ババ抜き中に現れたババアが全員の母親だった件
「いやー、こうして3人で集まるのもいつ以来だろうな」
「本当に! 産婦人科以来?」
「そんな昔じゃねえわ。なんで俺ら全員同じ病院で生まれてんだよ」
俺は高校時代の友人2人、由美と健司とともに温泉旅館に泊まりに来ている。仲良し3人組ってやつだな。
「しっかし健司のやつ遅えな。いつまでトイレ行ってんだよ」
「健司くんトイレ長いよね! Ti〇Tokで見る2分の動画ぐらい長い」
「じゃあ結果短いじゃねえか。もう10分ぐらい経ってんだからそれとはまた別だろ」
「やあやあ皆さんお待たせお待たせ。ちょっとうるさいのを出しててね」
「大きいのとかだろ普通。便は騒がねえわ」
「なかなか喋るのをやめてくれなくてね。モータープール的にはもっと喋らない便が良かったよ。ずっと解脱の話してたよ」
「便はそんな高尚な会話しねえわ。ちゃんと便と対話すんな」
健司が座椅子に座ると、俺はカバンからトランプを取り出す。
「ところでよ、せっかくこういうとこに来たんだから……やろうぜ?」
「いいね! セパタクロー?」
「何をどう見てそう思ったんだよお前。体育館かここは」
「モータープールはババ抜きかと思ったが、違うかい?」
「もちろんババ抜きだよ。修学旅行みてえじゃん今の状況。せっかくだからやろうぜババ抜き」
「よーし、私負けないよ? 待って、これもしかして負けたら何かあるパターン?」
「よく分かったじゃねえか。俺たちももう大人だからな、これで負けたやつは今回の旅費全負担だ」
「なるほど……ということは負けたら100兆円かな?」
「旅費そんな高くねえわ。国家予算か」
「早速始めよー! 楽しそー!」
「モータープールもワクワクしてきたよ」
「ずっと気になってたけどなんでお前一人称モータープールなんだよ。関西の駐車場の言い方じゃねえか」
「そりゃああれだよ、大学デビューだよ」
「大学デビューで一人称だけ変えてどうすんだよ。奇人デビューだよそんなのは」
俺はカードをシャッフルし、1枚ずつ配っていく。配り終えるとじゃんけんで順番を決め、俺から右回りに進めることとなった。
「じゃあいくぞ。お、早速8が揃った」
「羨ましいよ。モータープールも上がりに近づいていきたいね」
「モータープールが気になるから今だけ大学デビュー取り消せお前」
「じゃあモータープールも引くよ。……あっ」
「やっちゃったね健司くん! 早速じゃん!」
「ぐぬぬ……もうババを引くとはね……」
「なんでお前ら全部それ言っちゃうんだよ」
その時、健司の後ろでボワッと煙が上がった。なんだ? 何が起こってんだ?
煙の中から知らないババアが出て来て、俺たちの横にしゃがみ込んだ。
「おやおや、みんな集まってくれてお父さん嬉しいねえ。お菓子を置いておくからみんなで食べるんだよ」
「お、お母さん……!」
「お父さんかお母さんかハッキリしろよ。なんでお前の母親一人称お父さんなんだよ」
突然現れた健司の母親は、またボワッと煙を上げて消えてしまった。何だったんだよ一体。
健司は目がうるうるしていて、今にも泣き出してしまいそうだ。
「健司くんお母さんと会ってないの? 下宿だっけ?」
「そうなんだよ。モータープールの大学は地元からかなり離れているからね。117海里ぐらい」
「キロで言えよ分かりにくい」
その後由美、俺と順番に引いていくが、ババはまだ健司のところだ。
順調に手札が減っていき、4週目で俺のところにババが来る。
ボワッと煙が上がり、後ろに何か気配を感じた。
「こらあんた! お友達といるんだからそんな無愛想にしないの! ヘビが輪になって出るよ!」
「夜中に口笛吹いた時だろそれ。なんで無愛想なだけでヘビに囲まれなきゃいけねえんだよ」
「そんなに口答えするんじゃないの! ヘビが出るよ!」
「なんでヘビばっかり出んだよ。インド人かよ」
小言を言い終えるとお袋はボワッと煙を上げて消えてしまった。まじで何なんだよこれ。どんなババ抜きだよ。
「じゃー次は私の番だね! えいっ! ……あ」
俺のババを由美が引き、またしてもボワッと煙が上がる。するとスーツを着てメガネをかけた七三分けの男が現れた。
「なんでお前の時だけお父さんなんだよ。この流れはお母さんが出るところだろうよ」
「お、お母さん!」
「お母さんだったのかよ。こんなサラリーマンっぽいお母さん見たことねえわ」
「밥 또는 목욕 또는 나를 선택하십시오」
「日本語で喋れや。なんでハングルなんだよ」
「今のは『ご飯かお風呂か私か選びなさい』って言ってるよ!」
「旦那に言え旦那に。なんで娘に言うんだよんなこと」
由美のお母さん(お父さん風)はボワッと煙を上げて消えた。
「さて、これで全員のババアが出てきたわけだが……。なんでこんなことになってんだ」
「モーターバイクには分からないな」
「さっきまでモータープールだっただろうが。せめてそこは統一してくれややこしい」
「これって、ババを持ってたらお母さんが出て来るんだよね? 全員がババを持ってたらどうなるのかな?」
「分かんねえけど……。一応予備のトランプはあるから試してみるか?」
「モータープールはやってみたいよ」
「よし、んじゃやってみるぞ」
俺はカバンから予備のトランプを取り出し、全員にババを配った。
すると俺たち全員からボワッと煙が上がり、俺たちの姿は老婆に変わった。
「おい、鏡見てみようぜ。どうなってんだこれ」
「これは……モータープールのおばあちゃんだね」
「私も! おばあちゃんの顔になってる!」
「俺もだ。しかも母方のババアだな。てことは、俺らの母親の母親になっちまったってことか?」
「そうだね。ババ抜き中に現れたババアが全員の母親だったということだね」
「なんだそれ。気持ち悪いババ抜きだなおい」
こうして俺たちは老婆の姿のままチェックアウトし、旅館の従業員にめちゃくちゃ不審がられながら帰路に着いた。