第89話【ファーレン王家サバイバル:後編】 ※約6000字
前回の発表から二週間後。
再び七人は集められていた。皆が口数少なく黙って待つ中、レイラ達が入ってくる。
「それでは現在の審査状況をお知らせします。次回が最終発表となります」
最終と聞き、全員に緊張が走った。
「まず女性一位はシンシア様、二位オルテア様、三位フィーネ様、そして四位がセリーナ様です」
結果を聞いてフィーネが顔を覆う。
「一つお知らせします。シンシア様はオルテア様と大差がついているため一位で確定とさせて頂きます。おめでとうございます」
部屋が騒然とする。オルテアが肩を震わせる。
「ありがとうございます」 シンシアが礼を述べた。
「シンシア様にはこれまでと同様に生活して頂きますが、講義や試験は全て免除します。後ほど相談します」
「承知しました」
そこでフィーネが声を上げる。
「レイラ様、私とオルテア姉様の差はどれぐらいなの? 教えてもらえない?」
「そうですね……わかりました。僅差です。ですので最後の期間次第かと思います」
「なっ!」 驚くオルテアの表情と対照的に、フィーネの表情は明るくなる。
「それでは次に男性ですが、一位はフラム様……」
次の瞬間、シューレンが勢いよく立ち上がった。
「馬鹿な! なにかの間違いではないですか?!」
「間違いではありません。厳密に精査された結果です」 レイラが淡々と答える。
「よしっ!」 フラムが拳を握り、笑顔を見せる。
「二位はシューレン様、三位がキース様となります」
「あの……レイラ様。私にも教えて頂けませんか、シューレン兄様との差を」 キースが声を上げる。
「キース、お前……」
シューレンがこれまで見せたことのない表情でキースを睨みつける。
「わかりました。お二人は非常に判断が難しいのですが、筆記においてはシューレン様、実技はキース様がそれぞれ成果を上げていますので、こちらも最後の期間次第です」
「ありがとうございます!」 キースが深々と礼をする。
「内容は以上です。それではシンシア様はついてきてください」
レイラ達と共にシンシアは部屋を後にした。
「フラム……キース……ずっと私がお前たちを守ってきたというのに……許さないぞ……」
シューレンが凶悪な目つきで二人を睨みつける。
「あ、あの……兄様……」 キースが怯えた様子で言い淀む。
「キース、ビビったら負けだ。兄さん、俺達はあんたを脱落させてファーレンに帰る。脅しても無駄だ。キース、行くぞ」
フラムはそう言い、二人で部屋を出ていった。
するとオルテアがシューレンに近づいた。
「シューレン兄様、フラム達とフィーネはシンシアと結託しているの! 私達も対抗して一緒に……」
「うるさい! お前などただの足手まといだ! どいつもこいつも……」
吐き捨てるように言い残し、シューレンも部屋を出ていった。
* * *
「オルテア姉様」
廊下を歩いていくオルテアをセリーナが呼び止めた。
「なに?」
「あの、私はどうしたら……」 セリーナがすがるように言う。
「シンシアが確定してしまった以上、あなたはもう無理ね」
「そんな……お姉様、助けて下さい……」 セリーナが涙を浮かべる。
「私がファーレンに戻ったら支援するわ。それまでなんとか耐えなさい」
「でも……お母様のように魔王国なんて……お姉様、お願いします……」
セリーナがオルテアを引き留めようと腕を掴む。オルテアが振りほどくとセリーナは廊下に倒れた。
「しつこいわね! 少しは自分でなんとかしなさい! 私はもうあなたに構っている余裕はないの!」
そう言い残し、オルテアは歩き去っていった。
その日の夜、セリーナ王女は部屋で倒れ、数日後、失格となった。
* * *
レイラに連れられ、シンシアは別室へ入った。
「シンシア様、お掛け下さい」
「ありがとうございます」
シンシアが腰を下ろすと、レイラは少し表情を和らげた。
