第73話【ファーレン王国、崩れる】
ファーレン王国・首都サンロックの広場。
大量のビラが空から舞い落ちてくる。
「なんだこのビラ! 空から降ってるぞ! 魔軍の攻撃か?!」
「読んでみようぜ……なんだこれ? ライエル王国への移住?」
「あなた! 2週間後にサンロックに総攻撃って書いてるわ! 逃げましょう!」
「どこに逃げるんだよ……もう終わりだ」
混乱は瞬く間に街を覆い尽くし、群衆の中で一人の青年が声を張り上げる。
「みんな! 俺が要点を読み上げる! 『2週間後にサンロックに総攻撃』『東の山道から脱出できる』『脱出してくる者には絶対に手出ししない』『ライエル王国への移住希望者は受け入れる』この4つだ!」
群衆の表情が揺れる。
「あなた! 子ども達を連れて今すぐ行きましょう!」
「馬鹿を言うな! 魔軍に殺されるだけだ!」
「じゃあどうするのよ。もう食べ物も売り切れてるのよ。ここにいたって死ぬだけじゃない。私が連れて行くわ!」
「くそっ……くそっ! わかったよ。行くぞ!」
決意と諦めの入り混じった足取りで、家族は東門を目指した。
* * *
首都サンロックのギルド。
焦燥と疑念が交錯する中、男たちの会話が飛び交っていた。
「おい、どうする? どこに逃げる?」
「わざわざ魔軍の前に行くことはないんじゃないか? 他の山道を抜けようぜ」
「待て待て。知り合いの兵士から聞いたんだが東以外は全部塞がれてるらしい」
「はぁ? 全部? どうやって?」
「魔王ならなんでもアリだろ。でも細い道ならさすがに残ってるんじゃないか」
「坑道抜けたりするルートだろ? あとは難所だったり。この混乱じゃ下手したら突き落とされるぞ」
「なぁお前ら。ちゃんとビラを読んだんだけど仕事もくれるって書いてあったんだ。俺、行こうと思う」
「正気かよ。魔族の支配下だぞ? 嘘に決まってるだろうが」
「仕事でライエル王国の話を聞くことが多かったんだけど、以前よりも栄えてるってみんな言ってたんだ」
「わけわかんねぇ……なんなんだよ」
「でも確かに仕事は減る一方だし、ファーレンに残ってもなぁ」
「サンロックがこの有り様なんだ。他の都市も仕事があるとは思えないよ」
「わかった。俺も覚悟を決める。ライエル王国に行こう」
「そうしよう。死ぬときは3人で死のうぜ」
諦め混じりの笑みを浮かべ、彼らは歩き出した。
* * *
首都サンロックの大通り。
少女たちが一角で言い合っていた。
「もうやだよ。死にたくない。死にたくない」
「しっかりしなさい! 私達はずっと必死にやってきたでしょ!」
「そうよ。これまでドーシャで地獄を生き抜いてきたんだ。こんなところで死んでたまるか」
「でも……どうするの? 東に行くの? 魔族に殺されちゃうんじゃ」
「よく聞いて。ライエル王国の話は本当だと思う。みんな言ってたでしょ、レイラ王女の話」
「魔王と交渉してるんでしょ。凄いよね」
「レイラ王女も必死に生き抜いたんだわ。私達と同じよ。ねえ、行ってみない? ライエル王国に」
「でも……魔族に支配されてるんでしょ?」
「はっ。上がクソ王子から魔王に変わるだけよ」
「あなたは私が守るからついてきて。魔王が来てもぶっ飛ばしてやるわ」
「わかった……2人のこと信じてるから」
「じゃあ早速行きましょう。ほら、立って」
決意に背中を押されるように、彼女らは歩き出す。
* * *
東の山道の関所では、兵士と市民が激しい応酬を繰り広げていた。
「止まれ! あんなデマに惑わされるな! 魔軍に殺されるだけだ! サンロックに戻れ!」
「ふざけるな! どこにいようが俺達の自由だろうが! ここを通せ!」
「そうよ! 貴方達こそサンロックに戻りなさいよ!」
「儂らは必死に歩いてきたんじゃぞ! 野垂れ死ねってことか!」
「何度言えばわかるんだ! 山道を抜ければ魔軍がいるんだ! 死にたいのか!」
「どうせ攻めてきたって死ぬんだ! 死に場所ぐらい選ばせろ!」
「私達はライエル王国に行くの! こんな国出ていってやるわ! 門を開けなさいよ!」
「あっ! おい! こいつ老人を突き飛ばしたぞ!」
「えっ……俺はそんなこと……」
「なんだって! もう我慢ならん! 実力行使だ!」
「私達を盾にする気なんでしょ! ほら! 斬ってみなさいよ!」
叫びが怒声に変わり、秩序が崩壊し始めていた。
* * *
ファーレン王国・王宮。
バルロック王は、玉座の上で混乱の渦に巻き込まれていた。
「どの関所も大混乱になっています。例のビラが撒かれてから3日ですが次々押し寄せているようで……」
「ライエル王国への大量流出を許せばファーレン王国は崩壊する! 絶対に行かせるな!」
「しかし、このままでは暴動になります。いくつか開放しては?」
「報告です! 投石を繰り返した市民に軍が応戦したようで暴動になっています!」
「馬鹿な! やめさせろ!」
怒号が飛び交い、緊張が走る中、騎士団長チェスターが進言する。
「陛下。このままでは……軍の士気どころか、防衛網の維持すら……」
「これが魔王の筋書きか……とんでもねぇ野郎だ。さっさと降伏するか」
バルロック王が重々しく立ち上がる。
「全員聞け! 関所を開放するように全軍に伝えろ! これは命令だ! 降伏の使者を立てろ!」
その言葉に広間が静まり返る。誰もがうつむき、言葉を失った。
「お待ち下さい! 父上! まだ我々は負けていません!」
「そうです。暴動などさっさと鎮圧すればいいのです」
第一王子のシューレンと第二王子のレイモンドが現れる。
「お前らは引っ込んでろ! もう決まりだ。これは命令だ」
王子たちの後ろをついてきた王妃ソフィアが冷たい声を響かせる。
「なんですか、急に王のように振る舞って。これまでシューレン達が国をまとめてきたのですよ」
「ソフィア。王妃の出る幕じゃねぇ。黙ってろ」
「黙りません。早く騒ぎを鎮めてきてください。それぐらいは貴方でもできるのでしょう」
「ソフィア!!」
怒号が重なる。
「お前たち! 軍に通達だ! 直ちに市民の暴動を鎮圧してサンロックに戻せ!」
「し、しかし……民に刃を向けるのですか?」
レイモンド王子の命令に皆が戸惑う。
「お前たちは王家に逆らうのか?」
「い、いえ! すぐに全軍に通達します!」
「おい! 馬鹿なことはやめろ! チェスター! こいつらを全員捕らえろ!」
バルロック王の怒声が響くが、すでに全員が動き始めていた。
王の命令は、もう届いていなかった。
【Invocation Protocol: ARIA/Target:YAMADA】