第90話【魔王山田、順調に世界を征服する】(第一部最終話)
決闘の後、山田とレイラ、そしてシンシアが三人で集まっていた。山田はレイラが作成した報告書に目を通している。
「お兄様、あ、魔王様。いかがですか?」 レイラが言い直して尋ねる。
「レイラ様は魔王様のことをお兄様と呼んでいるんですね! 本当に仲が良さそうで羨ましいです」 シンシアが笑顔で口を挟む。
「それは……えっと……あなたは魔王様を怖がらないんですね」
「はい、素晴らしい方ですし初めてお会いしたときにたちまち意気投合したんです。ですよね、お兄様」
「え、どういうことですか?」
レイラが責めるような目を山田に向ける。
「真に受けるな、レイラ。っていうかなにがお兄様だ」 山田は渋面を浮かべる。
(どうも前回の件で苦手意識が強くなってしまった。っていうかこいつのこれは天然なのか? わざとなのか? 両方か?)
「ですが、カシウス様と結婚すればレイラ様は私のお姉様になります。お姉様が呼んでいるなら私もお兄様とお呼びするべきでは?」
「う……それは……」 レイラがしどろもどろになる。
「これから私とお姉様が協力してお兄様の領土拡大を支えていくんですよね? 私はもっと仲良くなりたいです」そう言ってレイラの側に寄る。
「お前は王家のお飾りのはずなんだけどな。カシウスを操る気満々じゃないか。あとお兄様って呼ぶな。禁止だ、禁止」
「操るだなんて。カシウス様はとても優しい方で毎日お話しているんです。今日もお花を頂いたんですよ」 シンシアは嬉しそうに笑う。
「はぁ……レイラ、報告書読み終わったぞ。礼を言うのが遅れたけど今回は本当にありがとな、途中で結婚パーティーにも来てくれたし」
「いえ、私よりもレイラ会の皆さんの方が大変だったと思います。後で労ってあげてください」
「わかった」
「私もお祝いが遅れました。お兄様、ご結婚おめでとうございます。サイリス様とも是非お会いしたいです」 シンシアがお祝いを述べる。
「なんとなくありがとうと言いたくない。後でこっちに来るけど、サイリスには近付かせない」
「お兄様、先ほどからシンシア様に冷たすぎませんか? 少し可哀想です」 レイラが言った。
「あのなぁ……」
「そうです、可哀想です。でもお姉様も冷たいです。遠慮せずシンシアと呼んでください」
「え? でもまだ……」
「呼んでくれないと王妃として頑張れそうにありません」 シンシアがわざとらしく下を向く。
「えっと、じゃあ……シンシア」 レイラが恥ずかしそうに呼ぶ。
「はい! 一緒に頑張っていきましょうね、お姉様」
シンシアが満面の笑顔で答えると、山田は大きなため息をついた。
* * *
ライエル王国の王城で山田が企画したパーティーの準備が進む中、会議室に山田と王都の商人ギルドの主要メンバー五人が集まっていた。
「集まってくれて感謝する。大事なお願いがあって今夜のパーティーの前に相談しておこうと思ったんだ」
「魔王様の招集には我々全員すぐに参ります」 ギルドを束ねるバルガスが言った。
「さて、まず確認したいんだけど、君たち儲かってるよね?」 山田が軽い調子で切り出す。
「え? は、はい! 魔王様のおかげで順調に商売は拡大しております」 バルガスが少し焦りを見せる。
「全員順調どころか恐ろしいほど儲かってるよ。魔王様のお願いを聞き終わったら私らもひとつ聞きたいことがあるんだ」 イリヤが口を挟んだ。
「なんだ? 先に言っていいぞ」
「じゃあ聞くけど……このまま続けていいのかい? ある日突然、貴族扱いで粛清されないかみんな気になってるんだ」
部屋に緊張が走る。
「あぁそのことなら俺からのお願いとも被るからちょうどいいな」
「例えばバルガスを見て欲しいんだけど、こんな貴族様みたいな趣味の悪い格好をしても許されるのかい?」 イリヤの言葉にライラもしきりに頷く。
