9.守捨選択
「さて、今日は何をお話ししましょうか」
刹那は笑顔を作って話を切り出した。
「最初に…貴方の好きなことを教えてください。何でもいいですよ。趣味でも、奥さんやお子さんの話でも。貴方が話したいことを話してください。」
藤木には家族がいた。
「お前に話す義理なんかねぇよ。幸せな家庭なんかじゃねぇ。どうせお前らは金もあって、裕福な家で育ったんだろ」
まるで相手にもしてくれない。
「そうですね。私の家はそれこそ普通の家庭ですが、充実はしています。ですが、それでも、貴方には貴方なりの“家庭”があったのでしょう?それを聞かせてほしいんです」
刹那は粘った。こうなるのは想定内、というかいつものことだったので慣れていた。
「…チッ。…妻の名前は莉子、娘は奏。」
やっと口を割ってくれた。
「莉子と出会ったのは高校。奏がデキたのも高校。両親は小学の頃に離婚し家は貧しかった。勉強もしなかったからアタマの悪りぃ高校に進学した。そこで莉子と付き合ってノリでヤったらデキちまって、親から家を追い出され、さらに金は無くなった。」
藤木がポツリポツリと話し始めた。
「金を持ってる奴らが嫌いだった。金が欲しかった。世の中全部カネ、カネ、カネ。前に捕まったのは強盗未遂。奏を育てるのにもカネがいる。」
奏のことは愛しているようだ。
「ショッピングモールにはカネを持った奴らが集まる。俺が捕まっても、あいつらにはカネが入るかもしれねぇ。俺が人を殺してでも、二人には生きて欲しかった。」
藤木はよっぽど家族が大切だったらしい。死刑になってでも、愛する人を養いたかったのだろう。
「…こんな話、言い訳にしかならねぇのは分かってんだ。それに、殺っちまってから気づくんだよ、父親が人殺し、さらには死刑囚で、奏が幸せに生きられるわけねぇって。」
本気で悔いているようだった。今にも泣きそうな、愛おしいものを思い出しているような、そんな顔。
「俺は莉子と奏以外どうなったって構わねぇ。世界が滅んだって、あいつらが幸せならそれで良い。」
「なぁ、アンタ警察なんだろ!どうにかしろよ!この世の中をよぉ!貧困ってのはなぁ、お前らが思ってるよりずっとずっとひでぇモンなんだよ。」
人殺しが何を言う、と一瞬思ったが、貧困層のことについては同感した。
「…そうですね。政府にその案を届けましょう。私が何とかしてみせます。私も、綺麗事ばかりで済まされるこの世の中には、うんざりしていますから。」
(罪人には罪人なりの過去がある。世の中を何とかしないと、犯罪者はいなくならない。私たちの理解不足は、国を滅ぼしてしまう。)
「…なぁ、アンタ」
藤木が言った。
「莉子と、奏を頼む。家族なんだよ。せめて奏の学費だけでも…っ!今度修学旅行があるって言ってたんだ!行かせてやりたいんだよ…」
藤木は涙を流して懇願した。
「ええ。ご家族のことはお任せください。そして、世の中のことも。私たちは政府の一員ですから、この国をより良くするのが仕事です。」
「…ありがとう。」
藤木は少しだけ笑った。
「藤木さん。実は、娘さんからお手紙を預かっているんですよ。奏ちゃんが、“お父さんに”って」
ガラス窓の隙間から、手紙を渡した。
『お父さんへ。
今まで育ててくれてありがとう。
お父さんがお母さんと私を大切にしてくれていたのは、とってもよく分かってた。
私は勉強ができないから、うまく言葉が思いつかないけど、でも、とにかくお父さんが大好きだから。
15歳の誕生日で、お父さんが買ってくれた問題集は、何回も使う予定だよ。
これからも勉強頑張るから、見守っててね。
さようなら、お父さん。愛してるよ。
奏より」
手紙の裏には、家族3人で撮った写真が貼ってあった。
藤木は声を出して泣いていた。
「藤木さん、良い娘さんがいて、良かったですね。」
刹那は藤木の目をみて微笑んだ。
「貴方のことを恨んでいる人はたくさんいます。でも、貴方が愛したご家族は、貴方が注いだ分と同じくらい、貴方を愛していますよ。」
「三週間後、無事向こう側に行ったら、まずは亡くなった人たちに償ってください。そしたら…一度お家に戻ってみたらいかがですか。きっとご家族が喜びますよ」
刹那は自分があの時に居たとは言えなかった。
どうしても、同情せざるを得なかった。
「さて、本日はありがとうございました。来世で、貴方がまた幸せな家庭を築けていることを心より願っています。そして、世の中が今より良くなっていることを願って…いや、私たちが良くしてみせます。」
刹那は椅子を立った。
「さようなら、藤木さん。また来世でお会いできたら嬉しいです。」
刹那はドアノブに手をかけ、部屋を出た。