第86話【サイリスとレイラ】
凱旋パレードから1ヶ月後、魔王城では山田とサイリスの結婚パーティーが開かれていた。
会場では音楽が鳴り響き、皆が楽しく語り、踊る中、山田とサイリスのもとに順番に参加者がお祝いを述べに訪れていた。
「魔王様! サイリス殿! この度はご結婚おめでとうございます!」
ガイアが大きな声で祝福する。
「ありがとう。王国からわざわざ来てもらって悪いな」
「なにをおっしゃいますか。魔王様と戦友のサイリス殿のご結婚とあらばいつでも駆けつけます」
「ありがとうございます、ガイア軍団長。戦友と呼んで頂いて光栄です」 サイリスが微笑む。
しばらく話した後、ダリスとジーン、そして3人の子ども達がやってきた。
「魔王様、サイリス様、おめでとうございます!」
子ども達が口を揃える。
「ありがとう。ダリスもファーレンからよく来てくれた」
「いえいえ! 本当にご結婚おめでとうございます」
「魔王様、サイリス様、ご結婚おめでとうございます」 ジーンもお祝いの言葉を述べる。
「ありがとう、ジーンさん。アカデミーももうすぐ開校だから楽しみにしてるよ」
「はい、頑張りますね」ジーンが笑顔で答える。
パーティーを仕切って走り回っているギギを見つけると、山田が呼び止めた。
「ギギ、色々ありがとな。ちょっと休憩したらどうだ」
「はい、では少しだけ」 ギギが近くに座る。
「サイリスのことだけど、マギアの都市長で決まりだ」
「了解しました。私としては軍団長の座をお返しすべきだと思っていたのですが」
「もうあなたが立派に役目を果たしているので私の出る幕ではないわ。これからもお願いね」 サイリスが言った。
「はい!」
参加者とやりとりを続けていると、服飾店を営むミリアと息子のベックが現れる。
「魔王様、サイリス様、この度はご結婚おめでとうございます」
「ご結婚おめでとうございます!」
ミリアに続いてベックも元気よく言った。
「ありがとう。ベックもありがとな」
「ミリアさん、このような素晴らしいドレスをありがとうございました」
サイリスが着ているドレスを見ながらお礼を述べる。
「とんでもございません。本当にお綺麗で素晴らしいです」 サイリスとミリアがしばし談笑する。
「そういえばベックはアカデミーに入るんだって?」 山田がベックに尋ねる。
「はい! 開校を楽しみにしています!」
「良かったな。また中の話を聞かせてくれ」
「もちろんです!」
しばらくすると、レイラが現れた。
「山田様、サイリス様、ご結婚おめでとうございます。パーティーに招待して頂いてありがとうございます」
「ありがとな。王国からわざわざ来てもらったし、楽しんでいってくれ」
「はい」
そこでサイリスが山田に話しかける。
「少しレイラと2人で話してきてもいいでしょうか?」
「わかった。じゃあ、俺はあっちでサイリスの両親と話してるよ」
* * *
パーティー会場を出て、サイリスとレイラは静かなテラスに出た。
夜の冷たい空気が二人を包む。
「サイリス様、なにかお話が?」
レイラが少し緊張を含んだ声で問いかける。
サイリスは手すりに手を置き、夜空を見上げた。
しばらくの沈黙の後、サイリスが口を開く。
「気持ちの整理はできそう?」
不意の言葉に、レイラの表情が固まった。
「え、あの……おっしゃっている意味が……」
「わかっているでしょ?」
真っすぐな視線に射抜かれ、レイラはハッとして頭を下げる。
「本当に申し訳ありません! このような日にそんな風に思わせてしまって! すぐに帰ります!」
「いいのよ。あなたとはずっと仲良くしていきたいし、このような日だからこそ一度本音で話し合うべきかと思って」
「そんな……私……」
言葉を失うレイラに、サイリスは穏やかだが強い声で続ける。
「レイラ、私はあなたのことを本当に家族だと思っているの。山田様が言ったからではなく、私自身の気持ちで」
「サイリス様……」
「あなたはどう? 私には話せない?」
「そんなことは! 私もサイリス様のことを心から尊敬しているんです!」
サイリスは微笑みを浮かべると、胸の奥を吐き出すように語り始める。
「本当に長い間、人類と殺し合っていたから、山田様の方針にも最初はやはりどこか抵抗があったの。正直、あなたのことも受け入れる気になれなかった」
レイラは俯き、指先を強く握りしめて黙って聞いている。
「でも逆境の中で必死に努力し、ついには勇者を倒す決断までしたあなたの強さを見て考えが変わっていったわ」
