第96話【勇者スルト、皇帝に謁見する】
スルト達は皇宮の一室で待機していた。重厚な扉の外から、鎧の擦れる音とともに兵士が入ってくる。
「スルト様、評議会の前に皇帝陛下がお会いしたいとのことです。謁見の間にご案内します」
メリア達が立ち上がった。しかし兵士がすぐに手をかざして制止する。
「申し訳ございませんが、スルト様お一人で、とのことです。皆様は後ほど呼びに参ります」
短い沈黙。メリアがなにか言いかけてから、視線をスルトに向けてうなずいた。
「じゃあまたあとで」
スルトは静かに扉の向こうへと歩き出した。
* * *
謁見の間の巨大な扉が重々しい音を立てて左右に開かれると、その先に広がる光景にスルトは息を呑んだ。
広大な空間には大勢の貴族と兵士が整然と列をなし、入口に立つ彼一人にその視線を注いでいる。
(マジかよ……めちゃくちゃ見られてるし……緊張してきた)
スルトは強張る足で、玉座へと続く長い深紅の絨毯を踏みしめながら進んだ。
遥か奥、全てを見下ろす位置にある玉座に、黄金の髪を持つ男が座っているのが見えた。
「ドミニス皇帝陛下! スルト様をお連れしました!」
兵士が広間に響き渡る大声で告げ、恭しく下がる。
(え、どうしたらいいんだ………っ?!)
その瞬間、皇帝の真紅の瞳がスルトを捉えた。物理的な衝撃すら伴うような強烈な視線。
スルトの体は金縛りにあったように硬直し、意思とは無関係に、ほどなくして小刻みに震え始めた。
(え……なんだ……俺、震えてる?)
震えが止まらない自分の両手を見下ろす。
(魔法、じゃない……あいつが……怖い……?)
浅い呼吸を繰り返すスルトを見て、貴族たちの間から堪えきれないような嘲笑が漏れた。
「ははっ、なんだあの平民は」 「平民は跪き方も知らないらしい」 「陛下も酔狂ですわね」
さざ波のように笑いが広がるにつれ、スルトの頬が羞恥で熱を帯びていく。
(クソッ……なんだよこれ……俺はいつもいつも……)
その時だった。
「よく来たな、勇者」
嘲笑を遮るようにドミニスが声を発すると、広間は瞬時に静まり返った。スルトが顔を上げる。
「衛兵、今勇者を笑った奴を3人ほど連れてこい」
貴族たちがどよめき、狼狽が伝播する。
「やはり陛下は勇者と」 「勇者?!」 「勇者スラン?」 「いや、髪の色が違いますね」 「あの3人に何を」 「馬鹿、何も言うな」
衛兵が無造作に3人の貴族の男女を引きずり出し、ドミニスの御前へと突き飛ばした。床に這いつくばった彼らは、顔面を蒼白にして慈悲を乞う。
「陛下! 私は何も!」 「どうかお慈悲を!」 「お許しください!」
「斬れ」
短い命令と共に剣閃が走り、断末魔の絶叫が響く。3人があっけなく血の海に沈んだ。
(は……? 殺した……? こんなにあっさり……)
目の前の惨劇に思考が追いつかない。呆然と立ち尽くすスルトに、ドミニスは先ほどと変わらぬ口調で声をかけた。
「不快な思いをさせてすまなかったな、こちらに来てくれ」
促されるままスルトは歩き出し、玉座の隣へと立つ。
(死体……うっ……我慢しろ……後で……)
鼻をつく臭いに吐き気を催すが、必死に呑み込む。ドミニスが悠然と立ち上がった。
「全員よく聞け。この者は女神アリアが我が帝国に遣わした勇者だ。神聖国の使者に証明させるから呼んできてくれ」
ざわめきが広がり、貴族たちが顔を見合わせる中、しばらくしてメリアたち3人が入ってきた。床の惨状を見たキリエが、思わず口を押さえる。
「メリア司祭、ここにいるスルトが勇者だと証明できるか?」
「はい。スルト様、その神器をどこかに置いて頂けますか?」
ドミニスが指示すると、兵士たちが手際よく死体を片付け、代わりに豪奢な台座を運び込んだ。スルトが背負っていた《アリアン・ライフル》をその上に載せる。
「その神器は《聖剣アリアンデ》と同様に、勇者様以外触れることができません」
「ほう」
興味深そうにドミニスが手を伸ばし、触れようと試みる。だが、指先が見えない壁に阻まれたかのように空中で止まった。驚きの声があがった。
「何人か試してみろ」
ドミニスの命により、数人の貴族や兵士が恐る恐る手を伸ばすが、やはり誰も神器に触れることはできない。
奇跡を目の当たりにし、広間が静まり返る。それを確認して、ドミニスが高らかに宣言した。
「我がガイロス帝国は勇者スルトを歓迎する! 以後、勇者スルトを女神アリアの使者と心得よ!」
瞬間、広間に割れんばかりの大歓声と拍手が渦巻いた。
(なんだよ……俺、ちゃんと歓迎されてるじゃん……)
緊張が解け、スルトの顔に安堵の色が浮かぶ。 ドミニスが片手を上げると、拍手が止んだ。
「メリア司祭、ここにいる皆に2つの天啓について話してもらいたい」
「はい」
メリアが一歩進み出て、よく通る声を張り上げた。
「ライライ教皇聖下が受けた天啓は2つです。一つ、神聖オーレリア王国は神に仇なす行為を繰り返しており、ガイロス帝国の下で悔い改めよ、と」
以前、天啓を聞いていた者が大半であったため、これには頷く者が多く、驚きの反応は少なかった。
「二つ、ガイロス帝国は勇者スルトと共に大陸西部を平定し、魔王を討ち滅ぼせ。以上です」
その言葉に、広間に先ほどとは比較にならない大きなどよめきが沸き起こる。
「やはり我々は神に選ばれたのだ!」 「皇帝陛下と勇者がいれば魔王も終わりだ!」 「これでオーレリアだけでなくモルドラスも」
興奮する臣下たちを見回し、ドミニスが高らかに声を上げる。
「私は女神に選ばれし帝国の皇帝として、二つめの天啓をこう解釈している。大陸中央より東を支配する魔王を討つ、すなわちランドア大陸を支配せよと」
一瞬の静寂ののち、爆発のような歓声が沸き起こった。
「えっ?」
広間が熱狂に揺れる中、メリアだけが驚いたようにドミニスを見る。
満足そうに微笑みを浮かべるセルン。その隣で、キリエは目を伏せていた。
「魔王との対決に備えるため、まずは速やかにアスラル平野で王国軍を撃滅した後、王都セレスティアを滅ぼす! 王都攻略には私も出る!」
喝采が轟く中、ドミニスが視線を隣のスルトへと向けた。
「スルト、近々王国軍との決戦がある。皆に勇者の力を見せてくれるな?」
広間の雰囲気に完全に呑まれ、高揚感に包まれていたスルトは上気した顔で、笑顔で応じた。
「はい! 任せてください!」
それを聞いたドミニスが、スルトの腕を掴んで高々と掲げる。新たな英雄の誕生を祝う歓声は、いつまでも広間に鳴り止まなかった。
【Invocation Protocol: ARIA/Target:Surtr】




