第95話【勇者スルト、皇都に行く】
スルトはメリア達と共に馬車で皇都に向かっていた。スルトがキリエに尋ねる。
「それでキリエさん、戦争中というのは?」
「はい、現在ガイロス帝国は神聖オーレリア王国と戦争中なんです。今回の招集も恐らくその件かと思います」
「なるほど。それにしても魔王が勢力を拡大してるのに大丈夫なの? どっちも疲弊するんじゃ」
「それは……」
キリエが下を向くと司祭のメリアが続けた。
「教皇様に天啓がございまして……神聖オーレリア王国は神に仇なす行為を繰り返している国家であり、神に忠実な帝国の支配下に入って改めよと」
「え? 神聖ってついてるのに神様が嫌いなの? 別の神様?」
スルトが首を傾げるとキリエが声を大きくして言った。
「そんなはずはありません! 絶対になにかの間違いです!」
「キリエ様、天啓を疑うなど信徒にあるまじき姿勢です。女神様は我々の全てを見ておられるのです」
聞いていたセルンが口を挟む。
「でも……イザベル様には以前、何度かお会いしましたが、相当に信仰心の篤い方で……」
(うーん? なにか違和感を感じるな。でっち上げたとして、なんのために……魔王対策で帝国の強化? あの女神様ならありえる)
スルトが考え込むと、キリエが真剣な顔でメリアに訴えた。
「メリア様、お願いです。もう一度教皇様に確認して頂けませんか。現にそのような行為は一切ないと否定して防衛しているのでしょう」
「否定してるんだ?」
スルトが問い返すとメリアが頷いた。
「はい。帝国にそのまま降れば神への反逆行為を認めることになると。イザベル女王自らが神聖国の聖都アークまで嘆願に来られたのですが……」
「すでに天啓は下されています。いくら一国の女王といえど、神に仇なす者を聖都に入れるなどありえません」
セルンが毅然と告げる。
(濡れ衣なら理不尽すぎて涙出そうだけど、セルンさんってガチな人みたいだから余計なこと言わないでおこう)
「戦ってる理由は理解したよ。それでどっちが優勢なの?」
スルトの問いにメリアとキリエが暗い顔をする。セルンが口を開いた。
「皇帝陛下のご厚意で私達は逐次戦況を知らせて頂いていますが、帝国が圧倒的に優勢です。神の加護を失った王国軍は士気を維持できないでしょう」
メリアが更に続ける。
「勇者様には全てお伝えしますが、王国の首都では頻繁に暴動が起こっているそうで、元凶であるイザベル女王を排除して降伏すべきという声も高まっているそうです」
「なるほどね。まぁ真面目に信仰してる人達からしたら誰がそんなことやってるんだって話になっちゃうよね」
スルトの言葉に、馬車の中は沈黙に包まれた。
* * *
ガイロス帝国の皇都マグナ・ドミナ。
建物が整然と並び、広大でありながら無機質な街並みが続いている。
高く積み上げられた石造りの壁には帝国の紋章が刻まれ、そこかしこに掲げられた旗が風に揺れていた。
中心には皇帝の威光を象徴するかのように巨大な皇宮がそびえ立ち、遠目にもその圧倒的な存在感がわかる。
大通りを行き交うのは、槍と盾を携え規律正しく進軍する兵士の列。鎧の擦れる音と靴音が、鼓動のように街全体に響いている。
その横を、絢爛な装飾を施した貴族の馬車が悠然と通り過ぎていく。だが、その華やかさと対照的に、縄で繋がれ無言で歩かされる奴隷たちの姿がすぐ後ろにあった。
人々は声を潜め、視線を逸らしながら足早に行き交う。誰もが周囲の目を恐れ、余計な言葉を飲み込んでいるようだった。空気は重く張り詰め、戦時下の緊張が街全体を支配していた。
* * *
「やっと着いたぁ。ここが皇都か!」
(と、テンション上げてみたものの……兵士めちゃくちゃ多いし、ザ・帝国って感じだなぁ……)
街並みを見渡しながら馬車を降りると、兵士が一歩前に出て敬礼した。
「お待ちしておりました。早馬で皆様が本日到着されると聞きまして、皇帝陛下から書状を預かっております」
兵士が差し出した書状をメリアが開き、目を通す。
「本日午後に開かれる評議会に参加してほしいそうです……スルト様、いかがされますか?」
「いいよ。戦時中ならのんびり観光ってわけにもいかないだろうし」
メリアが兵士に了承を伝えると、兵士は恭しくうなずいた。
「それでは皇宮までご案内いたします」
一行が兵士に導かれ歩いていく途中、奴隷の列とすれ違った。
(なんだかなぁ……女神様が暗黒時代って言ってたけど魔王に支配されてないのにすでに真っ黒だよ……)
キリエは俯き、足取りも重い。
さらに進むと、脇道に人々が座り込み、疲れ切った顔でうなだれているのが目に入った。子どもの姿も混じっている。
(はぁ……いくら異世界でも気が滅入るなぁ)
キリエが顔を上げ、思わず足を止める。助けに行こうとした瞬間、セルンが鋭い声で呼び止めた。
「キリエ様、なにをなさろうとしているのですか」
「なにって……助けないと……」
「あなたが行っても何も変わりません」
「そんな言い方……困っている人がいたら助けるのが聖職者でしょう!」
険悪になった二人にメリアが言った。
「二人とも、議論は後です。今は皇帝陛下のところに急ぎましょう。それが戦争を終結させる最善の道です」
二人は静かにうなずいた。
ほどなくして皇帝の威光を示すかのような巨大な皇宮が姿を現し、スルト達はその中へと足を踏み入れていった。
【Invocation Protocol: ARIA/Target:Surtr】