「お疲れさまでした、シンシア様。魔王様の予想通り、あなたの成績は突出していましたので先に確定しました」
「ありがとうございます。魔王様は私のことをどのように?」
シンシアが尋ねると、レイラは少し迷ってから口を開く。
「“どうせ勝つだろうけど一応受けさせろ。周囲も取り込まれるだろうから注意しろ”と……」
「そこまで評価して頂けるなんて光栄です。でも、取り込むだなんて少し心外ですね」 シンシアが冗談めかして言う。
「実際にフィーネ様やフラム様、キース様はあなたなしで戦えない状態です。それにカーラさんともいつの間にかかなり親しくなっていますし……」
「レイラ様! 私は決して買収されては……」 聞いていたカーラが慌てる。
「わかっています、カーラさんのことは信頼しています」 レイラが微笑みかけた。
やがてレイラは真剣な表情となり、シンシアに告げる。
「シンシア様、大事なご相談があります……兄と婚姻を結んで頂けませんか?」
「はい、承知しました」
即答したシンシアに、レイラは目を丸くする。
「え、あの……内容はわかっていますか? 結婚ですよ?」
「もちろんです。始めからそういうお話だと思っていましたので」
「そ、そうですか……良かったです。後ほど兄が参りますので……」
「カシウス様がファーレンの国王になる、ということで間違いないでしょうか?」
「はい……そこまでわかっていたんですね……」 レイラの声がどんどん小さくなっていく。
「私を王妃にして王家の権威だけ残し、カシウス様を通して魔王様が間接的に統治すると。あの方らしいです」
「……その、抵抗はないのですか?」
「多少はありますが、民の上に立つ王家の人間は本来そういうものですから。仮に西のガイロス帝国に占領されたら家族全員処刑されているでしょうし、魔王様はとても優しいです」
「そうですね……三年前に即位した現在の皇帝は特に苛烈と聞いています」
少し空気が重くなったところで、シンシアが明るく言った。
「レイラ様、最後まで兄達を手伝っても構いませんか?」
「はい。講義の免除で時間ができると思いますので、ファーレン王国での商売を希望されている方々や魔軍の方との話し合いをお願いします。魔王様があなたなら問題ないとのことですので」
「承知しました。あとでカシウス様にもお会いできるんですよね? 直接お話するのは初めてなので楽しみです、少しドキドキしてきました」
楽しそうに語るシンシアを見て、レイラは小さくため息をついた。
「カーラさんも大変ですね……ありがとうございます……」
カーラが複雑な表情を浮かべると、シンシアは二人を見てニッコリと微笑んだ。
* * *
発表の次の日から全員が鬼気迫る様子で課題をこなしていった。
「姉さん、今日の内容はどうだった?」
「バッチリよ、試験もいけるわ。キースも頑張りなさいよ」
「はい! 姉様も」
まるで聞かせるように大きな声で三人が会話すると、シューレンとオルテアは足早に部屋を出ていった。
数日経ったある夜。オルテアは部屋で荒れていた。
「もうなんなのよ! どうせシンシアが入れ知恵をして……シューレン兄様も無視するし……」
審査員のシュリが部屋の隅に立って見ていると、オルテアは部屋の中を歩き回る。
「こうなったらフィーネをなんとかして……なに見てるのよ! 殺すなんて言ってないでしょ!」
シュリに当たり散らすと、無造作に椅子を蹴り倒す。
「もう確実に勝つにはこれしか……ねぇ、あなた。シュリって言ったわよね?」
「はい」
「レイラ会の最上級会員って聞いたけどここでいくらもらってるの?」
「オルテア様、審査員の買収行為は禁止されています」 シュリが冷静に答える。
「ここには私とあなたしかいないから安心しなさい。いくら欲しい? 私がファーレンに戻ったら一生遊べるほどあげるわ。土地も家も、必要なら男も沢山紹介してあげる。どう?」
