第7話 逃走者と闘争者(前編)
カシバリナは、灰色の地の端を目指し、極力まっすぐに進んでいた。
逸れた仲間と再会するために、この地の端を目指すのは意味が薄い。それぞれに端を目指していたとしても、向かう方向が違えば出会うことはできないのだから。
それなのに、なぜリナはこの地の端を目指すことにしたのか。
謎の爆発から逃げ出し、息急き切って走った末に、これ以上走れないとなって、一旦足を止めたリナは物陰に潜み休みながら、誰か後から来てくれないかと、しばらく待つことにした。
あの状況では、誰がどの方向に逃げ出したかなんて気にしている暇はなかった。少なくとも自分が逃げた方向に誰かが先に駆け出していないのは確かだ。
だけど、後から自分と同じ方向へと逃げ出した者、自分を追いかけて走り出した者はいるかもしれないと考えた。
リナは足は早い方だ。誰かが、リナの後に続いたとしても、引き離してしまったかもしれない。
だから、しばらくの間待った。
待ったが誰も来なかった。
みんな、リナとは違う方向に逃げてしまったのだろう。
なら、どうするか。
元来た道を戻るか。
それとも。
少し思案した。
仲間になったみんなのことが心配じゃないわけではない。だけど、探し回っても巡り会えるかわからない。
利己的な考えではあるが、再会を果たせる可能性が高くないのならば、やるべきことは自分の身を自分で守ること。みんなを探すよりも、まずは身の安全の確保。
そのためには、なるべく争いが起きそうな場所から離れるのが第一。
戦闘が勃発するとしたら、この世界の端っこよりは真ん中に近い方だろうと考えた。考えたというより感覚的にそんな気がした。
端の方が比較的安全な気がする。
端の方に行けば、仲間と遭遇する確率は低くなるが、敵との遭遇の確率も低くなるだろう。
まずあり得ないとわかっていたが、端っこからこの灰色の地を抜け出せることも、ほんのわずかに期待してリナは移動を始めたのだった。
リナはジョギングくらいのスピードで進んでいた。
戦禍から逃れたくて気が逸るが、敵対的な人物に遭遇した時に逃げる体力が残されていないなんてことにならないためにペースを上げすぎないように気をつける。
リナが貰った能力は、逃げる際の補助くらいには使えるだろうが、それでも頼りない。
進む先の横道から、人が姿を現した。
リナは足を止める。
見覚えのある少年だった。
だけど、仲間になった4人のうちの男子のババタイキでも、ワタヌキケイでもない。
彼らとは違う、精悍な顔つきで堂々とした佇まいの少年。
知ってはいるが、知り合いではない。リナが一方的に知っている人物。
テレビで見たことある。
シドウマモル。
空手のムッチャ強い人。
中学生の空手王者。
高校生でも勝てる人の方が少ないとかなんとか。
自分の敵う相手じゃない。
能力があったところで、素手でどうにかできるわけがない。
武器があるなら話は違ってくるが。刃物でもあれば、能力と合わせたら、もしかすると対抗できたかもしれない。
リナの能力は武器がない以上は、仲間と協力してこそ、真価を発揮する。
クオンジメイサの熱線のような遠距離攻撃能力と特に相性がいい。ババタイキの巨大腕のような一撃必殺ができそうなパワーを持っている能力だっていい。そういう連携の打ち合わせも移動しながらしていた。
だけど、メイサともタイキとも離れ離れになってしまった。
自分の能力一つ、自分1人でこの窮地を脱しないといけないのだ。
戦いでは勝ち目はない。
能力の補助ありきでも逃げ切れるかわからない。
でも待てや。
シドウくん、1人やん。
ほかに仲間がいる様子はない。
だとしたら。
もしかしたら。
シドウくんが仲間を欲しているとしたら。
なんて甘い考えを抱いたが、シドウはやる気のようだった。
名称とかは知らないけど、多分空手の構えをとっている。
全身からも鉄面皮とも言える顔からも、戦意が満ち溢れているように感じる。相手が女子とかお構いなしのようだ。
だけど。まだ可能性はあるんちゃう?
「ええと、シドウくんやんな? 空手家の?」
シドウは無言で歩み寄ってくる。
「シドウくんも1人やったら、うちと組まへん? うちの能力、結構使えると思うんやけど」
嘘ではない。リナの能力は役に立つ。シドウの能力がどんなものかは知らないが、本人の格闘能力をサポートするだけでも有用だ。
もし、シドウがリナの能力を持っていたら、リナが使うのとは比べ物にならないくらい強力な能力に化けていたことだろう。
リナは自分の能力の有用性はアピールしつつも、その具体的な内容を口にはしなかった。
シドウがまだどう動くかわからない以上、自分の能力をうかつにバラすことはできない。それくらいの分別はつく。
教えるなら、シドウが自分の話に乗ってきたらだ。
だけど、そもそも会話してくれる雰囲気でもない。
と思っていたら口を開いてくれた。
「俺は誰とも組まない。1人で戦う」
きっぱりと宣言する。
なんやろう? 空手家のプライド?
さらに歩み寄ってくるシドウ。
リナはじりじりと下がりながら、言葉を重ねる。
「そんなこと言わんと。1人で戦うなんて無茶やで。5人まで生き返られるんやから協力し合えるんやで?」
説き伏せようとする。
「うちチームを組んだ人たちと逸れてしまって、心細いんよ」
情に訴えかけようと試みる。
シドウが足を止めた。眉間に皺がよっている。
「逸れた仲間を放って、俺と組んでいいのか?」
シドウの言葉にリナはびくりと肩を震わせた。
シドウの指摘はもっともだ。この戦いで協力し合えるのは原則的に5人。逸れているととはいえ、リナはすでに4人の仲間を作っている。4人の安否が不明なうちにシドウと手を組むのは、みんなを裏切るようなものだ。
生き返りたいからと言って、一度チームを組んだみんなを簡単に見限るようなことを言ってしまった。
自分の身の安全を第一にして戦いを避けようとするのと、仲間を切り捨てるのは違うだろう。
恥ずかしい。
こうなったら、腹をくくるしかない。