第97話【勇者スルト、会食する】
ドミニス皇帝との謁見の後、評議会も終わり、スルト達は皇宮の一室で休憩していた。窓の外では陽が傾き、黄金の光が静かに差し込んでいる。
(テンション上がってきたなぁ。評議会も俺中心の作戦ばっかりだったし、無双ターンかな?)
スルトが椅子にもたれて思案している間、メリアとキリエは暗い表情で沈黙していた。重い空気が部屋を覆っている。
(死体見たときは吐きそうになったけど……正直、ざまぁみろって思っちゃったな。馬鹿にしやがって。皇帝って意外といい人かも)
「やっぱり納得がいきません……」
キリエが低い声で口を開くと、三人の視線が集まった。
「魔王を討つのはわかりますが、大陸全土の支配だなんて……戦火が広がるだけです」
「魔王を倒せば結果的にそうなる、という話でしょう」
セルンが冷静に返す。だがキリエの表情は険しい。
「魔王を倒して各国を解放するだけでいいでしょう。いくら皇帝でも天啓の再解釈なんて!」
「先日からあなたのドミニス陛下に対する非難は目に余ります。メリア様、オルラン司祭に正式に抗議しましょう」
「あなたは帝国に肩入れしすぎです! 神聖国の使者としてもっと中立になるべきです!」
声が高ぶる二人を前に、メリアが深く息をつき、首を振る。スルトは思わず苦言を呈した。
「あんまり言いたくないけど喧嘩なら他所でやってよ。メリアさん、俺はこれからどうしたらいいの?」
スルトの言葉に、セルンとキリエは気まずそうに目を逸らした。メリアが落ち着いた声で答える。
「スルト様は前線に行かれると思いますのでここでお別れになります。スラン様の件を確認するために私は一度本国に戻ります」
「わかりました。色々助けてもらって感謝してます」
「とんでもございません。役目を果たせてホッとしています。セルンさんは皇都で待機をお願いしますね」
「はい、メリア様」
「私はアレサンドに戻りますね、いつでも声をかけてください」
キリエが穏やかに言うと、メリアが頷いた。沈黙の中、重い扉が開く音が響く。
「スルト様、皇帝陛下が他に予定がなければ話をされたいとのことです。いかがされますか」
(なんだろう……正直行きたくないなぁ……なんか恐ろしいんだよな、あの人……)
「わかりました、行きます。それでは皆さん、ありがとうございました」
スルトは一礼して部屋を出た。扉が静かに閉まる音が、残された三人の胸に重く響いた。
* * *
スルトが案内されて豪華な内装の部屋に入ると、長いテーブルに十数人が腰掛けていた。
「スルト、よく来てくれた。少し早いが、もしよければ夕食を食べながら話でもしないか?」
「はい。ありがとうございます」
ドミニスが合図をすると、すぐに飲み物が運ばれてくる。
「それでは、改めて勇者スルトを歓迎しよう」
杯を掲げるドミニスに倣って、全員が同じ動作をした。
「紹介が遅れたが、妻のリーンだ」
リーンと呼ばれた女性が優雅に礼をする。スルトも慌てて頭を下げた。
「隣が私の妹のラミアだ」
「お目にかかれて光栄です。勇者様」
(この人、派手だな。すんごいネックレス)
「ライオスはどうした」
「前線から戻ってから体調を崩していまして。申し訳ございません、陛下」
「神の使者に会うためなら這ってでも来るのが当然だろう。そう思わないか、ポラン伯爵」
「陛下のおっしゃる通りです。私でしたら例え重傷でも参ります」
(あ、教会に来た貴族だ)
「ラミア、夫は何人もいるのだから使えない奴は早めに捨てろ」
「は、はい! そのようにいたします」
ラミアが慌てたように答える。
(え? どゆこと? 夫が何人もいるの? もしかしてあの皇帝も妻がたくさん?)
それからポラン伯爵、伯爵夫人を始め、貴族達が順に自己紹介をしていった。
食事が運ばれると談笑が始まり、無難な話題が続く。だが、誰もがスルトを横目で見ている。
(この肉、うんま。でもなんかずっと見られてるんだけど?)
