第74話【魔王山田、救世主になる】
魔軍司令部。
「魔王様! 報告です! 敵軍が市民に攻撃を始めたとのことです!」
「はぁ……了解だ」
「残念ながら王家は使えませんね」
山田がため息をつくとダリスが声をかけた。
「揃いも揃って馬鹿しかいないんだな。さーて、仕事の時間だ」
「魔王様、ご命令を。親衛隊はいつでも動けます」
アイラがすぐさま声を上げる。
「禁軍も準備はできています」
ダリスの声も落ち着いていた。
「禁軍は速やかに進軍して全ての関所で敵軍を制圧しろ。市民の救助も忘れるな」
「承知しました!」
ダリスが部下に指示を飛ばしながら足早に歩いていく。
「アイラ。親衛隊の何人かに後方に伝令を。今までで最大の受け入れになりそうだから、食料配布と移住希望者の誘導の準備だ」
「はいっ!」
命令を受けてアイラも部下に指示を出していった。
* * *
関所は修羅場と化していた。
混乱の中、兵士たちが市民に向けて無慈悲に武器を振るい、叫び声と怒号が渦巻いている。
「あいつら、俺達を皆殺しにする気だ!」
「逃げましょう! 早く!」
「くっそぉ……このままやられてたまるかよ!」
だが次の瞬間、関所の向こうから魔軍の姿が現れる。
「嘘だろ……魔軍だ! みんな逃げろ!」 「私たち、死ぬの?」 「もう終わりだ……ちくしょう……」
兵士たちが慌てて体制を整えようとしたその時、空から魔法が降り注いだ。爆発の連鎖が関所を揺るがした。
山道から突撃してきた魔軍に兵士たちが次々と倒されていく。
「聞け! ここは我々が制圧した! 脱出を希望する者はそのまま通れ!」
「山道を抜けたら水と食料も用意している! 我々は危害を加えたりしない!」
禁軍の兵士が大声で叫び続ける。
「俺達……助かったのか?」 「魔軍が助けてくれたんだわ! 行きましょう!」 「あのビラは本当だったんだ……みんなでライエル王国に行くぞ!」
混乱に呑まれていた群衆が、徐々に整った列へと変わっていく。
「怪我人はあちらで治療をする! もう少しだ、頑張れ!」
市民たちは口々に礼を述べながら、山道を歩き出していった。
* * *
別の関所。
「魔王様、本当に行かれるのですか?」
アイラの問いかけに、山田は軽く答える。
「救世主を演出してちょっとでもイメージを良くしないと。護衛は頼んだぞ」
「はいっ!」
山田は腕を振り上げ、《ファイア》を放つ。関所の門が爆音と共に吹き飛ぶ。
「魔軍だ! 撃退しろ!」
地上から魔法が殺到するが、親衛隊が前に出て防ぐ。
「《ファイア》で崩して《アース》で戻して……あれ?」
「魔王様、敵軍が投降しました」 リューシーが戻ってきて報告する。
「了解」
山田はすぐに降下し、地面に足をつける。
「魔王やってる山田だ。指揮官を出せ」
投降した兵士たちは恐怖と動揺の色を隠しきれない。
「魔王?」 「本物か?」 「殺される……」
指揮官に武装解除を命じた後、山田は市民の群れへと足を進めた。
「魔王だ!」 「殺される!」 「でもさっき助けてくれたんじゃ」
群衆のざわめきの中、倒れている老人に目を止める。
「おい、爺さん。どうしたんだ。足折れたのか?」
「ま、魔王……殺さないでくれ……」
恐怖に震える老人に《ヒール》をかけると、足の傷がたちまち消えていく。
「どうだ、歩けるか?」
「足が……奇跡じゃ……ありがとう! ありがとう!」
何度も頭を下げるその姿をよそに、山田は次の負傷者へと向かう。
「ま、魔王様! 夫が! 何度も斬られて……助けてください!」
《ヒール》が発動し、男の胸がゆっくりと上下を始める。
「あなた! 良かった! 魔王様、ありがとうございます!」
山田は群衆の中を歩き、次々に傷ついた者たちを癒やしていく。
「焦らずに歩けー道路に沿っていけー国境から馬車あるからそこまで頑張れー」
市民たちは一人、また一人と、山田に頭を下げながら列を成して歩き出していった。
* * *
山田が親衛隊とともに空を飛んで移動していると、険しい岩肌の一角にかすかな人影が見えた。
「あれ、あんなところに人がいるぞ」
視線の先にいたのは、三人の少女たちだった。
「アンナ……私はもうダメだ……置いていけ」
「ふざけないで! あと少しよ! シャリー!」
