2.カウンセリング
「さて、何の話をしましょうか」
刹那は明るく切り出した。
「…どうせ、人間はこうであるべきだとか、死んだ子供のことをどう思うかだとか、そんな話だろ。チッ…子供数人殺したくらいで、死刑か」
上山は悪態をつくように言った。
「いえ、そんなつまらないお話しをしたいわけではありません。これから死ぬ人間に、そんな道徳を教えるのは私の仕事ではありません。私の仕事は、あくまで貴方の精神状態を保つこと。」
刹那は笑顔を保ったまま、話を変えた。
「さて、無駄話は終わりにして、手初めに、貴方の趣味を教えて頂けますか?趣味でなくとも、好きなこと、好きなもの、何でもいいです。貴方の生きて来た時間の中で、最も楽しかったことを、教えてください」
刹那はじっと上山の目を見た。
「趣味なんかねぇよ。俺の人生は、ガキどもに食い尽くされちまった。」
なかなか答えようとしてくれなかった。
「ならば、貴方は、いつ人生を、“ガキども”に食い尽くされたのですか?学生のとき?それとも、教師になってから?」
「…教師になってからだ。昔は、子供が好きだった。だから、最初は小学校勤務になったのは嬉しかったんだ。」
上山が少しずつ話すようになってきた。
「だがな…途中から、だんだん辛くなってきた。先輩の教員からの嫌がらせ、低学年は言うことを全く聞かない。…そのうちに、俺は子供が嫌いになった。クソガキって思うようになった。」
上山の表情が曇った。怒っているようにも、自分がしてしまったことを悔いているようにも見えた。
「そうですか…。では、貴方はなぜ昔は子供が好きだったのですか?きっと、理由があるはずです」
刹那は優しく聞いた。上山の言うことを全く否定せず、明るい部分だけを話題に出す。
「そりゃあ昔は可愛くて仕方なかったさ。でも、それは俺の周りの出来の良い子供だけだった。」
「子供はな、悪知恵がつくとすぐに実行に移す。それが嫌になって、“子供”という存在自体が嫌いになった。でもな、あんなチビどもだ。大人がキレればすぐに大人しくなる。日に日に、それが快感になっていった。」
上山は自傷気味に笑った。
「私にも、弟がいましてね。昔は可愛くて仕方なかった。でも、反抗期には私のお金を盗むようになったり、色々大変でしたから。」
刹那は優しく目をつぶって、続けた。
「家の物も破壊するようになったり、正直殺してやろうかとも思いました。でもね、私は、“実の弟”だから殺せなかった。」
刹那は上山に優しく微笑んだ。
「子供もいつか大人になります。いつまでも頭の中は子供の人もいますが、それでも、頭脳がつくようになるんです。それにね、憎たらしくてどうしようもなかった子供達も、可愛く思えるようになる時が、また来るんですよ」
上山は泣いていた。大粒の涙を溢して。
「俺はっ…!なんてバカなことを…。」
「もう一度…子供達に会いたかったっ…!死んじまった子達も含めて…みんなに…っ!」
泣いている上山を、宥めるように刹那は言った。
「死んでしまった子供たちは、きっと貴方を恨んではいませんよ。もちろん親御様は貴方を殺したい気持ちでいっぱいでしょうけど。でも、貴方がかつて愛した彼らは、空の楽園で、安らかに眠っています。」
上山は泣き止まなかった。
「死刑は三週間後。貴方が向こう側に行ったあと、彼らにちゃんと謝って、愛してると伝えてあげてください。純粋な子供たちは、きっと貴方を許してくれるでしょう」
刹那は立ち上がった。
「死んでも貴方の罪は消えませんし、子供たちが貴方を許しても、この世界は貴方を許しません。でも、これで、貴方は“普通の人間”に戻れましたよ。」
「先か後かの話で、死は平等に訪れますから。」
「このカウンセリングが、貴方へのこの世からの最後の救済になっていると嬉しいです。この世でもう会うことはありませんが、向こうでも元気にやってくださいね。」
刹那はポケットから三枚の写真を取り出して、ガラス窓の隙間から上山に渡した。
「亡くなった子供二人の写真と、貴方の最後のクラスの集合写真です。来世でも、貴方が教師としてやっていてくれたら、私は嬉しいですよ。」
「それでは、さようなら、上山さん。あの世、或いは、来世で会いましょう。」
刹那はドアノブに手をかけ、部屋を出ていった。