第21話【魔王山田、商談をする】
グランデ平野、某所。
山田の前に新聞社の代表たちが跪いていた。
「皆、よく来てくれた。今回の働きに感謝する」
山田の言葉に、ボスコが答えた。
「とんでもございません。魔王様のお力になれたのでしたら我々全員光栄でございます」
「さて、伝えておくことがある」
「なんなりと」
「王国はもうじき俺の支配下になる」
その言葉に全員の顔が揃って驚きに染まり、ざわめきが走る。
「静粛に」
サイリスが鋭く制すると、場は再び静まった。
「そこでだ。俺のために今後も働く気はないか? 報酬は用意する」
「仰せのままに」
「全員、顔を上げてくれ」
全員が顔を上げ、山田の目を見る。
「これまでは恐怖で動いていただろうが、今後は前向きに働いてほしいんだ」
「と、おっしゃいますと?」
「俺がその気になれば王都なんかいつでも瓦礫の山にできる。だが、そんなことをする気はない。旨味がないからな」
「それはつまり……属国にされると?」
「話が早くて助かる。王国の民には、ほどほどに幸せになってもらおうと思ってるんだ」
「ほどほど、ですか?」
「貴族に搾取されてる今のままがいいなら維持してやるぞ」
「そんな……!」
別の男が思わず声を上げる。
「だから、手始めに貴族を粛清しやすい空気を作って欲しいんだ。勇者と同様にな」
「貴族の横暴を暴き立て、それを粛清する魔王様の大義名分を作れ、と?」
「そうだ」
ボスコが少し考えてから山田に応える。
「魔王様は我々王国民を幸せにされるとおっしゃいました。であれば、我々としても全身全霊で働かせていただきます」
(ほどほどにな)
「いい返事だ。アイラ、頼む」
「はい」
アイラが金貨の詰まった袋を一人ずつに配っていく。
「ありがとうございます!」
男たちが口々に礼を述べる。
「魔王様、実は会っていただきたい者たちがおりまして。必ずや魔王様のお役に立つかと」
「ああ、聞いているぞ。商人ギルドの連中だろ。一緒に来てるのか?」
「はい」
「魔王様、別の場所で待機させております」 サイリスが補足する。
「わかった。それでは今後もよろしくな」
全員が深く礼をし、山田たちはその場を後にした。
* * *
「あー……ずっと働き詰めだなぁ」
山田が呟く。
「お疲れでしたら、休まれますか?」
サイリスが心配そうに問いかける。
「いや、気分的なものだから。すまない。落ち着いたらみんなにも休み出さないとな。これじゃブラック経営者だよ。アイラもたまには家族や友人に会いたいだろ?」
「いえ! 私生活よりも親衛隊の任務の方が大事ですから!」 アイラが元気よく答える。
(だめだこりゃ。王国乗っ取ったら、ちゃんと休み取らせよう)
「ここの用事片付いたら魔王城で軍議。で、王都まで移動かぁ……サイリスも本気でキツかったら言ってくれよ」
「ご心配には及びません。全身全霊で御身を支えますので」
(だめだこりゃ)
* * *
部屋に入っていくと、2人の男女が跪いていた。
山田が椅子に座る。
「お前達がバルガスとイリヤだな。ボスコから聞いているぞ」
「お初にお目にかかります。魔王山田様」
バルガスが恭しく頭を下げる。
「俺に話があるそうだが」
「はい。私どもは王都で商会を営んでおりまして、魔王様のご活躍は常々耳にしております。これを機に王都でのご商売などをご提案できたらと考えております」
「商売ね……バルガス、声が震えてるぞ」
「い、いえ、そのようなことは……」
山田が隣のイリヤを見る。
「イリヤは微動だにしないな。言いたいことがあれば言ってみろ」
「それでは……魔王様。王国を滅ぼされるのですか?」
「おい!イリヤ!」
バルガスが慌てる。
「ははっ、直球だな。バルガスもそれが知りたかったんだろ?」
「我が商会は早さが命ですので」 イリヤが山田の目をまっすぐ見据えて言った。
「気に入った。答えてやろう。そのつもりはない。さっきボスコにも伝えたがな」
「ボスコたちを使って天敵の勇者を排除したのは、王都侵攻のためでは?」
