10.愛と殺し
「なぁ藤木、タバコ吸いに行こーぜー」
中学でろくに勉強しなかった藤木は、俗に言うヤンキー高校に入学した。
周りの生徒はお世辞にも育ちが良いとは言えなかった。
「あぁ、いいぜ」
女子も男子も荒れていて、いじめも多かった。
真面目な生徒がほとんどいなかったため、少しでも真面目にしている生徒や静かな生徒はいじめの的だった。
「ねーねー、天城さーん。放課後いつものとこ来てよ」
唯一少し真面目そうな女子がいた。またカーストトップの女子に絡まれている。
天城莉子。藤木の横の席だ。
彼女の体には至るところにあざがあり、同級生や両親に虐げられた痕跡があった。
藤木は友達と話しながらも、莉子のことをじっと見ていた。
一瞬、目が合った気がしたが、藤木は気まずくなって目を逸らした。
「藤木、どうしたんだよ。早くいこーぜ」
屋上までタバコを吸いに行った。
その後の授業はサボったが、荷物を取りに教室に戻ると、長く綺麗だった髪は雑に切られ、虚な顔をした莉子が一人席に座っていた。
「…おい、髪どうしたんだよ」
聞いておきながら、莉子に何が起こったのかは想像できた。
「藤木くん…帰らないの」
莉子は藤木に聞いた。というか呟いたと言ったほうが正しいかもしれない。
「今から帰んだよ。お前こそ、帰んねぇのかよ。門しまっちまうぞ」
荒っぽく藤木が言った。
「…うん。帰るよ」
その声はとても暗かった。帰りたくないのだろう。
「…なぁ、この後、時間あるか」
藤木は莉子に言った。
「…うん。あるよ。」
少しだけ莉子が微笑んだ。
「ねぇ、藤木くん。私をどこかに連れ去ってよ。私、家に帰りたくないんだ」
綺麗な瞳が藤木を捉えた。全てを吸い込んでしまいそうな、澄んだあどけない瞳だった。
藤木は完全に莉子の瞳の虜だった。
「…あぁ、任せとけよ。」
藤木は莉子の手を引き、夜の街に連れ去った。
しかし、莉子の幸せな時間は長くは続かなかった。
深夜をまわり、莉子は自宅に戻った。
家はごみだらけ。不機嫌な母が怒鳴り散らしていた。
「莉子!どこに行っていたの!夜遊びなんて…っ!」
母親は莉子の頬を殴った。
「アンタもお父さんと一緒ね。どうせ男でも誑かしに行ってたんでしょ!?」
莉子の父親は不倫していた。離婚はしていないものの、家には滅多に帰ってこない。
「お父さんとも結婚なんてしなきゃよかった。アンタができたから…私がこんなに不幸になったのは、全部アンタのせいよ、莉子。」
「アンタなんか、産まなきゃ良かったのよ」
母親はそう言い残して寝室に戻って行った。
(…そうね。私なんて、生まれてくるべきじゃなかった)
莉子は着替えて布団にくるまった。
一睡もできずに朝を迎えると、母親は家にいなかった。
学校に行くと、いつも通り席に椅子は無く、机は落書きで汚されていた。
(…今日、死んじゃおうかな)
放課後、体育倉庫にあったロープを学校の裏の木に吊り下げ、首にかけた。
(さよなら、この世。さよなら、藤木くん)
その時だった。
「莉子!何やってんだ馬鹿野郎!」
藤木が駆けつけてきた。
「何馬鹿なことしてんだよ!お前が死んだら俺が許さねぇ」
藤木は莉子をそっと下ろし、抱きしめた。
「なぁ、家出しようぜ」
藤木は莉子に言った。
「今日、家に誰もいねぇんだ。というか、いつも親父は帰ってこねぇ。」
二人は藤木の家に帰った。
しかし、二人はここで誤ちを犯した。
「クソっ!…これも、俺のせいかよ…」
莉子が妊娠したのだ。二人は17歳だった。
二人は親に見放され、高校も退学させられ途方に暮れてしまった。
そして、二人の間には娘が産まれた。
「こいつ、どうする」
二人には、子供一人育てるお金なんてあるはずがなかった。
「…私が死んでも、この子は育てたい。せっかく産んだ子供だもの。」
藤木は悩んだ。最愛の莉子を失いたくなかったのだ。
「…分かった。育てよう。名前は…」
「奏、奏がいい。可愛くて素敵な名前でしょう?」
莉子か言った。
「そうか。…奏、これから、おまえは俺たちの家族だ。」
二人には再びひとときの幸せな時間が蘇った。
しかし、高校中退では会社には入社できず、フリーターとして働くしかなかったため、充分なお金は無かった。
そのうち、藤木は万引きをするようになっていた。
藤木は捕まった。
そして、二度目。
藤木は裏組織と手を組み、ショッピングモールでテロを起こした。
「俺が死んでも、あいつらには幸せになって欲しかった。」
「貴方が愛したご家族は、貴方が注いだ分と同じくらい、貴方を愛していますよ。」
その言葉を聞き、少し救われた気がしたのだ。
(莉子、奏。愛してる。どうか、幸せになってくれ)
三週間後、また家族に会えるな、と、藤木は思ったのだった。