「イリヤ! 魔王様の前でそのような……魔王様、ご不快でしたらすぐに改めますので」 バルガスが焦って頭を下げる。
「別にいいぞ。以前、貴族をまとめて粛清したのは金を持ってたからじゃない。尊厳を踏みにじってたからだ」
「なるほど、人身売買なんかはまさにそうですね」 ゲオルグが言うとフリオも同意する。
「そう。ああいうのを許すと治安が決定的に悪くなる。で、バルガスはそれと似たようなことをしてるのか?」
「そのようなことは決して! ただ、非常に順調な我々は多くの商売敵を苦境に追い込んでいると言えるかもしれません」
「商売だからなぁ、こればかりは俺も正解はわからない。ただ、俺が優遇しすぎてるのは確かだから二つ頼みがある」
五人が真剣な表情で聞き入る。
「一つめは、儲かりすぎた分をできる範囲で巷に還元してくれ。例えばイリヤなんかは実践中だろ? 孤児院増やすって聞いたぞ」
「そう言ってもらえると嬉しいよ」
「バルガスの商売は公共性が高いから例えばそうだな、魔王横丁と往復できる無料の馬車をいっぱい走らせるとか」
「なるほど、早速検討させて頂きます」
「ゲオルグもファーレンが復興したら鉄の取引で相当利益が出るだろうから、あっちで雇用を増やすことも考えてみてくれ」
「もちろんです」
「私は日々みんなを笑顔にしているので問題ないですね」 ライラが胸を張る。
「ライラはまず従業員を笑顔にしろ」
「え? みんな笑顔ですよ?」
(ダメだこいつ、まるで自覚がない)
「さて、二つ目のお願いだが、失格になった王家の連中を引き取って欲しいんだ」
「なかなか厄介なお願いだね」 イリヤが苦笑する。
「といっても第一王女オルテアと第三王女セリーナの二人だけだ。第一王子は王様が斬ったって言ってたし、第二王子も引き取るらしい」
「ゲオルグから話を聞いたけど王家の人間は結構恨まれてるんだろ? ファーレンから来た人間に見つかったら殺される可能性もあるね」 イリヤが思案する。
「そうなんだ。ブルーネなんかでひっそり働くのが無難だから四大ギルドに相談してもいいんだけど」
「魔王様、それでしたら我々のギルドで二人を引き取って、あちらのギルドと交渉します。お任せください」 バルガスが言った。
「ホントか? それじゃ頼んだ」
話が一段落したところで、フリオが口を開く。
「魔王様、実はひとつご報告が」
「どうした?」
「私の商会はライラ商会の傘下に入ることになりまして、私は主要メンバーから外れることになります」
「え? ライラになにかされたのか? 懲らしめてやろうか?」
「私は何もしてません!」 ライラが怒る。
「以前からそういった話はあったのですが、ライラ商会長と話し合って決めました」
「そうか。了解だ。これまで世話になったな」
「とんでもございません。こちらこそ本当にありがとうございました! メンバーの後任はチェイス商会長になる予定です」
「チェイスか。レイラと提携して絶好調なんだろ?」
「はい。魔王様が考案されたトランプを主力商品として売り出し、非常に勢いのある商会です」
「売れててなによりだ。それにしてもライラはジュエリーまで取り込んだわけか。香水はすでにやってるんだっけ? コスメもそのうち本格的に始めるんだろうなぁ」
山田の言葉に皆が首を傾げる中、ライラの瞳が異様な光を宿す。
「そのうち高級ワインやシャンパンも扱って、ファッションショーも開催……あ、魔王国でやるのはアリだな」
するとライラが立ち上がり、スタスタと歩いてくる。山田の目の前に立つと、顔を近づけてきた。
「なんだ? 顔近い近い」
「前から不思議だったんですけど、魔王様はなぜそんなに色々知っているんでしょうか?」 ライラがじっと目を覗き込む。
「え? そりゃ魔王だからな」 山田が適当に言い訳する。
