第36話【魔王山田、ライエル王と話す】
ライエル王国王城・謁見の間。
ライエル王が笑顔で山田に歩み寄った。
「山田殿! お待ちしておりましたぞ」
「おう、元気そうだな。ガイアも」
ガイアが一歩前に出て、無言で敬礼する。
「本日はどのようなご用件で?」
「二人で話がしたい。前の部屋でいいか?」
「もちろんです。ではこちらへ」
二人は並んで歩き、部屋に入る。
扉が閉まり、静寂が落ちる。
「前に会ったときと違って随分元気そうだな」
「いやはや、毎日成果を上げねばと奮起しておりますので」
「早速だが、お前が進めている情報提供者への報奨金制度──あれは期限をつけろ。もうじき片付くからな」
ライエル王の表情にわずかな緊張が走る。椅子の肘掛けを無意識に握りしめ、少し間を置いて言葉を継いだ。
「え……いや、しかしですな。不正をする輩は後を絶ちませんので今後も必要かと」
山田が視線を向ける。
「……な、なんでしょうか?」
「人を斬るのが快感になったか?」
「え……なにをおっしゃいますか、私は……」
声に動揺が混じる。ライエル王の目が泳ぐ。
「聞いたぞ。レイナード将軍のこと。デランド公爵もなかなか酷かったそうじゃないか」
「あれは……あやつらが山田殿に反抗的で、ですな……」
「他にも結構な数の報告が来てる。多少の見せしめは仕方ないが、誰彼構わず斬られるのは困る。情報提供制度を悪用して罪のない国民を斬り始めたら目も当てられないからな」
「そのようなことは決して──!」
言葉の最後がわずかに裏返った。ライエル王は身じろぎし、まるで逃げ場を探すように室内を見回す。
「認めないのか? 正直に話さないなら、この場で排除するぞ」
山田の声が低く響き、ライエル王もじっと睨み返す。
しばらくして──王が観念したように目を伏せた。
沈黙が数秒、部屋の中を支配する。
やがてライエル王が口を開いた。
「……確かに快感を覚えたのは事実です」
その声には自嘲とわずかな疲労がにじんでいた。
ライエル王は自分の両手を見つめながら呟く。
「ただ、それ以上に……長年積もりに積もった汚れを自ら綺麗にしていくことが快感だった……のかもしれませんな」
「続けろ」
「これまでは貴族の顔色を窺い、調整し、多少のことは見逃していた。だが近年は目に余る横暴で民も苦しむことに。山田殿に支配されて……本当に良かったと最近は思っておるのです」
「そうか。それは良かった。──が、このままだと“狂王”とか呼ばれて歴史に名前が残るぞ」
ライエル王は苦笑を浮かべた。
「そうかもしれませんな」
「事例がいっぱいある。ただの快楽殺人鬼じゃないなら、今後きっちり治めれば“賢王”と呼ばれるかもしれないぞ。これも事例がある」
「山田殿は……不思議なことをおっしゃいますな」
少しの沈黙ののち、ライエル王が静かに口を開く。
「ひとつ聞いても?」
「なんだ?」
「山田殿は今後どうされるおつもりなのか。やはり魔王として世界を支配されると?」
* * *
「アイラ、警備ご苦労様。ガイア軍団長にこの書類を持っていってもらってもいいかしら。魔王様が出てこられるまで私が代わるわ」
アイラが駆け出すとサイリスが扉の前に立つ。
「……?」
* * *
「そうだな。支配するつもりだ」 山田が答えた。
ライエル王は小さく息を吸い、言葉を選ぶように口を開く。
「無礼を承知の上でお聞きしても?」
「いいぞ」
「山田殿は……人類が憎いのではないのか? 若い頃に父王から聞いた先代魔王の話とは、その……」
山田は少し考えるように眉を寄せた。
「先代の魔王ってどんな奴だったんだ? 昔の話で魔族も大半が知らないんだ」
「先代魔王は人類をひとり残らず滅ぼすと宣言していたと。勇者様が討伐してくれなければ、今頃王国どころか人類が存続できていたかどうか……」
「なるほどね」
「山田殿は強大な力をお持ちだが、そういった憎しみはあまり感じられないのだが……」
「そうだな。敵は倒すけど──憎しみはないな」
ライエル王は静かに眉をひそめた。なにかを測るように山田を見つめる。
「それは一体……それではなぜ世界を支配しようとされるのです……?」
「その方が楽しいから」
「は?」
「冗談だよ。そうすれば魔族が幸せになるだろ?」
「確かにそうかもしれませんが……」
山田が立ち上がる。
「正直、自分でもよくわかってないんだ。安易に女神に頼んだのが失敗だったかな」
――――ザザッ――――
(ん? なんだ? 前にもこんなノイズが……)
「女神……ですか?」
「……気にするな。俺はもう行くぞ。ちょっとは頭を冷やして統治しろ。じゃあな」
言い終えると、山田は踵を返し部屋を後にした。
【Invocation Protocol: ARIA/Target:YAMADA】