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君にほんの少しの救済を  作者: 海月
テロリスト編
10/13

9.守捨選択

「さて、今日は何をお話ししましょうか」


刹那は笑顔を作って話を切り出した。


「最初に…貴方の好きなことを教えてください。何でもいいですよ。趣味でも、奥さんやお子さんの話でも。貴方が話したいことを話してください。」


藤木には家族がいた。


「お前に話す義理なんかねぇよ。幸せな家庭なんかじゃねぇ。どうせお前らは金もあって、裕福な家で育ったんだろ」


まるで相手にもしてくれない。


「そうですね。私の家はそれこそ普通の家庭ですが、充実はしています。ですが、それでも、貴方には貴方なりの“家庭”があったのでしょう?それを聞かせてほしいんです」


刹那は粘った。こうなるのは想定内、というかいつものことだったので慣れていた。


「…チッ。…妻の名前は莉子りこ、娘はかなで。」


やっと口を割ってくれた。


「莉子と出会ったのは高校。奏がデキたのも高校。両親は小学の頃に離婚し家は貧しかった。勉強もしなかったからアタマの悪りぃ高校に進学した。そこで莉子と付き合ってノリでヤったらデキちまって、親から家を追い出され、さらに金は無くなった。」


藤木がポツリポツリと話し始めた。


「金を持ってる奴らが嫌いだった。金が欲しかった。世の中全部カネ、カネ、カネ。前に捕まったのは強盗未遂。奏を育てるのにもカネがいる。」


奏のことは愛しているようだ。


「ショッピングモールにはカネを持った奴らが集まる。俺が捕まっても、あいつらにはカネが入るかもしれねぇ。俺が人を殺してでも、二人には生きて欲しかった。」


藤木はよっぽど家族が大切だったらしい。死刑になってでも、愛する人を養いたかったのだろう。


「…こんな話、言い訳にしかならねぇのは分かってんだ。それに、殺っちまってから気づくんだよ、父親が人殺し、さらには死刑囚で、奏が幸せに生きられるわけねぇって。」


本気で悔いているようだった。今にも泣きそうな、愛おしいものを思い出しているような、そんな顔。


「俺は莉子と奏以外どうなったって構わねぇ。世界が滅んだって、あいつらが幸せならそれで良い。」


「なぁ、アンタ警察なんだろ!どうにかしろよ!この世の中をよぉ!貧困ってのはなぁ、お前らが思ってるよりずっとずっとひでぇモンなんだよ。」


人殺しが何を言う、と一瞬思ったが、貧困層のことについては同感した。


「…そうですね。政府にその案を届けましょう。私が何とかしてみせます。私も、綺麗事ばかりで済まされるこの世の中には、うんざりしていますから。」


(罪人には罪人なりの過去がある。世の中を何とかしないと、犯罪者はいなくならない。私たちの理解不足は、国を滅ぼしてしまう。)


「…なぁ、アンタ」


藤木が言った。


「莉子と、奏を頼む。家族なんだよ。せめて奏の学費だけでも…っ!今度修学旅行があるって言ってたんだ!行かせてやりたいんだよ…」


藤木は涙を流して懇願した。


「ええ。ご家族のことはお任せください。そして、世の中のことも。私たちは政府の一員ですから、この国をより良くするのが仕事です。」


「…ありがとう。」


藤木は少しだけ笑った。


「藤木さん。実は、娘さんからお手紙を預かっているんですよ。奏ちゃんが、“お父さんに”って」


ガラス窓の隙間から、手紙を渡した。


『お父さんへ。

今まで育ててくれてありがとう。

お父さんがお母さんと私を大切にしてくれていたのは、とってもよく分かってた。

私は勉強ができないから、うまく言葉が思いつかないけど、でも、とにかくお父さんが大好きだから。

15歳の誕生日で、お父さんが買ってくれた問題集は、何回も使う予定だよ。

これからも勉強頑張るから、見守っててね。

さようなら、お父さん。愛してるよ。

奏より」


手紙の裏には、家族3人で撮った写真が貼ってあった。


藤木は声を出して泣いていた。


「藤木さん、良い娘さんがいて、良かったですね。」


刹那は藤木の目をみて微笑んだ。


「貴方のことを恨んでいる人はたくさんいます。でも、貴方が愛したご家族は、貴方が注いだ分と同じくらい、貴方を愛していますよ。」


「三週間後、無事向こう側に行ったら、まずは亡くなった人たちに償ってください。そしたら…一度お家に戻ってみたらいかがですか。きっとご家族が喜びますよ」


刹那は自分があの時に居たとは言えなかった。


どうしても、同情せざるを得なかった。


「さて、本日はありがとうございました。来世で、貴方がまた幸せな家庭を築けていることを心より願っています。そして、世の中が今より良くなっていることを願って…いや、私たちが良くしてみせます。」


刹那は椅子を立った。


「さようなら、藤木さん。また来世でお会いできたら嬉しいです。」


刹那はドアノブに手をかけ、部屋を出た。




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