「そんな……私は弱くて……あなたに憧れて必死に追いつこうと……それに……」
「山田様に認めてほしかった?」
「え……あの……今のは……そんなつもりじゃ……」
サイリスは目を細め、静かに言葉を落とす。
「山田様はね、いつもあんな調子だけど相手のことを本当によく見ているの。だからみんな否応なく自分という存在を試されてしまう」
「そう、ですね……私もそう思います」
「自分のことをちゃんと見てくれる人は少ない。だから好きになってしまうこともある、私もそこから始まったわ」
「サイリス様……」
「あなたはどうかしら?」
サイリスの眼差しにレイラは大きく目を見開く。胸の鼓動が早鐘のように響いた。
「あの……私は……
私も……そう、だと思います……
ごめんなさい……こんな……」
かすれた声がようやく絞り出されると同時に、レイラの瞳から涙が零れ落ちた。
「ありがとう、話してくれて」
「ごめんなさい……ごめんなさい……私は最低なことを……」
泣き崩れるレイラを座らせ、サイリスは肩に手を置いて優しく語りかける。
「レイラ、聞いて。あなたが心の底から山田様を愛しているなら私もそれを受け入れてあなたと本気で戦っていく。私も譲るつもりはない」
「そんな……そんなこと……」
「でも、そうではないならゆっくり気持ちを整理して退いて欲しいの。あなたの心に聞いてみて欲しい」
レイラが顔を上げると、真剣な眼差しが返る。
レイラは震える手で涙を拭き、静かに目を閉じた。
やがて小さな声で語り出す。
「私はずっと城の中で不自由なく暮らしていました。
そこにあの人が現れて……魔王城に連れて行かれたときは恐怖に震えていました。
そんな私に優しく、でも厳しく接してきて私の世界はどんどん変わっていきました。
そして戦争のことも何も知らなかったことを思い知りました。
そのことを責めるわけでもなく、私がこれからどうするのかを常に見ている感じで
……私は必死になりました。
何度も褒められて、私は嬉しくなって……王国に戻ってからもずっと見守ってくれて
……気付けば好きになっていたんだと思います。
でも……ずっと一緒にいたい……という気持ちとは少し違う、気もします。
ずっと見守っていて欲しい。私という存在を見ていて欲しい。
だから……すぐには難しいですけど……大丈夫だと思います」
言い終えた瞬間、レイラは我に返ると慌てて弁解する。
「すみません! 私は何を馬鹿なことばかり……」
「いいえ。本当にありがとう、レイラ。偉そうに言っておいて情けない話だけど、少しホッとしてしまったわ。あなたは本当に手強いもの」
サイリスが優しく笑いかける。
「いえ! 私なんて最初から勝負になりません!」
レイラが真っ赤になって言う。
小さな笑いが生まれ、張り詰めていた空気が和らいでいく。
「それに……山田様はサイリス様一筋ですから」
「レイラ……」
「本当におめでとうございます。心から幸せを願っています」
レイラが笑顔を見せる。
「ありがとう、レイラ。それに、山田様だけじゃなく私も家族としてあなたを見ているわ」
「ありがとうございます。それだけで私は十分幸せです」
レイラは大きく背伸びをして深呼吸をし、夜空に向かって吐き出した。
「私にもいい人が現れるでしょうか?」
「そうね。でも、あなたはもう待つ人間ではないでしょう? そうと決めたら、探して、幸せを掴みとる。違うかしら?」
「もう、サイリス様。でも、そうですね……そうします」
二人は笑い合う。
「家族なんだからそろそろ他人行儀な呼び方も変える気はない?」
「え……えっとじゃあ……お姉様?」
「なかなか新鮮な響きね。私はひとりだったから」
「これからもお願いします。サイリス姉様」
* * *
「随分長いこと話し込んでたんだな。みんな心配してたぞ。なにを話してたんだ?」
山田が戻ってきた二人に声をかける。
「秘密です。ね? お姉様」
レイラの言葉に、山田はサイリスを見やる。サイリスは静かに微笑んだ。
「なんだ? なにがあった? 教えてくれよ」
「もう、お兄様は本当に困った人ですね。ほら、二人とも呼ばれてますよ」
「お、お兄様? 一体なにが……後で説明しろよ!」
その後もパーティーは遅くまで続き、マギアの街は夜更けまでお祭り騒ぎに包まれていた。
【Invocation Protocol: ARIA/Target:YAMADA】




