第8話【魔王山田、部下を強化しまくる】
夜。要塞内では兵士たちが慌ただしく行き交い、負傷者が次々と運ばれていた。
司令室。
「予想以上に厳しい状況だが、皆よくやってくれている」
山田の言葉にギギが続ける。
「勇者の砲撃を許したのが痛手でした。被害が大きいですが、再編を急いでいます」
「頼む。ガイア、体の調子はどうだ?」
「魔王様のヒールで腕も元通りです。 明日こそは必ずや勇者を」
「あれは手がつけられない化け物だが、なんとかするしかない。だが、今日の皆の犠牲でわずかに可能性が見えた」
(対勇者補正は大幅な威力減かと思ったら完全無効とは。そりゃ先代魔王も倒されるだろ)
そのとき、ダリスが司令室に入ってくる。
「ダリス、状況は?」
「死傷者は多いですが、士気は落ちていません! 明日もいけます!」
「今日はよく持ちこたえてくれた。突破されたら終わっていた」
山田は考え込む。
(……もう出し惜しみできないよなぁ。負けたら終わりだし。あのチート野郎の補正は魔王の俺自身に対して、なら抜け道はこれしかない。もうちょっと上限の検証したかったけど……逆に検証できるか)
山田は顔を上げる。
「皆、明日は文字通り命を賭けてもらう。予定が早まる形だが、今から魔力の譲渡を行う」
それを聞いた全員が驚愕する。
「各軍の精鋭は連れてきたか?」
幹部全員が頷く。
「若干見苦しい光景になるから、軍団ごとに実施する。ガイアからだ」
「はっ。入れ!」
他の幹部は部屋を出て行き、ガイアの部下五人が入ってくる。
山田はガイアの額に手を当てた。
(十滴の大サービス、と)
ガイアが絶叫してうずくまる。
それを見た5人の顔が恐怖に染まる。
(一滴ずつ、と)
5人が全員絶叫と共に悶絶する。
やがて――
「素晴らしいです! 魔王様! 今なら勇者も軽く倒せそうです!」
「頼もしいな」
他の5人も目を輝かせている。
「次、ギギ入れ」
同様の儀式をギギ、ネイ、ダリス達に繰り返し、全員が悶絶しながらも力を得る。
「なんだこれ! 今から敵陣に殴り込みたいぐらいです!」
ダリスが興奮して叫ぶ。
「明日は期待してるぞ。サイリス、入れ」
サイリスとその部隊5人が入ってくる。アイラの姿も混じっている。
「アイラも大活躍だったそうだな」
「ありがとうございます!」
アイラの額に手を当てると、アイラが絶叫してうずくまる。他の4人にも同様に魔力を譲渡する。
「サイリス。明日はお前が切り札だ。こんな状況で試すべきじゃないんだが、思い切って譲渡する。何が起こるかわからないが、覚悟はいいか?」
「はい、もちろんです」
目が爛々と輝いている。
(……死んだりしないだろうな……二十滴、と)
次の瞬間、サイリスが床に倒れる。
「おい、サイリス? ギギ! 来てくれ!」
ギギが入ってきて、サイリスの様子を確認する。
「死んではおりません。恐らく時間が経てば……」
するとサイリスの目がゆっくり開いていく。
「お、気が付いたか」
倒れたサイリスが起き上がり、自分の手を見て、涙を流している。
「魔王様、感謝いたします……」
サイリスは涙を流し続ける。
「うまくいったようだな。よし、全員入れ」
全員が部屋に入ってくる。
「今から俺と親衛隊は出てくる。皆は明日に向けて準備してくれ」
「はいっ!!」
全員の声が室内に響き渡った。
* * *
上空。
山田とサイリスが並んで滞空していた。
「ここからは時間との勝負だ。勇者が来るまでにカタをつけるぞ」
「お任せください、魔王様」
そのとき、空を切るようにしてアイラが飛んでくる。
「魔王様!かなりの数の兵士が川に沿って警戒しています!」
「……さすがに防衛するか。サイリス、いけるか?」
「一瞬で片付けてみせます」
山田は頭の中で魔法リストを探る。
(魔法、魔法……《プロテクト》)
その瞬間、身体が透明なバリアに包まれた。
そのまま山田は猛スピードで地上に向けて降下していく。
それを追い越すようにして、サイリスの放った無数の黒い矢が空を裂いて地上に降り注いだ。
(なんだありゃ……兵士を追尾してるのか?そんな魔法あるのか?)
川の近くに着地した山田の目に映ったのは、混乱に陥った兵士たちの姿だった。
彼らの間から「勇者様はまだか……!」という声が漏れ聞こえてくる。
(間髪入れずに、魔法、魔法……《ロット》!)
水に突っ込んだ山田の手から魔力が放たれた瞬間、水が見るもおぞましい色へと変化する。
「勇者様だ!」
(くそっ……もう来たのか)
山田はすぐさま《フライ》で上空へと逃れる。
だが、その直後――
「ぐっ……!」
地上から放たれた無数の光の矢の1つが山田の足に突き刺さった。
「おのれ……魔王様によくも!」
飛んできたサイリスの怒声が響き、彼女の周囲に無数の闇の刃が出現し、地上へと降り注ぐ。
しかし、地上から再び光の矢が飛んでくる。
「サイリス!撤退だ!」
「しかし魔王様――!」
「明日、存分にやりあえ!今は撤退だ!」
山田とサイリス、親衛隊の面々が空を切って撤退していく。
夜空に、彼らのシルエットだけが残されていた。
* * *
要塞。
山田が足を引きずるようにして司令室に入ると、サイリスがすぐに駆け寄ってくる。
「魔王様!足の怪我は?!」
「大丈夫だ、治した」
その言葉を聞いたサイリスが、心底ほっとしたように表情を緩めた。
(……こいつ、なんか雰囲気変わったな。譲渡しすぎたか?)
そのとき、ガイアたち幹部が勢いよく部屋に入ってくる。
「魔王様!どうされましたか?!」
「騒ぐな。それより――水の汚染は成功だ」
部屋中から「おぉっ!」と歓声が上がる。
(これで……あとは勇者だけか)
【Invocation Protocol: ARIA/Target:YAMADA】