「戦争や魔法ならそれで納得ですけど、先ほどから聞いたことがない話ばかり……しかも私の商売分野ですよね?」
「ま、まぁそうかもな」
「普通の人間なら強引に私のものにして商会に縛り付けたいぐらいです」 ライラは更に顔を近づけ、探るように山田を見る。
「ライラ、そんなこと言ってるとサイリスに八つ裂きにされるよ。魔王様は結婚したばかりなんだ。でもどこで情報を仕入れてるのか私も知りたいね」
「魔王様、私にも是非ご教示を!」
「魔王様! 商会の相談役に!」
(シンシアといい、時間の問題かもなぁ。監視のアラートさえなければ情報も切り売りして使えるし、ポンコツ女神と交渉する方法ないかな)
* * *
王城のパーティー会場にはライエル王国とファーレン王国の関係者が多数集まっていた。
壇上にレイラが上がると全員の視線が集中する。
「皆さま、本日はようこそお越しくださいました。本日のパーティーは、魔王様からのご提案により、ライエル王国とファーレン王国の代表、そして関係者の皆さまに交流を深めていただく場として催されております」
「開宴に先立ちまして――魔王様のご厚意により、審査に尽力くださったレイラ会の皆さまへ、特別な贈り物をご用意いたしました」
レイラ会の面々が興奮気味に顔を見合わせる。山田が壇上に上がり、珍しく丁寧な口調で説明を始めた。
「今回皆さんには魔王国が開発し、ライラ商会がデザインを手掛けたレイラブランドの新作の魔導靴を贈呈します。少しの魔力で長時間暖かくなり、疲労回復効果もあります。箱はレイラ王女のサイン入りです」
会場がざわつき、レイラ会の面々は喜びを隠せずにいる。
「この城は妙に冷えるので重宝すると思います。近々ライラ商会で販売が始まりますので予約はお早めに」
レイラが感謝の言葉を添えて靴が入った箱を一人ひとりに手渡すと、感激のあまり泣き出す者もいた。
「魔王国でも冷え性に悩む魔族は多く、すでに量産が始まっている廉価な”ぽかぽかシューズ”は飛ぶように売れています。デザインも豊富なので取り扱いを希望する商会は相談してください」
「なんか靴の宣伝始めたぞ」「本当ですね……」「私は絶対欲しい。シンシア、ファーレンにも売ってもらいましょうよ」「私も欲しいので頼んでみます。あのレイラブランドの靴も素敵です」
固まっていたファーレン王国の四人が話し合う。
「それでは――ここにパーティーの開宴を宣言いたします。皆さま、どうぞ心ゆくまでご歓談をお楽しみください」
レイラの宣言とともに会場が熱を帯びる。山田はシンシア達の方へと歩み寄った。
「合格おめでとう。カシウスの戴冠式は後日になると思うが帰ったら早速復興に取り掛かってくれ。俺に沢山貢げるように迅速にな」
「ありがとうございます。頑張りますね」シンシアが笑顔を見せる。
「黒曜騎士団のチェスターからドーシャの報告があがってきてるんだが、かなりひどい状態みたいだから優先的に進めてくれ」
シンシアたちは真剣な表情で頷いた。
「魔王様、ひとつご相談が」
山田が顔で促すと、フラムが声を上げた。
「婚約者のメアリーとの結婚は進めてもいいでしょうか」
「いいぞ。細かいことまで口出しはしない。そうだ、忘れてた。その婚約者とフィーネの家族を呼んでたんだ。ずっと来たがってたらしいからな」
フラムとフィーネは驚いた様子を見せ、山田の指示でメアリーとフィーネの家族が現れると駆け寄り喜び合った。
「キースも決闘なかなか良かったぞ。俺も《アース》は普段から練習してるから参考になった」
「ありがとうございます! 魔王様は決闘がお好きなのですか?」
「提案したのは初めてだ。やってみたかったんだ、あの合図」
「え? 合図、ですか?」
「キースには特別にあのとき使った金貨を進呈しよう。俺が金をあげるなんて滅多にないことだから感謝しろ」