「必要ありません。それではレイラ様に報告してきます」 シュリが出ていこうとする。
「待ちなさい……そこから一歩でも動いたらあなたを破滅させる。大人しく提案を受け入れなさい」 オルテアが低い声で言った。
すると、シュリは足を止め、懐から鈴のようなものを取り出して手をかざした。
耳をつんざくような大音響が響き、オルテアは思わず耳を塞ぐ。
「な、なによそれ……なにをしたの」
「レイラ様から頂いた緊急時に使用する魔導具です。少々お待ちください」
ほどなくして、部屋に兵士が雪崩れ込み、オルテアを取り押さえる。
「離して! 離しなさいよ! 私は何もしてないわ! この女が私を罠にはめたのよ!」
騒ぎを聞きつけてフィーネ達が駆けつけ、遠巻きに様子を見守る。ほどなくしてレイラがやってきた。
「シュリさん、大丈夫でしたか? お怪我は?」
「いえ、問題ありません」
「良かったです。報告は明日で構いませんので私の部屋へ」
レイラが兵士に指示を出し、オルテアは連れ出された。その様子を見たフィーネの顔に歓喜の色が浮かんだ。
翌日、オルテア王女は不正行為により失格となり、フィーネ王女がファーレン帰還の権利を手にした。
* * *
最終発表日。
すでに結果が確定したシンシアとフィーネが見守る中、レイラが発表を始めた。
「一位はフラム様です。おめでとうございます」
「よし!」
フラムは喜ぶと、すぐに真剣な表情になり次の結果を待つ。
「二位ですが……審査が難航したため、シューレン様とキース様に魔王様からご提案です」
「なんでしょうか?」 シューレンが尋ね、キースも真剣に耳を傾ける。
「決闘で決めてはどうか、とのことです。決着はどちらかが戦闘不能になるまで。武器や魔法は全て使用可能。即死しない限り、魔王様が治療されるとのことです」
「それは、殺しても問題ないということでしょうか?」 シューレンが低く尋ねる。
「はい」
「わかりました。望むところです」
「キース様はいかがされますか?」 レイラが問う。
「私は……」 キースがフラムを見ると、フラムは頷いた。
「やります」
* * *
シンシアの部屋にフラムとキース、フィーネが集まっていた。
「大変なことになったわね、大丈夫なの?」 フィーネが言う。
「キースならやれる。というか姉さんはなんでいるんだ?」 フラムが問い返す。
「なによ、今更仲間外れにするの? それにあんな風になったシューレン兄様が戻ったら厄介でしょ。キース、頑張りなさいよ」
「はい、絶対勝ちます」
「それでは始めましょう。今までフラム兄様が観察し続けたシューレン兄様の剣筋の情報が役に立ちそうですね」 シンシアが冷静に言った。
「あぁ、だが恐らくなりふり構わず攻撃してくるだろう。勢いに流されたら終わりだ」
「ではキース兄様が得意な《アイス》と《アース》を中心に作戦を考えましょう」
四人は決闘に向け、遅くまで作戦を練り続けた。
* * *
決闘当日。
王城の中庭は静まり返り、集まった兵士たちの鎧がわずかに鳴る音すら緊張を際立たせていた。
ライエル王の傍らにはレイラとカシウスが並び、視線の先には二人の王子が腰を下ろし、ただその時を待っている。
やがて空から風を切る音が降りてきた。兵士たちの間にざわめきが広がり、山田とアイラの姿が舞い降りると、一斉に息を呑む音が響く。山田はライエル王とレイラへ短く言葉を交わし、真っ直ぐに歩みを進めると、立ち止まり二人の王子を見据えた。
重圧に押されるように、シューレンとキースが立ち上がり、互いに剣を構えて対峙する。
山田の指先から弾かれた金貨が宙を舞う。きらめく軌跡が落下し、硬い石畳に触れた瞬間――戦いの幕が上がった。
猛然と飛び込んだのはシューレンだった。唸る剣を必死に受け止めるキースの腕が震える。火花が散り、押し返される刹那、距離を取ったキースへ炎が迫る。咄嗟に魔法障壁を張り、爆ぜる火花に顔を歪めながら踏みとどまる。逆に鋭利な氷柱を放つが、障壁にかき消され砕け散る。
