幕間 西暦2250年 惨劇のバレンタイン
幕間 西暦2250年 惨劇のバレンタイン
西暦2280年 9月10日 午前10時30分 第8居住惑星管区近海 地球連邦宇宙軍第7航宙艦隊 第4戦隊 航宙母艦ホウショウ
コーネリア公国公女フィル・ナ・コーネリアの地球への輸送、護衛任務を受けた第7航宙艦隊は、第8居住惑星管区へ増援として派遣された独立機動艦群に遅れること約2日で第8居住惑星管区へ到着し、フィル公女がいる惑星ローレンスまであと数時間という所にまで来ていた。
その第7航宙艦隊の第4戦隊を率いている航宙母艦ホウショウの艦橋で、司令官席に座る歴戦の風貌と威厳のある老齢の人物が艦橋の窓から見える宇宙空間を静かに眺めている。
そんな彼に話しかける人物がいた。
「レイスナー司令、まだ到着予定時刻まで数時間はあります。一度仮眠をとってはいかがですか?」
その人物は、司令官席の右斜め前方にある艦長席に座る人物で、椅子ごと後ろを向くようにして戦隊司令であるレイスナーの方向を向いて進言していた。
その表情からは、心配するような、そして呆れているような、そのような感情が混ざっているように読み取れる。
レイスナー司令は少し悩む様子を見せる。
「睡眠は18時間前には取っている。仮眠の必要性は感じないが?あと、その面倒くさい年寄りを見るような目をやめろ、お前たちもだ!全く・・・」
大いに立腹しているという表情で艦長や、自分に視線を向ける他のクルーへ苦言を呈する司令だったが、誰も気にした様子がなく、眉間にしわが寄っていく。
「仕方ありませんな、レイスナー司令が働きすぎたり、確り休まなかったりする様子があれば報告するように艦隊司令からも言われておりますので、報告させていただきますね」
艦長がニヤつきながらそう言うと、司令は少しひるんだ様子を見せる。
「く・・・あのお節介め、分かった。仮眠を取ることにする。到着の30分前には起こしてくれ」
「了解です」
そして自室へと向かう。
自室へと入ると、デスクの上に、どこか司令の面影のある若い士官とその傍らに寄り添う女性、そして女性の腕に抱かれる赤ん坊と足元で笑顔でいる2人の子供が写る家族写真が置かれ、それ以外にも女性のみの写真や、子供のみが写った写真が複数枚部屋の中に飾られている。
司令は、その中からデスクの上にある家族写真を手に取り、そっと愛おしそうに、そしてどこか寂しそうに撫でると、デスクの上に戻し、上着を脱いでベットへと横になる。
そしてほどなくして司令は眠りに入る。
西暦2250年 1月15日 この時期、地球連邦非加盟の複数国家らの連合が宗教的価値観の違いや、連邦の宗教信者への対応や経済格差などをめぐり地球連邦との対立を深め、そこに反地球連邦テロ組織 人民解放戦線らが接近、そしてついにこの日、人民解放戦線と手を組んだ反地球連邦国家群が連合を形成し複数の地域にてゲリラによる武装蜂起をする事態が発生、連邦軍は突然の事態に政府も混乱していたため命令が出ずに対応が遅れ、各地で劣勢を強いられる事態となる。
2月に入り、政府、軍の混乱が収まり、事態の鎮圧に本格的に動き出そうとした矢先に今度は宇宙にて、宗教国家の息のかかった士官や複数兵らによる反乱が発生、これは軍情報部も全く把握できておらず、大型艦6隻と巡洋艦以下中、小型艦艇数十隻が宇宙軍の各基地、港から強奪されるという事態が発生した。
この時、実際は強奪された大型艦は8隻だったが、偶然補修のために入港しようとしていた戦艦が居合わせ、強奪を阻止しようと奮戦し2隻を撃沈したのと引き換えに轟沈している。
ことはそれだけに収まらず、資源として利用するために移送中の直径10km大の小惑星がその集団によって強奪される事件まで発生する。
連邦情報部はその隕石が当時は月にあった連邦宇宙軍本部を標的としているとの情報を入手、主力艦隊を集結、防衛体制を構築した。
しかし、それは欺瞞情報だったのである。
≪緊急連絡!敵部隊、小惑星の移送進路を変更!小惑星のこのままの予想進路は北米、北米の連邦首都ニューヨークに落着する可能性大!≫
この報告を行ったのは、たまたま警戒任務中で遭遇することになった警備隊で、この通信を最後に消息を絶ち、後の捜索で残骸のみが発見されている。
その報告に、連邦政府は恐慌状態に陥る。
主力艦隊は月に集結しており、すぐに出動しても間に合わない公算が大きかった。
しかし、何もしないという選択肢は存在しない。
連邦軍は間に合う可能性がある全部隊に小惑星迎撃の命令を出し、予想落着地点である首都ニューヨークとその周辺からの避難命令を出し、軍も避難に全力を注いだ。
そして、その時がやってくる。
2250年2月14日 地球軌道海戦と呼ばれる戦いが発生する。
そこに、当時28歳のレイスナーも参加していた。