山田が懐から金貨を取り出し、キースに渡す。
「ありがとうございます! 大事にします」
「良かったですね。キース兄様」
シンシアの笑顔に場が和む。
山田はライエル王の方へと向かった。レイラ会のシュリが隣で話している。
「山田殿! このような盛大なパーティーを企画してくださり、心より感謝します」
「シュリさんとなにを話してたんだ?」
「私に稽古をつけてくれないかと頼んでおったのです」
「あれって魔法の身体強化だよな。魔王国で働いてみない? レイラ以上の待遇は保証する」
「い、いえ、そんな……私のような者が……」
シュリが恐縮すると、レイラが遮った。
「絶対ダメです!」
「それは残念だ。働きたくなったらいつでも声をかけてくれ」
そんなやりとりの最中、会場にサイリスが姿を現す。華やかな装いに視線が集まる。
「お、来た来た。じゃあまたあとでな」
山田はサイリスのもとへと歩いていくと傍らにいたカシウスがレイラに声を掛ける。
「レイラ、少し話せるか?」
「はい、なんでしょう?」
二人は会場を出て人気のない場所に移った。
「お兄様、お話というのは?」
「すまない、パーティーの最中に。いつも忙しそうにしているからなかなかタイミングがなくて」
「大丈夫ですよ」
「その……ファーレンに行く前に一度謝っておきたいと思ったんだ」
「なにを、でしょう?」
レイラの声が低くなる。
「王城に戻ってからレイラがどれほど頑張ってきたかよくわかったんだ。レイラが本当に大変なときに私は兄としてなにもせず教会で自分の不幸を呪っていた。本当にすまなかった!」
カシウスが深々と頭を下げる。
「頭を上げてください。お兄様は王城への立ち入りを禁止されていたんですから」
「それでも……許してくれとは言わない。今後もレイラの指示通りにファーレンの国王として全力でやっていくつもりだ」
「わかりました、お願いしますね」
「それと……ひとつ相談が……」
言い淀むカシウスを見てレイラが促す。
「シンシア王女のことなんだが……好きになっても問題ないか?」
意外な問いかけにレイラがきょとんとする。
「お兄様は面白いことを言いますね」
「いや、その……わかるだろ?」
「大丈夫ですよ。魔王様とシンシアさんで話はついていますし。大切にしてあげてください」
「そ、そうか。良かった。ありがとう」
照れた様子で言う兄を見て、レイラは柔らかく微笑んだ。
「会場に戻ってシンシアさんのところに行ってあげてください。婚約者をひとりにしてはダメですよ」
「そうだな、わかった! 行ってくる!」
カシウスが嬉しそうに会場へ戻っていく。
「はぁ……」
レイラが小さくため息をついた。
「恋は人を変えるんですね……私も……はぁ……」
ぼんやりしていると、山田とサイリスが歩いてくる。
「おーい、レイラ! 探したぞ、こんなところでなにしてるんだ」
「お兄様……」
「カシウスが走っていったけどなんかあったのか?」
「いえ、少し相談していただけです」
「そうなのか? 俺でよければ話を聞くぞ」
山田を見て、レイラは少し寂しげな表情を見せる。
「お兄様には絶対に教えません。ほら、お姉様、いきましょう。シンシアを紹介しますね」
レイラはサイリスの腕を取り、山田を置いて歩き出す。
「え? おい、ちょっと。なんか悪いこと言ったか? っていうかあいつに会わせるな!」
山田は慌てて二人を追いかけていった。
【Invocation Protocol: ARIA/Target:YAMADA】
「アリア様、条件に合致した者が出ました」
「待ちくたびれたわ。それでは始めましょう」
――― 第一部・魔王VS勇者編 閉幕 ―――
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