第5話 腕と腕
走る。
走る。
だけど、仲間の姿は見えない。
追いかける方向を間違えたのだろうか。どこかで曲がって行ってしまったのだろうか。
タイキは息が切れるまでの間、走り続けた。
足を止めたタイキは、呼吸を整える。
死んでいても、息は乱れるらしい。
心臓の鼓動も速くなっているのがわかる。
それはつまり、今の体が生前のものと、そう大きな違いがないということだ。
負傷すれば、生前と大差ない、あるいは相違ない苦痛を覚えると予想できた。
タイキはバっと後ろを振り返った。
自分たちを攻撃してきた何者かが追いかけてきてはいないようだった。
それから周囲を見回す。別の敵が近くにいないかと確認するために。
辺りは静まり返っている。タイキの呼吸音しか聞こえてこない。
どうやらこの辺には誰もいないらしい。
ふうと息を吐く。
しかし、敵はいないが仲間もいないことを思い出し、タイキは肩を落として途方にくれる。
一体全体何が起きたのか。あの爆発はなんだったのか。
結論はすぐに出た。あの爆発は間違いなく、誰かの能力だ。
爆発を起こす能力。
爆発の前に何かが飛んできた。それが爆発したように見えた。要するにあれは爆弾なのだろう。
爆弾を出す能力? そういうのもあるのか。
自分たちは敵に襲われたのだ。誰かが物陰に隠れていて、爆発物を投げつけてきた。
投げたやつがノーコンだったのか、タイキたちから狙いを大きく外れたところに落ちて爆発してしまった。
二発目が飛んでこなかったのは、爆煙でタイキたちの姿がよく見えなかったから?
みんながさっさと逃げてしまったから?
両方だろうか。
あと少し自分が逃げるのが遅かったら、二発目の爆弾が飛んできていたのかもしれない。
爆弾を手で投げているのなら、その飛距離は限られている。クオンジの能力なら、爆弾の届かない距離から一方的に攻撃できるのではないかと、対策を思いついた。
でも、肝心のクオンジとは離れ離れだ。
自分1人じゃどうにもならない。
クオンジはもちろん、ほかの3人とも合流しないと。
みんなを捜し出さなければ。そのためにはどう行動すればいいのか。頭が働いてくれない。
みんなが心配だ。爆発の能力の持ち主からは逃れられているとしても、ほかの何者かに襲われるかもしれない。
いや、自分だっていつ誰に襲撃されるかわかったもんじゃない。
敵襲を受ける前とは比べものにならないほど、タイキの中にあった不安は強くなっていた。
1人の心細さもあった。
敵に出会ったら、自分1人で切り抜けないといけない。
それなら。
タイキは自らに与えられた能力を発動した。
タイキの腕が膨れ上がり、伸びた。
長さはゴリラくらいはあるだろうか。太さはゴリラを上回る。
【巨大腕】
それがタイキに授けられた能力の名称。
自らの腕を巨大化させる能力。
脳内情報によれば、巨大化させた腕はそれに見合ったパワーを発揮する。
これからは敵にいつ遭遇してもいいように常時、能力を使ったままで行動することに決めた。
最初からそうするべきだったか。遅きに失した感はある。
とはいえ、爆発の時に使っていたとしても、どうにもならなかっただろうが。
あの大爆発相手では、いくらこのでかい腕で体を覆い隠すようにして身を守ったところで無意味だろう。
だけど、これから出くわすかもしれない敵の能力は、あらかじめ能力を発動させておけば対応できるかもしれないのだ。
常に腕を巨大化させた状態でいるのは能力を見せびらかしているようなものという問題はある。
能力がわからない方が敵は慎重になってくれるかもしれない。
いや、爆発のことを考えれば関係ないか。襲われる時は襲われる。
とにかく周囲を警戒しながら進むしかない。
みんなと再会できますように。それまでは敵と出くわしませんようにと祈る。