「イリヤ!」
バルガスが慌てて制止に入る。
「これ以上聞くと後戻りできないぞ?」
「ここに来た時点で覚悟は決まっています」
「そうは言っても信用できないな。まだ王家のスパイの可能性もあるだろ?」
「ライエル王は凡庸。カシウス王子は世間知らず。ギレル王子は無能。レイラ王女は箱入り。政務は参謀長のジーナスが取り仕切っている。他にお知りになりたいことは?」
隣で聞いていたバルガスがあきらめたように項垂れる。
「兵士の買収までしてるのか」
「情報収集をしない商売人など無能の極みですわ」
(凄いのが出てきたなぁ。使えそうだけど……どうしようかな)
そのときサイリスがイリヤの前に歩み出る。
「おい、サイリス?」
サイリスがイリヤの顔の前で手をかざし、闇の魔法を展開する。
だが、イリヤは微動だにせずサイリスの目をじっと見続けていた。
数秒後、サイリスが魔法を止める。
「失礼しました、魔王様。この者は信用できるかと存じます」
(なんか強烈なタッグが誕生した気がするんだが?まぁいいか)
「わかった。王国は間接的に支配する。しばらく王家は据え置く。貴族は粛清する。これでいいか?」
「十分でございます。感謝申し上げます」
「だがお前達が貴族と同類なら、お前達も粛清対象だぞ?」
「あんな豚どもと一緒にしないでほしいね」 それまでの口調と打って変わり、イリヤが毒づく。
「いい加減にしろ! 魔王様、イリヤは失言が多いですが、孤児院を三つも運営していて優しい面もございますので……」
「余計なことを言うんじゃないよ!」
「ははっ、それなら失礼なことを言ったな。許してくれ」
「バルガスもあくどい商売はしてないから、調べてくれたらわかるはずだよ」
山田は少し考えてから言った。
「決めた。いずれ魔族と商売してくれる商会を探すつもりだったんだ。メシでも食いながら相談しないか?」
* * *
「なるほどね。城から勇者を締め出したけど、軍は出したと」
山田がスプーンを動かしながら言う。
「勇者が逃げたってわかって、王都は葬式みたいになってるよ」
「そりゃ困るな。面白おかしく働いてもらわないと。それにしてもこの野菜うまいな」
「ラッフルっていって、美味しくて日持ちするんだ。バルガスが魔王様に持っていけってうるさいからどっさり持ってきたよ」
「魔王様。イリヤの言うことは半分、いや大半は聞き流して頂けると。私はお近づきの印に香辛料をお持ちしましたので、お納めください」
イリヤが舌打ちする。
「どちらもありがたく頂戴するよ」
山田は笑いながら香辛料を取り、ラッフルにまぶす。
「美味いなこれ」
「随分遠慮なくつけるんだね。魔王様はいいとこの人なのかい?」
「当然でしょ。誰よりも高貴なお方なのだから」
サイリスが即座に返す。
「あんまりそんな風に見えないけど……ところで、さっきの“面白おかしく”というのは?」
「言葉通りだぞ」
「貴族を粛清したって、庶民の財布は面白おかしくなんてならないよ」
「イリヤ、もう口を閉じていろ!」
「いいって、バルガス。もちろん魔族優先で使うが、王国内への投資にも使うだろうな。差し当たっては減税だな。仮に1割下げるだけでも財布が少しは愉快になるだろ」
「話が旨すぎて逆に怪しいね」
「イリヤも商会経営してるんだろ? 雇ってる奴が病気で痩せ細ってて売上伸びるのか?」
「なるほどね。それで伸びた売上で魔族が更に潤うと」
「当然だ。情けは人の為ならず、だ」
「なんだいそりゃ」
「そうだ。二人とも今度魔王城に来ないか?」
「魔王様、それは……」サイリスが止めに入る。
「商会は早さが命なんだろ?」
「魔王様、それでしたら他にも紹介したい者たちがおりまして」
「なんだい、バルガス。案外アンタも抜け目ないね」
「ぐっ……後で覚えておれよ……」
「決まりだな。それじゃ、王都で連絡を待っていてくれ」
【Invocation Protocol: ARIA/Target:YAMADA】




