第92話【勇者スルト、異世界に降り立つ】
目を開けると――土砂降りの雨だった。
「うわっ! マジかよ……どんなスタートだよ!」
慌てて雨宿りできそうな場所を探すが、見渡す限り荒野しかない。
「銃はちゃんと防水仕様なんだろうな?! そうだ! 魔法魔法……《プロテクト》!」
防御魔法が発動し、雨粒を弾き飛ばす。即席の傘にようやくひと息つく。
「ふー、なんとかなった。……ちゃんと現地の天気をチェックしておいてほしかったなぁ。急いでやるからこんな目に」
ぼやきながら歩き出す。高い場所を探していると大きな岩を見つけた。
「あの上に……飛べたりする?」
足に力を込めると、そのまま岩の上まで跳躍していた。
「スッゲ、さすが勇者。さて……雨で見えづらいけど周囲は……おぉなんだこれ」
遠くを見ようとした瞬間、視界がズームされクリアになった。
「『視覚超強化』ってこれかぁ……あっちは海……こっちは……街!」
岩から飛び降り、胸を躍らせながら歩いていく。
「さて、向かいながらスペック確認……どうやって画面出すんだ」
しきりに指を動かしたり、頭を押してみたり、唱えてみたり――結果は虚しく空振り。
「ダメだ、出ない。数値見られないのか。魔法はさっきもできてたよな」
頭に魔法リストが浮かぶ。
「火はもうやめとこ。雨だし……《ライトニング》!」
雷鳴とともに稲妻が落ち、近くの岩を木っ端みじんにした。
「うわっ! 威力ぶっ壊れてるだろ! ……って、プロテクト解除されてる! 濡れる濡れる!」
慌てて再展開。どうにか雨除けは維持できた。
「なるほどね、掴めてきた。機動力抜群、魔法は即発動。こりゃ得意ジャンルだな」
やがて雨も弱まり始める。
「あとは『Sランク火魔法』……《インフェルノ》これか。どう見てもあの樹以上の大惨事になるから封印」
そして背負っていた巨大な銃を手に取る。
「最後はこれか。雨も止んできたし、ちょっとやってみるか」
適当に構えると、顔の前にホログラムのようなバイザーが展開された。
「テンション上がるけどどう見てもSF仕様じゃん。徹夜残業で変なテンションだったのかな。これで遠くを……」
バイザー越しに視界を走査すると、小さな影が視認できる。凝視すると鳥が一羽、悠々と飛んでいた。
「ロックって言ってたよな……このボタンか? 銃なんか実際に撃ったことないしなぁ。お、いけそうだ」
引き金を引くと、光弾が一直線に飛び、視界の端で鳥が落ちていく。
「本当に当たったよ。追尾機能でもついてんのかな。さすが勇者専用武器」
そのまま歩き続けると街が近付いてきた。
「さて、情報集めて拠点にするかどうか決めるか」
* * *
「怪しい奴め。お前のような奴がアレサンドに何の用だ。帰れ」
到着早々、スルトは門衛に足止めを食らっていた。
「だーかーらー勇者だって! さっきも言っただろ。わかる? 勇者」
「勇者スランがなぜこんなところにいる。魔王と戦っているはずだろう」
「誰だよそれ。俺は勇者スルト! ったく最初の街でこれだよ。雨といいどうなってんの」
「そんな勇者は聞いたこともない。それになんだ、その背負っている珍妙な物は」
話がまるで通じない。門衛は胡乱げな目を向けるばかり。
「それに貴様、平民だろう。勇者を騙るなど悪ふざけも程々にしないとポラン伯爵に投獄されるぞ」
そこへ街の中から男女三人が駆けてくる。別の門衛に何事かを伝え、紋章のようなものを見せていた。
「おい、どうした?」
「それが……アリアン神聖国の使者が……皇帝陛下の印章も……」
やり取りの末、門衛が渋々スルトに告げた。
「通れ」
「お、マジ? んじゃ、遠慮なく」
街に入ると、先ほどの三人が駆け寄ってきた。
「さっきは助かりました。ありがとうございます」
スルトが礼を言うと、年長の女性が口を開く。
「いえ、お役に立ててなによりです。あなたは……勇者スルト様……で間違いございませんか?」
「お! やっぱり知ってる人いるじゃん」
「あぁやはり! お待ちしておりました。ご相談がございますので、少し場所を変えませんか?」
「いいよ。でも俺、茶を飲む金すら持ってないよ?」
「そのようなご心配は無用です。それでは参りましょう」
スルトは三人に案内され、街の奥へと歩いていった。
【Invocation Protocol: ARIA/Target:Surtr】




