第31話【ライエル王、微笑む】
王都カレスタ。
王城の執務室には静かな緊張感が漂っていた。執務机の上には整理された報告書が並んでいる。
ライエル王は椅子に深く腰掛け、目の前に控えるジーナスに目を向けた。
「ジーナス、報告を」
「はい。魔軍より、近々デランド公爵邸を襲撃するため、市中の兵を動かさないようにとの指示が来ております」
ライエル王はわずかに眉をひそめる。
「そうか……ついにデランド公爵もか。後ほど皆を集めてくれ」
「承知しました。又、明日魔軍第1軍団長のガイア様が到着するとのことです」
「いよいよか。丁重にもてなす準備を」
ジーナスは手元の資料をめくりながら、少し声を落とす。
「王命に対する各都市の回答については……」
「明日、ガイア殿に報告だ」
「はっ。最後に、こちらが魔軍から届いた人身売買組織の資料です。今回は小規模の拠点だったようで全員処刑済みとのことです」
ジーナスが差し出した封筒を受け取り、中の書類を手早く確認する。
「ふむ……またデルロイ公爵か。キリがないな。公爵はやはりフーシアに?」
「恐らくは……」
「その件も明日ガイア殿に伝えよう」
ライエル王は立ち上がると、眼下に広がる街並みを眺める。
「不思議なものだ。王国には絶望的な未来しかないと思っていたが、蓋を開けてみれば民は平穏に暮らし、王国の闇も浄化されていく」
「陛下?」
顔を上げ、晴れ渡った青空を眺めながら――ライエル王は微笑んだ。
* * *
大広間。
ジーナスが進み出て、一同に向かって告げる。
「以上が陛下からのご命令です」
室内が大きくざわめく。
レイナード将軍が憤然と立ち上がる。
「なんですと?! デランド公爵は王国に必要な方ですぞ! 断じて認められん!」
「レイナード将軍、王命です」
「なにを言うジーナス! 魔王の指示だろう! 貴様も操られているのだろう!」
「将軍、陛下の御前です」
「陛下も目を覚まされよ! 魔族の支配下など奴隷も同然ですぞ!」
「レイナード将軍!」
「レイラ王女も今頃魔王の奴隷になっておりますぞ!」
その瞬間、ライエル王が静かに立ち上がる。
空気が凍りつく。
王は衛兵の腰から剣を奪うと、無言でレイナード将軍の元へ歩いていく。
「陛下……?」
ジーナスが不安げに声をかけた直後、王は剣の鞘でレイナードの頭を打ち据えた。
驚きに満ちた声が広間に響き、皆が一斉に立ち上がる。
「う……な、なにを……」
うずくまるレイナードの頭に再び鞘が振り下ろされる。
「貴様は今の状況がまるでわかっておらんようだな」
冷酷な目で見下ろしながら、王はさらに鞘を振るった。
誰も止めることができない。空気すら動かない。
「貴様が長年デランド公爵から多額の金を受け取っていることなど、とうに知っておるわ。愚か者」
何度も。容赦なく。
レイナードが血を流し、呻き声を上げる。
「いつもいつも、王たる私に偉そうにぬかしおって……貴様のような輩がおるから王国は闇に塗れておるのだ」
王はゆっくりと剣を鞘から抜くと、そのままレイナードの足へと突き立てた。
絶叫が広間を震わせる。
「レイラがなんだと? もう一度言ってみろ」
「も、もうしわけ……」
王は剣を引き抜くと再び容赦なく剣を振り下ろした。絶叫が響く。
「ジーナス。ガイア殿がいらっしゃる前に、この愚か者を牢に放り込んでおけ」
「は……はい……」
血まみれのレイナード将軍が引きずられていく。
ライエル王は、血飛沫のついた手を見つめた。
そして、ふっと――微笑んだ。
【Invocation Protocol: ARIA/Target:YAMADA】




