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25分の5の  作者: シンサク
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第1話 灰色の世界

 気がつくと、知らない場所に立っていた。

 空は雲に覆い尽くされているのか灰色だった。空自体がもともと灰色のようにも見える。

 地面はコンクリートで灰色。

 建築物もまた同様に灰色。

 灰色まみれの世界。

 ここはどこだろう。

 なんで、自分はこんなところに突っ立ているんだろうか。

 視界に入る建物は、どれも廃墟にしか見えなかった。外壁は綺麗なものが多いが、あちこちひび割れたり、崩れている建物もある。

 地面には瓦礫も転がっている。

 ゴーストタウンとでも言えばいいのだろうか。

 不安に駆られる。

 一体、自分の身に何が起きているのか。

 自分は、何者かに連れ去られたのだろうか?

 何者かって何者だ? 身代金目当ての誘拐犯? 

 なら、こんなところに放置しておくのはおかしい。

 自分以外にも4人の少年少女がいた。自分と同世代、十四、十五歳くらい。

 灰色の世界で、カラフルな存在。

 男女2人ずつ。

 知らない人たち。でも、なんとなく見覚えがある。ここで気がつく前に見かけたような気がする。

 彼らは何か知っているだろうか?

 いや、みんなこの状況に程度の差こそあれ、戸惑っているように見える。4人も気がついたら、ここにいたんだろう。

 話しかけるのをためらう。

 ここで気がつく前に何があったか。

 何をしていたんだっけ。

 思い出そうとして、言いようのない強い恐怖に襲われた。

 ここに来る前、何かとても恐ろしいことがあったような。

 痛くて辛くて苦しい目にあったような。

 冷や汗が出てくる。

 思い出してはいけない気がする。

 思い出さないといけない気もする。

 開けてはいけない扉の前に立っているような。

 でも、その扉を開けないと外には決して出られない。

 そんな感覚。

 記憶の扉に恐る恐る手を伸ばす。


 フラッシュバック。


 凄惨な光景とともに思い出したのは、全身を走る耐えがたい苦痛。

 自分は何か大きな事故に巻き込まれたのだ。それで大怪我をした。

 生々しく思い出せる苦痛からしてそのはずだ。

 なのに今、自分の体にはかすり傷ひとつない。

 衣類に汚れさえ付いていない。

 家を出た時の綺麗なままの服で、病院のベッドの上ではなく見知らぬ場所にいる。

 なんで。

 辻褄が合わない。

 記憶と現在の状況の整合性が取れていない。

 言いようのない恐怖が再び襲ってくる。目覚めたら見知らぬ場所にいた不安からくる恐怖とは違う。もっと根源的な、本能に根差した恐怖。

 辻褄を合わせてはいけない。辻褄の合う答えを出してはいけない。

 その答えはとてつもなく恐ろしいものだ。直感が知らせている。

 一方でその直感がすでに、頭で理屈をこねるよりも先に答えを導き出してしまった。

 そんな。まさか。

 ありえない。

 信じない。信じたくない。

 汗がにじむ。鼓動が激しくなる。

 そうだ。今浮かんだ考えが正しければ、汗をかいたり、心臓が脈打っているのはおかしいんじゃないか?

 だから、今の考えは間違いだ。

 この状況を簡単に説明できる解釈があるじゃないか。これは夢だ。悪い夢だ。この状況だけではなくて事故に遭ったというのも夢だ。それが正解だ。

 早く覚めろ。覚めてくれ。

 目を強くつむる。

 眠る時には目をつむるのだから、夢を見ている時は目をつむれば逆に目が覚めるではないかと思いついたのだ。

 目を開ける。

 現実は変わらない。

 目の前に広がるのは灰色の世界。

 どうすればいい?

 どうする? どうする?

 頭の中で何度も問いかけていたら。

 

〈皆さま、こんにちは〉

 

 空から声が聞こえてきた。

 声につられて空を見上げた。

 ほかの4人もそうしている。

 空には何もない。どんよりとした灰色の空が広がっているだけ。

 声の発生源となるようなものは何も見当たらない。

 声は空から降り注ぐように聞こえた。

 いや。頭の中で直接、声がしたような気もする。

 

〈皆さまに大切なお知らせが三つあります〉

 

 空からの声はそう告げた。

 低い女性の声のような、高い男性の声のような。巧妙に作られた電子音声のようであり、生身の声を加工したようにも聞こえる。

 不思議な響きだった。

 優しげで温かみがあるようでいて、事務的で冷たい響きを待っているような感じもする。

 この声の主は何者なんだ?

 

 〈一つ目は皆さまにとって、たいへん残念なお知らせ。

 二つ目は皆さまにとって、たいへん嬉しいお知らせ。

 三つ目は皆さまにとって、少し残念なお知らせ〉

 

 なんだ。

 一体なんなんだよ。三つのお知らせって。

 本当は、一つ目のたいへん残念なお知らせの見当はついていた。

 違っていてくれ。


〈一つ目のたいへん残念なお知らせ。

 皆さまーーここにいる合わせて25名の中学生三年生の方々は、誠に残念ながらお亡くなりになりました〉

 願いは虚しく、冷酷で無慈悲な事実を、空からの声は優しげなようで事務的なような、暖かいようで冷たいような響きのまま告げた。

 嫌な推測は正しかった。

 あああ。

 叫び出したかった。

 空からの声の言ったことを否定したかった。

 だけと、ここで気がつく直前の記憶は、空からの声の言葉が事実だと示している。

 何かの事故で大怪我をしたはずなのに無傷なのも、服に汚れ一つないのも。すでに自分が死んで幽霊のようなものになっているのだとしたら説明がつく。

 でも、それを事実だと認めたくない。

 やっぱりこれは夢だと思いたかった。あるいはたちの悪い悪戯だと。

 だけど、本当は分かっていた。空からの声が告げるよりも前に。ここに来る前に自分の身に起きたことを思い出し、理屈よりも、直感と本能で。自分は死んだんだと。

 だけど、そんな。まだ15歳なのに。死ぬなんて。

 生き返りたい。

 この声の正体が神様なら生き返らせてくれ。

 こちらの心のうちを知ってか知らずか、空からの声は話を進める。

 

〈二つ目のたいへん嬉しいお知らせ〉

 

 天国に行けるとか?

 生き返られる方が何百倍も嬉しい。

 

〈皆さまには生き返られるチャンスが与えられます〉

 

 望みはしたものの、あるわけがないと思っていたことを告げられて、言葉の意味を飲み込むのに数秒の時間を要した。

 生き返られる? 生き返らせてもらえる? 本当に?

 いいのか? 死んだ人間を生き返らせるなんて、世界の摂理に反することじゃないのか?  いや、そんなことどうでもいいか。生き返られるのならば。摂理とか気にするようなことじゃない。

 この声の主が神様なら別にいいのだろう、死者を生き返らせたって。

 だけど、正確には生き返りのチャンスが与えられると言ったのだ。

 チャンス? チャンスってどういうことだ?

 無条件で生き返らせてもらえるわけではないのか?

 生き返るための試験でも受けさせられるっていうのか?

 

〈三つ目の少し残念なお知らせ。

 生き返ることができるのは、この場にいる25人のうち、5人だけです〉

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