「皆がスルトに興味津々のようだから私からひとつ尋ねてもいいか?」
ドミニスがスルトに話を振る。
「はい。なんでも」
「スルトは女神アリアに会ったことがあるか?」
部屋が静まり返り、全員の手が止まった。
「え、はい」
スルトの答えに全員が衝撃を受け、どよめきが走る。
「あ、でも詳しくは話せないんです。すいません」
「そうか。しかし、先ほどの答えだけで十分だ。ありがとう」
ドミニスの言葉に全員が同意する。大貴族のひとり、シューメル侯爵が感極まったように声を上げた。
「私は感動に打ち震えております」
「はは、貴公はそうだろうな。しかし、私も含めてここにいる全員が同じ気持ちだろう」
(あ、なんか祈ってる人がいる。でも教えたらダメっぽいし)
「陛下、勇者様、大変厚かましいのは承知の上でもう少しだけ、ほんの少しだけでも……」
シューメル侯爵がすがるように言う。
「スルト、どうだ? 皆、熱心な信者なのだ」
「そうですね……どうしよう……あ、そうだ。質問してもらえますか? 簡単に答えるだけなら問題ないと思います」
シューメルを含めた全員の目が輝く。
「さすが勇者だ。皆、滅多にない機会だぞ」
「そ、それでは……同じ質問になりますが、女神様と本当に対話されたのですか?」
「えっと、はい」
どよめきが再び広がり、涙ぐむ者もいた。別の貴族が続けて問う。
「我々を見守っておられるのですか?」
「はい」
(多分……やっぱり見てないかも)
「陛下、天啓について勇者様に尋ねてもよろしいでしょうか」
「そうだな。私から尋ねよう。スルト、天啓を受けられるのはライライ教皇だけなのか?」
「え……それは、どうなんでしょう。そもそも天啓ってなんらかの方法で……」
―――― ピーーーーーッ ――――
「おわっ?!」
「どうした?」
「あ、すみません。言っちゃダメみたいです」
ドミニスが興味深そうにスルトを見る。
「まるで今まさに神と対話しているかのような口ぶりだな?」
再び衝撃が走り、全員がスルトを凝視する。
「あっいや、そういうわけじゃないです!」
皆が興奮を抑えきれない中、ドミニスの妻リーンがそっと口を開いた。
「勇者様、女神様はその……美しい方でしょうか?」
「はい」
スルトの答えにリーンが微笑むと、ドミニスが茶化すように言う。
「そなたにしては珍しいな。よほど聞きたかったのか」
リーンが恥ずかしそうにうつむく。一通り質問が終わると、ドミニスがポラン伯爵に話を振った。
「そういえばポラン伯爵、スルトについて相談があると聞いたが」
「あ、それは……実はアレサンドで勇者様に無礼を働いたドロンという男爵がおりまして」
(え……?)
「ドロン……覚えていないな」
「辺境の小さな領地を持つ貴族です。今後同じことが起きないように周知した方がいいのではと」
(えーっ?! 自分の領地で貴族殴ったって怒ってたのに手のひらクルックルだよ)
「近々、勇者については大々的に発表するから問題ない。その貴族は爵位を剥奪して斬るなり奴隷にするなり好きにしろ」
「承知しました。ご命令通りに」
(うーん……やっぱりこの人、ちょっと怖い……)
ドミニスが全員に向けて言う。
「皆に話すのは初めてだが、アスラル平野の決戦で勝利を収めた後、スルトを子爵に任ずるつもりだ」
驚きのざわめきが起こり、やがて納得の声へと変わる。
「子爵……? 自分が貴族ですか……?」
「勇者が平民というわけにもいかないだろう。本来はもっと高い爵位にすべきだが、まずは戦場で力を示してほしい」
「わかりました。全力で頑張ります」
ドミニスが満足げに頷く。するとシューメル侯爵が明るく声を上げた。
「勇者様に魔王山田を倒して頂くのが最もわかりやすいですな!」
(え……?)
「シューメル侯爵、あれは私の獲物だ。私がスルトより先に狩り殺しても女神アリアは許してくれるだろう」
「ははっこれは大変失礼しました。魔王山田もなかなか勢いがあるようですが魔族の地位を教育してやりましょう」
ドミニスとシューメルのやり取りに、場が笑いに包まれる。
(聞き間違いじゃない。やっぱり山田って言ったぞ。どういうことだ……ちょっと聞いてみるか)
「ドミニス陛下。山田という名前はよく使われる名前なのでしょうか?」
「いや、人間では聞いたことがない。ヤツは魔族だからあちらでは使うのかもしれないな」
(ファンタジー世界で魔族がそんなネーミングをしているとは思えない。つまり―――魔王は転生者だ)
【Invocation Protocol: ARIA/Target:Surtr】




