第94話【勇者スルト、異世界の情勢を知る】
屋根伝いに走っていたスルトは教会を見つけ、無事にメリア達と合流し、再び話し合いの場に加わった。
「こちらは帝国で布教活動をされている司祭のオルラン様です」
メリアが紹介すると、老齢の男性がゆっくりと歩み出てきてスルトに会釈する。
「オルランと申します。勇者様にお会いできて光栄です。女神様から直々に遣わされたとお聞きしました」
「よろしくお願いします。ちょっと口が滑ってしまったんですがみんなには内緒で」
「このことが知れ渡ったらスルト様はいずれ次代の教皇として推薦される可能性が高いです。少なくとも私はそう考えています」
メリアの言葉に、スルトは気まずそうに眉をひそめる。
「いや、そういうのはちょっと……あの女神様を信仰って……」
「わかりました。スルト様のご意向を尊重して皆の胸にしまっておきます。キリエさん、スルト様にガイロス帝国の説明をお願いできますか」
オルランが促すと、助祭のキリエが地図を広げて机に置いた。
「もちろんです! あ、私はこの教会でオルラン様の下で布教活動をしていまして、派遣されたメリア様、セルン様のお手伝いをしています」
「そうだったんだ。宗教だから他国に教会を建てて布教してるってことね。っていうかここガイロス帝国ってところなのか。帝国ってことは皇帝がいる?」
「はい、そのあたりも含めて最初からご説明しますね。ここガイロス帝国はランドア大陸の西に位置する巨大な帝国です。大陸を北東に進むとノースランド連合の国家群、東にはモルドラス都市国家、南には神聖オーレリア王国があります」
地図の上を指で示しながらキリエが続ける。
「海が見えたから、西のここにいるわけね。ちなみに大雑把でいいけど東の方は? あと大陸ってひとつ?」
「大陸はランドア大陸とボルドア大陸があります。そして……モルドラスより東側は私達の神聖国を除き、全て魔王の支配下です」
「えっ?! もう半分ぐらい支配されてるってこと? まぁ勇者倒されたって言ってたしなぁ」
スルトの何気ない言葉に、場の空気が凍りついた。
「え……スルト様、今なんとおっしゃいましたか?」
メリアが蒼ざめた顔で問いかける。
「なんかそれ食堂でも言われた気がするけど、えーっと例の人が死んだって言ってたよ」
「そんな……」「新たな勇者様という時点で……」「でも教皇様からそんなお話は……」「スラン様はやはり亡くなっていたんですね……」
ざわめきが重なり合い、誰もが信じたくない現実を口にしていた。
「一度本国に連絡を取って教皇様に対応を確認します。新たな勇者様の誕生は公表される予定ですので」
メリアが落ち着きを取り戻すように告げ、キリエに続きを促す。
「次に、ガイロス帝国の状況についてご説明します。3年前に先帝が崩御し、ドミニス皇帝陛下が新たに即位されました」
そこでキリエが一瞬口ごもり、言いにくそうに視線を落とす。
「キリエさん、あなたの考えは理解していますが今スルト様に言うべきことではないでしょう」
オルランが穏やかながらも鋭い声音で制した。
「え? そういう風に言われるとめちゃくちゃ気になる。情報は自分で整理するから全部教えてよ」
スルトが口を挟むと、オルランはしばし逡巡してからキリエにうなずいた。
「先帝は温厚な方だったのですが……ドミニス陛下が即位されてから貴族の権利を大幅に認めたことで奴隷の身分に落とされる平民の人達が増えています。先帝が崩御されたのも暗殺という噂も……」
「キリエさん、私達が帝国で自由に布教できているのは信仰心の篤いドミニス陛下に認めて頂いているからです。そのような噂話を真に受けるなどあってはなりません」
オルランの厳しい言葉に、キリエは深く頭を下げた。重苦しい空気を破るように、スルトが声を張る。
「まぁまぁ、オルランさん。キリエさんも真剣にやってるから色々考えちゃうんだろうし。それに今の話で納得がいったよ、さっきの店の前での騒ぎ」
「いえ、私が悪いんです! オーレリア王国の件があってから私、少しおかしくなってて……次に、ガイロス帝国は神聖オーレリア王国と戦争中なんです」
「戦争中……」
スルトが呟いた時、教会の入口から騒がしい声が飛び込んできた。
* * *
「早く司祭を呼んでこい。犯罪者を匿っているのはわかっているんだ」
「ですからオルラン様は今対応ができず……あっ!勝手に入らないでください!」
荒々しい足音が廊下を踏み鳴らし、男が奥の部屋に歩いていく。すると部屋からオルラン達が顔を出す。
「いかがされましたか? ここは神聖な場所です。静粛にお願いいたします」
「いたいた。おい、ここに犯罪者が……あっ! お前!」
男の指先が突きつけられ、スルトは自分を指差した。
「え? 俺? あーもしかしてさっき殴り飛ばした……」
「ポラン伯爵! こいつです! 勇者を騙り、我々貴族に楯突く平民です!」
やがて後方から壮年の男が現れる。伯爵と呼ばれたその人物は、冷ややかな眼差しをスルトに注いだ。
「ふむ。オルラン司祭、説明願いたい。なぜこのような男を匿っているのですか?」
「ポラン伯爵、彼は本物の勇者です。暴力で解決するのはいけませんが、ドロン男爵の暴挙を見過ごせなかったと聞いています」
「本物……なるほど、陛下がおっしゃっていた通り……わかりました、司祭であるあなたの言葉を信じましょう」
それを聞いてドロン男爵が必死に反論を試みる。
「ポラン伯爵! このような連中の言うことを信じてはなりません!」
伯爵の視線が鋭く突き刺さった。
「貴様如きが伯爵である私に意見するのか?」
「うっ……そ、それは……」
ドロン男爵の声が途切れ、沈黙が落ちる。伯爵は再びオルラン達へと向き直った。
「ただし、私の領地で貴族に暴行を加えたのは事実。ドミニス陛下から皇都に招集がかかっていますので勇者の行為について判断を仰ぎましょう。神聖国の使者であるあなた方も呼ばれているのでしょう?」
「はい。それでは私達も皇都に向かいます。スルト様、続きは移動しながらご説明しますね」
「わかった。メリアさんに任せるよ」
翌日、スルトは一行と共に皇都へと向かった。
【Invocation Protocol: ARIA/Target:Surtr】




