第47話【山田とサイリス】
海賊島まで飛行で2日。山田とサイリスは途中の島で1日目の夜を過ごしていた。
夜の海辺。静かな波の音と、焚き火が揺れている。
サイリスが薪をくべると、山田はしばらくその横顔を見ていた。
沈黙。火花がパチリと音を立てる。
山田がそっと声をかけた。
「サイリス……今夜はやけに静かだな」
サイリスが微笑み、少しだけ頬を赤らめる。
「はい。こうして魔王様と二人だけでゆっくり過ごすのは珍しいことですから」
またしばらく、焚き火の音だけが続く。
山田が何かを迷うように、空を見てからサイリスを見つめた。
「……サイリス。俺、ずっと考えてたんだ」
いつになく真剣な声音だった。
サイリスも山田の顔をまっすぐ見つめる。
「魔王様?」
「いや、今日はその呼び方は……やめてくれないか。……“山田”でいいよ」
サイリスが一瞬だけ驚き、そして目を伏せる。
「……はい。……山田様」
「俺……その……」
言葉に詰まる。火が小さく揺れる。サイリスは膝の上で手を組み、黙って待っている。
山田が少しだけ視線を逸らしながら言った。
「……サイリスのことが、好きだ」
サイリスは息を呑み、口元に手をあてる。
「……わたしも……」
言いかけて、山田が小さく手を挙げる。
「待ってくれ。……嬉しいけど、それじゃだめなんだ」
サイリスが不安げに山田を見る。
「俺たち、主従の関係だろ。俺がこういうこと言うのはずるいっていうか……立場を利用してるみたいで、どうしても……」
サイリスが首を横に振る。
「そんなこと関係ありません。私は私の意思で、山田様を……」
「でも――」
「主従とか立場なんて関係ない。私は山田様が好きです」
サイリスの目がうっすら潤んでいる。
山田は微笑みながらも、どこか苦しそうに顔を伏せる。
「……ありがとう。本当に嬉しい。本当はこのままサイリスの気持ちを受け取ることもできるんだろうけど……」
少しだけ、火が揺れる音だけが続く。
「――俺はサイリスと真剣に向き合いたい。最大の“隠し事”も全部、ちゃんと共有してから……そうじゃないと前に進めない気がするんだ」
サイリスは驚いたようにまばたきをする。
「……隠し事、ですか?」
山田が深く息を吐き、遠くの波音に耳を澄ませる。
「サイリス……俺に違和感を感じたことはないか?」
サイリスは少し考えてから、ふと思いついたように顔を上げる。
「以前、ライエル王と話し合いをされていたときに部屋の外で話を聞いてしまいました。山田様が“憎しみではなく楽しいから世界征服をしているんだ”と……」
山田が少しだけ驚き、苦笑いを浮かべる。
「……聞かれてたのか」
サイリスがそっと山田を見つめた。
「……本当に、憎しみはないのですか?」
山田が静かに頷く。
「ないよ。だって――俺はこの世界の住人じゃないからな」
―――― ザザッ ――――
(またノイズ、まさか……)
サイリスは数秒沈黙し、やがて絞り出すように。
「この世界の住人じゃない……? それって……」
言いかけて、ふと山田を見る。
山田は静かに言った。
「俺は元々別の世界で生きていて……死んでこの世界に転生してきたんだ」
―――― ピーーーーーッ ――――
山田が驚いて顔を上げた。
(間違いない……監視されてる……?)
サイリスが呆然と山田を見つめる。
「……転生……? そんなまさか……」
(まずい……このまま話したら何が起こるかわからない)
悔しげな表情の山田を見て、サイリスが身を乗り出すように切羽詰まった声で呼びかけた。
「どうされたんですか……? 山田様……?」
(ちくしょう……ふざけるなよ)
サイリスは動揺を隠しきれず、涙ぐみながら山田を見つめる。
「……お願いです、山田様。さっきから何を一人で抱えて……私を信じてください……」
山田が苦しそうに顔を伏せ、声を絞り出す。
「ごめん、やっぱり話せない……」
混乱するサイリスに、山田が真剣な声で続ける。
「サイリス。これまで俺がたくさん話をしたけど、冗談だと言った話を片っ端から思い出してみてくれ」
サイリスが必死に考える。
しばらくして、ハッと目を見開いて山田を見る。
「まさか……」
山田は何も言わず――空を指し示した。
【Invocation Protocol: ARIA/Target:YAMADA】