれたとしたら、真摯に聖女なんてやってられないかもしれない。怒って傲慢に振る舞うのも、仕方ないかもしれない。
レオはひたすら鍛錬を重ねた。
養成学校での三年間が終わろうとしていた。
レオは、本当の力を半分隠したままで、最優秀成績者として卒業した。そして、最年少魔法騎士となった。
最初の配属先は、王宮の中でも一番奥の、国王一家が日常を過ごすプライベートな宮殿の警備だった。
他国からの間諜や、暗殺者、王位を狙う他の王族からの刺客。王子たちの誘拐を試みる者。あらゆる不審者が密かに送り込まれてくる場所だ。
レオはまだ13歳で見た目も幼いので、敵に侮られやすい。それこそが、レオがここに配属された理由だった。レオは次々と不審者を捕らえ、あるいは倒し、国王一家の命を救った。
やがて、国王の近辺には凄腕の子どもがいると有名になってしまい、レオに対決を挑むがために忍び込む者も現れた。これでは本末転倒だと、14歳のレオはそこの警備から外された。
「よくやっててくれたのに悪いな」
直属の上司に労われた。
「いえ、とくに望んだ配属先でもなかったんで」
「ははは、国王の近くの警備など名誉なことなのに、変わってるな、お前」
上司はその後、少し言いづらそうにして、
「次の配属先については、魔法庁の長官から話がある。断ることはできないと思え」
と、固い声で言った。
レオが呼ばれた長官室を訪れると、遠くからしか見たことのない宰相と、魔法庁の長官、副長官、そして魔法庁随一の実力者と言われる魔術師ラウルがいた。
長官が、ものものしい雰囲気をなだめるように、ゆったりとした口調で話し始めた。
「楽にしていいよ、レオ。実は君の魔法騎士としての腕前を見込んで、頼みたい仕事がある。君はかねてより聖女様の護衛騎士を希望していると聞いたが、相違ないかね?」
「はい、そのために魔法騎士を目指しました」
「これは、うってつけの人物がいたものだ。では、引き受けてくれるね」
「はい」
レオが諾の返事をすると、宰相がレオの前に進み出た。
「最初に言っておく。聖女様の護衛騎士となるに当たり、守ってもらいたいことがある。
聖女様の私生活をむやみに人に話さないこと。聖女様が、日々、具体的にどんな活動をしているのか、だれに治癒を施しているのか、謝礼はいかほどか、そういうこと一切を他言してもらっては困る。聖女様の生活を脅かすことになるし、金さえ払えばなんとでもなると思う輩が現れないとも限らない。
また、日常生活のパターンを知られれば、誘拐の危険が増す。聖女様を守るために、聖女様の生活は徹底して秘密を守ってもらいたい。そして、これについては、魔法契約を結ぶことになる。違反すれば命はない。それでも構わないか」
「構いません」
レオは即答した。そして、魔法庁の魔術師ラウルの名の下に、聖女に関する守秘義務の契約を交すことになった。レオが署名すると、契約書は形を変え、細い鎖となってレオの身体にグルグルと巻きついた。一瞬、腕の自由が利かなくなったが、すぐに動くようになり、鎖も見えなくなった。
「これは君が契約に背かない限り、君になんの害も及ぼさない。一つでも違反すれば、見えない鎖が君の体を締めあげるだろう。もちろん首もだ。そしてこの契約は、君が死ぬまで有効だ。たとえ術者のラウルが先に死んでも、契約は解除されない。君に対する終身契約だ。分かったね?」
「承知しました」
こうしてレオは、正式に聖女の護衛騎士となった。
勤務は明日から。聖女がどんな人間か見極めて、復讐はそれからだ。
魔法騎士養成学校では、人体の仕組みについて詳しく学んだ。対人攻撃をする場合、いかに効率的に相手を屠るか、そのスピードが自分の命を守ることにもつながる。急所はいくつかある。聖女もそこを攻撃すれば一撃で死ぬ。まさか護衛騎士がいきなり攻撃してくるとは思わないだろうから、無防備なはずだ。簡単なことだ。
けれど、レオはあえてこの方法を取らない。ミアと同じように、魔力が流れ出て止まらなくなり、最後は干涸びて死んでほしいからだ。
それには、非常に繊細な魔法が必要となる。
みぞおちから指2本分上のところにある魔力の器に、ほんの少しだけ穴を開ける。皮膚は傷つけず、内部だけ攻撃する。魔法だからできることだ。
最初は気付かないほどわずかな魔力が漏れていく。しばらくして次の穴、またしばらくして次の穴と開けていく。穴が大きすぎて気付かれないよう、小さすぎて塞がらないよう、指先の微細な動きでコントロールする。やがて、すべての穴から魔力が流れ出す。ゆっくりと、確実に死に向かうだろう。
万が一聖女に気付かれて、癒しの力で穴を塞がれたら、その時は力任せに攻撃してやろうと思っている。レオにはもう失って怖いものなど何もないのだ。
復讐の時が待たれた。
読んでいただき、ありがとうございました。