タイキはバラバラになってしまった仲間たちを探すため、あてもなく歩き出した。
不安と怯えのためか、足取りは重かった。
物理的に巨大化した腕は別に重たくはなかったが。
うろうろし始めてから少しして。
突然、タイキの目の前に、男女2人が現れた。
本当に突然に。さっきまで誰もいなかった、何もなかったところから出現した。目つきが悪い少年と、どこか儚げな雰囲気を漂わせる女の子が。
タイキは目を見開き、
「なっ!?」
と声を上げた。
もちろん男女が突如出現したことには驚かされた。
しかし、それ以上にタイキを驚愕させたのは、2人の容姿だった。
女の子は息を飲むような美少女だった。
長いまつ毛に二重瞼。憂いを帯びた茶色い瞳。胸にかかる長さのふんわりとした髪。透き通るような肌。
クオンジも美少女と言って過言ではなかったが、ランクが違う。メイサと今目の前にいる美少女とでは、クラスで一番可愛い女の子と、テレビや動画でしか見たことのないようなアイドルやモデルくらいの差がある。
少女の見目麗しさだけでも、驚愕に値するが、彼女が肩に手を置いている少年の外見はそれ以上の衝撃をタイキに与えた。
美少女が右手を置く少年の右肩の先、腕が三本に分かれていた。左側も同様だ。
少年は、六本の腕を持つ異形の姿をしていた。
異形なんて、ゴリラ以上に太くて大きな腕になっているタイキが言えたことではないかもしれない。
だが、巨大な腕と六本の腕。どちらの方がより異様かと10人に聞けば、9人、あるいは全員が六本腕と答えるのではないか。
驚きのあまり体が固まる。
美少女が六本腕の少年の肩からパッと手を離した。
後ろを振り向き走り出す。
「お兄ちゃーーーーーーん!!!」と叫びながら。
叫ぶというより絶叫すると表現した方がいいかもしれない声量に、タイキは唖然とした。
猛ダッシュで走り去る美少女に見向きもせず、六本腕の少年はタイキに向かってきた。右側の腕を振りかぶりながら。
少年は六つある拳全てに金属製と思われる何かをつけている。
タイキはハッとした。
少年が殴りかかりにきていることを理解する。
とっさに巨大化した両腕を前に出し、ガードの体勢をとった。
巨大な腕は、タイキの上半身を完全に覆い隠す。
相手は構わず、タイキの腕を殴ってきた。
衝撃が走る。
硬いもので殴られた感触。六本腕の少年が拳につけていたもの、あれはメリケンサックとかいう武器じゃなかったか。
少年はさらに六本の腕を使って、タイキの巨大な腕をムチャクチャに殴り出す。
六本の腕による乱打。滅多打ち。
腕を何十発と殴られて、タイキの腕は、鬱血して紫色に変色していく。
鈍い痛みを覚える。
巨大化したことによって強靭になった腕のおかげでなんとか耐え凌げていた。
しかし、防御一辺倒ではどうにもならない。
反撃に打って出るべきか。
逃走を試みるべきか。
でも、攻撃を防げているのに下手に動けば、逆に状況を悪化させてしまうのではないか。
だからといってこのままじゃーー。
どうすればいい?
チームを組んだ4人の顔が脳裏をよぎった。このまま耐えていても、仲間の誰かが駆けつけてくれるわけではない。
どうすればーー。
タイキの巨大腕のガードが下がる。
いつのまにか腕の感覚が麻痺していたらしい。防御の姿勢を取り続けるのに限界が来ていたと気づけなかった。
巨大な拳の後ろに隠れていた顔面が無防備になった。
六本腕の少年はその隙を見逃さなかった。
右腕三本を揃えて、振りかぶり、タイキの顔面めがけて、拳を放った。
三本の腕による右ストレート。
メリケンサックをはめた三つの拳が、タイキの顔面にめり込んだ。
タイキの体が傾いていく。
顔面から拳が離れていく。
タイキは仰向けに倒れた。
タイキの体は淡い光となっていき、まもなく消えた。
残り人数を示す空のカウントが、24から23に減った。