「私ももう無理……落ちたら死んじゃう……」
「下を見るな、ピアナ! 私を見て、ほら足を踏み出して!」
必死に励ます声が岩に反響する。
そのとき、シャリーの身体が大きく揺れた。バランスを崩し、体が崖から外れる。
「シャリー!!」
次の瞬間、リューシーが風のように飛び、シャリーをしっかりと受け止める。
「よくやった、リューシー。あそこに運んでくれ」
「あんたは……」
岩に張り付いていたアンナが、警戒心を滲ませた目で山田を睨む。
「魔王だけど、とりあえず助けてやるから落ち着け」
「ま、魔王! あっ……」
パニックになったピアナが足を滑らせる。
「ピアナ!!」
すかさず飛び込んだアイラが、その体を受け止める。
山田が合図を送ると、残っていたアンナも親衛隊によって救助され、三人は無事に安全な場所へと運ばれた。
息を整えたアンナが立ち上がり、二人の前に立ちはだかる。
「近寄らないで! 助けてくれたことは感謝するけど魔王なんでしょ!」
「わかったわかった。それよりそっちの奴、死にかけてるんじゃないか?」
アンナは我に返ってシャリーに駆け寄る。
「シャリー! 目を開けろ! 死ぬな!」
「やれやれ」
山田が無造作に《ヒール》をかけると、シャリーの顔に血の気が戻り目を開いた。
「あれ……私……アンナ?」
「シャリー?! 良かった! もうダメかと思ったよ!」
歓喜に震えながら、アンナがシャリーを抱きしめる。
三人に水が渡され、ひと息ついたところで山田が事情を聞き出した。
「なるほど。軍が攻撃してきたので逃げ出して、あんな崖の道を通ろうとしてたのか」
「シャリーは背中を斬られたんだ。治してくれて感謝するよ。魔王さん」
「……ありがと。本当に魔王なんだな、アンタ」
シャリーのぶっきらぼうな感謝に、リューシーが呆れたように息をつく。
「あなたたちねぇ……魔王様に向かって……」
「そっちの奴も顔色悪いけど大丈夫なのか?」
「ピアナは怖がってるだけだよ。ほら、いい加減にしゃんとしな」
「で、でも……」
ピアナはアンナの背に隠れたまま、声を震わせる。
「ここから南に歩いていけば魔軍がいるから、あとは好きにしてくれ。ライエル王国に来るなら歓迎するぞ」
「感謝する。魔王さん、いや、魔王様。ひとつ聞いてもいいかい?」
アンナが真剣な面持ちで口を開いた。
「なんだ?」
「ライエル王国に行ったら奴隷みたいに働かされるのかい?」
その一言に、ピアナの肩が小刻みに震えた。
「そんなわけないだろ。勧誘して奴隷にするって、ただのクズじゃないか」
「そんな奴ばかり見てきたよ」
「こればかりは信用してもらうしかないな」
「アンナ。3人で行くって決めたんだ。ここで聞いても仕方ないだろ」
シャリーが穏やかに諭す。
「お、来るのか。そりゃ大歓迎だ。レイラが頑張ってるからみんな楽しくやってるぞ」
「あ、あの……レイラ王女と仲がいいのですか?」
おずおずと尋ねたピアナに、山田は少し笑う。
「仲いいぞ。あ、恋人じゃないからな。そっか、レイラのこと知ってるんだな」
「ファーレンではレイラ王女は有名だよ」
アンナの言葉に、山田は苦笑を漏らした。
「はぁ……どうせ美談なんだろうな。俺なんて常に汚名返上で奔走してるのに」
「なんかみんなが思ってる魔王のイメージとだいぶ違うね」
シャリーのつぶやきに、山田が顔を上げる。
「よし。特別扱いはよくないんだが、レイラに紹介してやろう。書くものあるか?」
親衛隊員が素早く紙とペンを差し出す。三人は呆然とその様子を見つめていた。
「『レイラへ。元気な3人組を見つけた。会ってやってくれ。名前はアンナ・シャリー・ピアナ。魔王山田より。機密事項につき邪魔した奴はライエル王が処分する』と。これを王城の門衛に渡すといい」
「本当にいいのかい?」
アンナは恐る恐る書状を受け取る。
「レイラ王女に会えるの? 夢みたい!」
「私も楽しみだ」
はしゃぐピアナに、シャリーも微笑んだ。
「さて、じゃあそろそろ行くぞ」
手を振る三人を残し、山田たちは空へと舞い上がる。
「魔王様ってやっぱり優しいですよね」 ミリトンが笑いながら言った。
「当たり前だろ? 俺は救世主だぞ」
【Invocation Protocol: ARIA/Target:YAMADA】