第3話【魔王山田、出陣する】
騎獣にまたがり、山田は前線へ向かっていた。
(……なんか普通に乗れたな。全然酔わないし。これも転生補正か?)
(どうせなら空飛びたいな。飛行兵とか言ってたし。あとでアイラに聞いてみるか)
間もなく、眼前にアボラ要塞が姿を現す。
ガイアとともに要塞の司令部に入ると、ダリスが怒鳴りながら前線指揮を執っている。
「ダリス!状況は!」ガイアが声を張る。
「かなり押されてる!尋常じゃない数だ!ヘラン方面の連合軍のほとんどが来てるんじゃないか!?」
次々と兵士たちが報告に駆け込んできて劣勢を伝える。
「……ダリス、防衛できるのか?」
山田が問うと、ダリスは悔しげに下を向いた。
(……あのクソ女神、覚えてろよ)
「……俺が出る」
「魔王様!危険です!奴らの狙いはあなたである可能性が高い!」
ガイアの忠告を受け流し、山田は要塞の高台へと出た。
そこからの眺めは、まさに混沌だった。
火球や雷撃が飛び交い、地上では騎兵と歩兵が入り乱れていた。
(すっげぇ……映画みたいだ。魔法とかバンバン飛んでるし)
(あー、人いっぱい死ぬんだろうなぁ……)
少し考え込んでから、心の中でつぶやく。
(まぁ、そういう世界だから仕方ないな)
腕を構え、敵軍の後方に向けて《ファイア》を乱発する。
爆炎が次々と敵陣を焼き、空と地が火の嵐に包まれる。
その様子に、味方陣営から大歓声が上がった。
だがそのとき、敵軍の一角にドーム状の光が展開された。
「なんだあれ……バリアか?」
《ファイア》を一発撃ち込んでみると、ドームに穴が空き、内部で爆発はしたが、威力は明らかに落ちていた。
(バリアっぽいな)
ガイアが高台に駆け上がってくる。
「さすがは魔王様!人間ども、後退を始めました!」
続いてダリスが叫ぶ。
「追撃しますか!?」
「……可能な範囲でいけ。なるべく殺さず、捕虜は取れるだけ取ってこい。防衛の立て直しと負傷者の回復も忘れるなよ」
「了解!」
ダリスはすぐさま部下に指示を出しながら駆け戻っていった。
山田は要塞内を歩いていく。
兵士たちの視線が集まり、口々に歓声が上がる。
「魔王様万歳!」
「我らが勝利を導かれた!」
そんななか、山田は一人の負傷兵のもとへと近づく。腕もなくなっていて重傷だった。
試しに《ヒール》をかけると――腕が元通りになり、他の傷も一瞬でふさがった。
(……こりゃすごい。回復量バグってないか?)
(倦怠感くるまで、かけて回るか)
山田は歓声の中、静かに歩みながら、次々と傷ついた兵士たちに回復魔法を施していった。
* * *
魔王城の会議室は、熱を帯びた空気に包まれていた。
山田が部屋に入ると、集まっていた将たちが次々に立ち上がり、口々に賛辞を送る。
「魔王様のご威光に感服いたしました!」
「まさに我らの主!」
山田が席に腰を下ろすと、全員が一斉に座った。
ガイアが前に出て声を張る。
「魔王様のお力で、人間どもは逃げていきました!このような高揚感は久々です!」
「それはよかった……ただ、浮かれるのはそろそろ終わりだ」
山田が言うと、空気が少し引き締まる。
「ダリス、捕虜は取れたか?」
「はい、四百人近くを要塞近辺で捕縛しております」
「上出来だ。人間の軍の駐屯地は把握しているか?」
「もちろんです」
「ネイ、飛行兵で伝令を飛ばせるか?」
「可能です」
「じゃあ、こう伝えろ。少しでも軍を進めたら――捕虜は全員、死体にして返す、と」
会議室に緊張感が走る。
「……確かに再侵攻は当然だな。浮かれすぎてた」
ダリスが反省する。
「捕虜の尋問を頼みたいんだが……」
するとサイリスが一歩前に出た。
「私にお任せください、魔王様」
「頼む。殺すなよ」
「承知しました」
「みんなよくやった。引き続き頼むぞ」
山田は立ち上がり、少し間をおいて言った。
「……アイラと、あとセラも来てくれ」
* * *
別の部屋に入ると山田がアイラとセラに話しかける。
「二人とも、今からの会話は他言無用だ。意味は、わかるな?」
山田の声に、セラの表情が一瞬で引きつる。恐怖を押し隠せず、唇がわずかに震えていた。
「アイラ、勇者について知ってる範囲で教えてくれ」
「はい。勇者は……人類最強の戦士です。現在は“スラン”という男がその称号を持っています」
「“現在は”? 勇者って、変わるのか?」
「はい。どうやら勇者は代替わりするようで、その際に装備や能力も受け継がれると言われています。これまでにも何度か戦場に現れ、魔軍は甚大な被害を受けてきました」
「……そいつは、魔族を滅ぼしに来ないのか?」
「これまで勇者が攻めてきたことはありません。不利になったときに“救援”として現れることが多いようです」
(心優しい勇者様ってやつか……ありがたい)
「勇者については、サイリス様が軍内で最も詳しいかと思います」
「わかった。後で聞いてみる。……セラ、聞きたいことがある」
「は、はいっ!」
「空を飛べる魔法って、あるか?」
「ございます」
「俺は……習得できそうか?」
「……恐らく、可能かと」
「じゃあ、なんで全員習得してないんだ?」
「飛行魔法は難易度が高く、“占有”が大きいためです。多くの者は取得を敬遠しています」
(占有……やっぱり魔法は“上限”があるってことか)
「セラはいくつ魔法を使えるんだ?」
「……8つでございます、魔王様」
「それって、多いのか?」
「かなり多いです、魔王様。魔法兵でも4つあれば優秀とされます」
聞いていたアイラが補足する。
山田はしばらく黙考した。
「……セラ、習得したい。どうすればいい?」
「すぐに準備いたします!」
セラは勢いよく一礼し、そのまま足早に部屋を出ていった。
* * *
セラが戻ってきて、机の上に魔法書と水晶を置いた。
「魔王様、準備が整いました。手をそれぞれ置いていただけますか」
山田は言われた通り、両手をそれぞれ魔法書と水晶に置く。
「どうしたらいいんだ?」
「……水晶を起動します」
セラの声と共に、水晶と魔法書が同時に光り出す。次の瞬間、山田の脳内に情報の奔流が流れ込んできた。
魔法リストに新たな項目――《フライ》が追加される。
「……習得できたみたいだ」
「さすがは魔王様でございます」
「……すごい……」 アイラも小さくつぶやいた。
「セラ。魔法の“管理”って言ってたが、他に何があるんだ? リストとか、あるか?」
「はい、ございます!すぐにお持ちします!」
「……アイラ。サイリスを呼んできてくれるか?」
「承知しました!」
しばらく待っているとセラが戻ってきて、一冊の分厚い本を手渡す。
「ありがとう。……セラも下がっていいぞ」
セラは何度も頭を下げながら、部屋を後にした。
【Invocation Protocol: ARIA/Target:YAMADA】