再び突進する刹那、地面が沈み、シューレンの足元が崩れた。体勢を崩した隙を逃さず、キースの放った氷柱が次々と突き刺さる。
血飛沫を撒き散らしながらも、鬼の形相で斬りかかるシューレンの剣がキースの腕を裂いた。鮮血が飛び散り、痛みに呻きながらも後退する暇を与えない連撃。斬撃の嵐に押し込まれ、キースは膝をつく。肩を蹴り飛ばされ、地面を転がると、追撃の刃が肩口に深々と突き刺さった。
絶叫。痛みに顔を歪めながらもキースはその剣を掴み、震える手から冷気が奔る。瞬く間にシューレンの腕が凍りつき、叫び声が上がった。さらに足元へ手を伸ばし、氷が這い上がる。足を捕らわれ、動きを失ったシューレンの身体へ、無数の氷柱が容赦なく叩き込まれた。
砕け散る氷と鮮血の中、やがてシューレンの体が動かなくなる。肩口に剣を突き立てられたまま、キースは必死に立ち上がった。
その姿を見た瞬間、張り詰めていた空気が破れ、大地を揺らすような歓声が響き渡った。
* * *
山田が二人を《ヒール》で回復させると、レイラが進み出た。
「キース様の勝利です。おめでとうございます」
フラムとフィーネがキースに駆け寄り、手を取り合って喜ぶ。
「馬鹿な……私が……」
シューレンが呆然と座り込んだ。
「シューレン様の今後については改めてお知らせします」
「待ってください」
シューレンがレイラを呼び止めると、山田達もその姿を見る。
「やり直しを希望します……いや、そもそも試験など必要ない。私はファーレンに戻ります」
「失格の方がファーレン国内に戻ったときにどうなるかはお伝えしましたよね?」 レイラが冷たく告げる。
「だから最初からこんな試験など無意味なんだ! ファーレンには私が必要なんだ!」
声を荒らげるシューレンに、フィーネやフラム達も息を呑む。
「必要ないというのが魔王様と私達の出した結論です」
「魔王! 魔王だって?! こんなふざけた奴が王?! こんな奴に王を名乗る資格はない!」
「それを言われると困るな。たまに俺も自分で思うときがある」
山田がふざけた調子で言うと、レイラが呆れ顔で山田を見た。
ライエル王が立ち上がり、剣を抜く。
「山田殿、私が処分します。よろしいですな?」
「いいけどレイラもいるんだから別の場所でやれよ。レイラ会の人達もいるんだし」
「なるほど、おっしゃる通りですな」
ライエル王が兵士に指示を出そうとした瞬間、シューレンが叫ぶ。
「魔王! 貴様が王だと言い張るなら正当な王位継承者の私と決闘しろ!」
「お?」
山田が笑顔を見せると、レイラが強い声で制止する。
「認めません。それにあなたはもう王位継承者ではありません。身の程を知りなさい」
「なんだと……? 王女風情が私に身の程を知れだと! 無礼な貴様から殺してやる!」
シューレンが剣を構え、レイラに突進する。
山田が咄嗟に手を上げ、ライエル王が前に出ようとしたが、それよりも速く閃光が走り、シューレンの腕が宙に舞う。
地面へ崩れ落ちたシューレンは、残った腕で喉を押さえ、血に咳き込みながら呻いた。
凍りついた沈黙の中、シューレンの背後にレイラ会のシュリが立っていた。
無駄のない所作で短剣を収め、一礼する。
「レイラ様、無礼者を無力化しました。二度と余計な口を利かぬよう、喉も潰しております」
「ありがとうございます、シュリさん」
「え? え?! なんだ今の? なにこの人」 山田が驚愕の声を上げる。
「凄いでしょう、シュリさんは会員の方の中で最も戦闘能力が高いんです」
「マジか、どこにいたんだこんな人材」
「秘密です」
レイラが悪戯っぽく微笑むと、シュリは恥ずかしそうに俯いた。
【Invocation Protocol: ARIA/Target:YAMADA】