ジョン・レイスナー中尉 連邦宇宙軍 軌道ステーション防空隊第3小隊小隊長として、集結できた警備艦隊や警備隊は警備艇を含めて僅か15隻、周辺の宇宙ステーションの防空任務についていた戦闘機部隊からかき集めた戦闘機約36機、対して、敵艦隊は、主力艦隊の足止めに向かった10隻を除いて、戦艦を含む26隻の艦隊と80機もの戦闘機に護衛された小惑星の迎撃という苦しい戦いに身を投じることとなる。
この戦いはまさに激戦であった。
≪艦隊にかまうな!小惑星に対して砲火を集中せよ!命を惜しむな!我らが後ろの地球を守れ!≫
防衛戦の指揮を執る旗艦は、この指令を発信後に敵艦に衝突し轟沈している。
レイスナー中尉は旗艦が轟沈する様子を視界に収めながら、眼前にいる敵駆逐艦へミサイルを叩き込み撃沈すると小惑星を牽引している3隻の大型艦の内1隻へ狙いを定める。
彼の小隊は、戦闘開始からほどなくして彼以外は撃墜されていた。
彼は部下の敵を取ることと、地球にいる家族を守りたい一心で操縦桿を握り続けている。
「やらせるかよ!薄汚いテロリストが!」
そう叫びながら大型艦のエンジンと艦橋にミサイルを発射し見事に大破させるが、敵戦闘機が彼の戦闘機に対して接近、敵戦闘機の執拗な攻撃にもひるむことなく、回避運動を繰り返し敵の攻撃をかわしつつ小惑星を牽引している残りの2隻を攻撃しようと反転する。
その視界には、多数の敵艦に囲まれながらも小惑星を破壊しようと突撃する満身創痍の駆逐艦や、敵戦艦に体当たりをし爆炎に包まれながらも小惑星に砲撃を続け轟沈する巡洋艦、敵駆逐艦に体当たりする戦闘機の姿も見えていた。
この時点で、残る連邦艦隊は僅か4隻 戦闘機は7機ほどにまで減っていた。
敵艦隊も大型艦2隻とその他艦艇10隻、戦闘機も20機程にまで減っていた。
そしてこの段階で牽引していた大型艦の最後の一隻を撃沈、残存艦艇によるミサイルやビームによる攻撃が行われるが破壊には至らない。
レイスナー中尉も艦砲射撃を続ける艦隊を守ることに全力をあげることにし、補給がないままに敵戦闘機に艦隊を攻撃させないように、そして最後の手段として地上から発射されたミサイル群を迎撃させないように敵戦闘機隊を味方残存戦闘機隊とともに必死に攻撃し、牽制する。
「くそ、このままじゃ・・・」
厳しい状況の中、そう弱音が出そうになる。
≪弱音を吐くな!今守れるのは俺たちしかいないんだぞ!≫
通信が繋がっていたのか、味方機からそんな叱責が飛んでくる。
その味方機を探すと、レイスナー中尉の目の前で敵戦闘機の攻撃に被弾しそのまま敵艦へ突っ込んでいく機体が見えた。
自分を叱責したのはあの味方機だと、レイスナー中尉は直感した。
その味方を撃墜した敵機が迫るが機体を反転させ、宙返りの要領でうまく背後を取り機銃で撃墜する。
「そうだ、俺たちしかいないんだ」
そう自分を奮い立たせるようにつぶやく。
それとほぼ同じタイミングで小惑星に地上から発射されたミサイル群が命中、いくつもの爆発が発生する。
中にはそのミサイルに巻き込まれ撃沈する友軍艦もいたが、それでも艦隊はミサイルが直近を通過する中小惑星への砲撃を止めるそぶりはない。
この時、受信された通信内容は
≪艦隊の損害にかまわず地上部隊はミサイル攻撃を継続されたし≫
≪艦隊にかまわず小惑星破壊に最善の手段を取られたし!≫
と味方の攻撃に巻き込まれることもかまわず、味方に自分たちを巻き込んででも小惑星を破壊するように伝える内容であった。
このミサイル攻撃が開始されほどなく、敵艦隊は撤退を開始、連邦主力艦隊の一部が戦線に到着し、小惑星への攻撃を開始。
小惑星は崩壊を開始した。
その場にいたすべての将兵が歓声を上げたが、ほどなくそれは悲鳴に変わる。
小惑星崩壊、破片は大気圏で燃え尽きるはずであった。
しかし、たった一つだけ、燃え尽きずに落下していく。
それをレイスナー中尉も戦闘機のキャノピーから眺めていることしかできなかった。
その光景を眺めながら彼の脳裏によぎる記憶
『帰ってきたらバレンタインチョコ渡すから期待しててね』
妻はそう言って自分を送り出してくれていた。
『パパの分も私がもらう—』
娘がいたずかっぽく笑いながらそう言って家族で笑いあった。
そんな記憶がよぎる。
そして、そんな家族が住んでいたはずの場所は、黒煙に包まれ、大きなクレーターとなった・・・
この日、レイスナー中尉は故郷と、家族、その両方を失ったのである・・・
「あ・あ・うそだ、うそだ・・・噓だあぁぁ!!!」
叫び声を上げながら跳ね起きる。
「はあ、はあ、はあ・・・またあの夢か・・・くそ」
息を整え、部屋に備え付けの時計を見ようとしたところで内線が鳴る。
「私だ」
≪司令、あと30分ほどで目的地へ到着です。準備の上艦橋までお願いします≫
「わかった。少し待て」
そう伝え内線を切り、身だしなみを整える。
「もう二度と、あんなことは起こさせはしない・・・」
部屋を出る際に誰に言うでもなくつぶやいた言葉を家族の写真だけが聞いていた・・・。