第1話【山田、異世界に転生する】
目を覚ますと、そこはどこか天界じみた場所だった。
ふわふわの雲と金色の空、そして遠くに伸びる白い階段。
どこを見ても、現実とは思えない光景だった。
そんな中、目の前に現れたのは――やたらと露出の多い女神。
「……なんだこの露出狂は」
思ったことがそのまま口に出ていた。
「あなたは、脳梗塞で亡くなりました」
女神は涼しげに微笑む。
山田太郎、享年三十三歳。
記憶はあいまいだが、仕事のストレスや偏った食事、慢性的な寝不足……心当たりがありすぎる。
「ですが、あなたにチャンスを差し上げます。異世界に転生させてあげます!」
両手を広げ、天使のようなポーズでそう告げる女神。
――なんだこの茶番。
「転生?そりゃありがたい。……元の世界でもう一度頼む」
「それは……無理です」
「じゃあ、ファンタジー世界とか?」
「はい、まさにそのような世界をご用意しております!」
「ていうかあんた誰?」
「女神アリアです」
「女神っていつもそんな格好してんの?他にもいるの?」
「えっ……ええと……それは……」
「まともな担当に変えてもらっていい?」
アリアの笑顔が引きつり、空気がピリピリと張り詰める。
……しかし気を取り直し、女神は再び笑みを浮かべた。
「どのような世界をご希望ですか?」
「リスト見せてもらえない?」
「……リストはありません。希望をうかがって、適切な世界をお選びします」
「そういうの胡散臭いから信用できないんだよな」
「……転生したくないのですか?」
「転生はしたい。でも、仕組みが知りたい」
アリアの口元がピクピクと動き始めた。
「……世界はたくさんあります。転生者が活躍すれば、女神のランクが上がります。ですので、ご希望に合った世界を選びたいのです」
「ほら、やっぱり思惑あるじゃん」
アリアの頬が軽く引きつる。
「やりたいことがある」
「……なんでしょう?」
「学生のころ、シミュレーションゲームにハマってて。社会人になってから全然できなくなってさ。だから、そういうのができる世界に行きたい」
「……シミュレーションですね。少々お時間をいただきます。その間にスキルを三つお選びください」
山田の目の前に、スキルリストが浮かび上がる。
『Sランク火魔法』『身体超強化』『伝説の剣』……見るからに戦闘系ばかり。
「生成系ない?メシとか家とか作れるようなやつ」
「ありません」
「アイテムボックスは?」
「ありません」
「鑑定スキルは?」
「ありません」
「定番スキル全然ないじゃん。女神の担当変わったらリスト変わる?」
「共通です!!」
一向に決めようとしない山田に耐え切れず、アリアがひとつのスキルを強制的に選ぶ。
『超魔力』
「おい、勝手に選ばないでくれよ」
「早く決めないからです! これなら間違いなく強いスキルです!」
「……魔法って、具体的にどうなってるのか説明してもらっていい?」
「想像通りです」
女神アリア、明らかにイライラしている。
「じゃあ、カネにするならどれがいい?」
「アイテム系を売ってください」
「伝説の剣って売れるの?」
沈黙。
「……売れるわけないよな。いきなり飢えるの嫌だから、パン一年分と水一年分にしよう。……って、アイテムボックスないのにどうすんの?」
「分量を指定すれば、必要に応じて出現します」
女神の声はもはや震えていた。
「じゃ、あとは『超魔力』か、勝手に選択されたのが気に入らないけど」
山田の声を無視して、アリアが続ける。
「準備が整いました。転生後のお名前の希望はございますか?」
「山田でいい」
「本当にそれで?」
「うん、山田で」
女神はため息をつき、詠唱を始める。
「転生者の魂、契約のもとに新たなる器へと導かん……」
魔法陣が浮かび上がり、光が山田を包む。
「あなたにはファンタジー世界の王子として転生していただきます」
「……え、パンと水いらないじゃん」
「変更は受け付けません!」
その瞬間、魔法陣が微かに揺らぐ。
「……あっ!」
女神アリアの悲鳴と共に、山田の身体が強い光に包まれ、天界から姿を消した――。
* * *
目が覚めた場所は、先ほどの天界とは打って変わって薄暗く、どこか朽ちかけた城のような空間だった。
足元はひんやりとした石畳。壁にはヒビが走り、天井はところどころ崩れている。
そして、自分の姿を見下ろすと、黒いマントを羽織った格好をしていた。
「……これが王子?」
首をかしげながら辺りを見回す。
「っていうか……こんなボロボロの城が、王国なのか?」
そのとき、奥の扉からひとりの女性が現れた。
角を持ち、黒衣をまとった女性。
「魔王様……?」
「……魔王?」
山田が聞き返した瞬間、数人の男女が城内へと駆け込んできた。
「予言通りだ!」
「魔王様が再び降臨されたんだ!」
彼らは興奮した様子で走り去っていく。
「……魔王?王子じゃなくて?」
混乱しながらも立ち上がり、先ほどの女性に声をかけた。
「ちょっと、いいか?」
女性ははっとしたように立ち止まり、慌てた様子で駆け寄ってくる。
「ここはどこだ?」
「……魔族領の、魔王城です」
「王国じゃなくて?」
「王国……?」
心の中で、山田は思った。
(……あの女神、転生ミスったんじゃないか?やっぱ担当変えてもらうべきだったな)
そんな思考の最中、さらに数人の魔族らしき者たちが近寄ってくる。
「君、名前は?」
「アイラと申します」
「さっき、俺のこと“魔王”って言ったか?」
「はい、水晶の予言、そのお姿、……間違いありません。皆、すぐに参りますので、どうかその場でお待ちください!」
* * *
広間にはすでに大勢の魔族たちが集まっていた。
重々しい雰囲気のなか、ひとりの魔族が前に出て一礼する。
「大変失礼なのですが……皆、あなたが“魔王”であることに半信半疑なのです」
(……そうだろうなぁ。俺もだし)
「そこで、証明していただけませんでしょうか?」
「……なにをすればいい?」
「窓の外に魔法を撃っていただけないでしょうか……」
(魔法って言われてもな……魔法……魔法……)
山田がそう考えた瞬間、頭の中に自然と“魔法リスト”のようなものが浮かび上がる。
(ファイア……でいいか)
窓の方へ歩き、腕を突き出す。
(うわ、なんかこのポーズ……恥ずかしい)
(こうかな?)
適当に火をイメージすると、
――その瞬間、猛烈な業火が彼の手から放たれた。
轟音とともに炎は空を裂き、近くの山に直撃。
次の瞬間、山肌が爆発し、火柱が吹き上がる。
広間は騒然となり、ざわめきが一気に歓声に変わる。
(すごいなこれ……面白い)
その場にいた全員が膝をつき、頭を垂れた。
「大変失礼いたしました!魔王様!」
山田は少し戸惑いながらも言った。
「よろしく頼む」
「ははっ!」
こうして、俺の異世界ライフが始まった――。
【Invocation Protocol: ARIA/Target:YAMADA】