第十二話 任された者と過去 『♠』
行進祭から翌日、『雷刀雪』はさっそく三人の襲撃者。そして誘拐犯が消し飛ばしたあの強者の元を辿っていた。
ちなみに誘拐犯の炎使いに関しては虚様から追わなくて良いとの命令を受けた。「偶然通りかかった昔の親友で、空気を読めないから私を助けちゃった。だから私の顔を立てて許してあげて欲しい」との事。虚様の顔なんてものが立てばそりゃ並大抵のことは許されるだろうに。
今朝わざわざうちのチームの部屋に来てそう言いに来たのだ。昨日の朝では考えられない光景。虚様が魔警にいる事自体珍しいのに三大チームでもない僕達の部屋へ自らの足で来たのだ。マゴが銅像のように固まっている事しか覚えていないのは、僕も緊張していたと言う事だろう。
「メクル、本当にライとマゴで良かったのか?マゴが大変なんじゃ…」
「いや、うちのチームにいる以上1人でライを制御できるようになってもらいたいじゃないか」
「俺たちできてないのにか…」
「……ほら、着いたよ」
自分で言っといてなんだがライの行動を制御できる人なんているのだろうか。あれに比べたら虚様なんて可愛いものだ。
「能魔監獄ニルヘルム…来るのは久しぶりだ」
「あまり行きたいと思う場所ではないけどね。あの最初の三人の襲撃者との面会のアポはもう取ってるから。」
「それは助かるな、長居はしたくない」
「同感だ」
僕たちは2人ずつに別れて調査を進める事になった。僕とケルトはフードで身を隠していた三人を。ライとマゴは帰ってきた虚様を再度襲った、そして炎使いに消し飛ばされた手練れの方を調べることにした。三人は監獄に投獄されたとアルパさんから聞いたので居場所はわかっているのだが…。問題は消し飛んだ方だ。声色的には女性。そして自らを『何でも屋』と言っていた。その二つしか情報がない。『何でも屋』なんてもの、それはもう沢山いる。魔警が能力の不当使用に目を光らせているため、中々私利私欲に能力を使う方法が限られる。だからそう言う輩は頼まれ事によって財を得る手段に出たのだ。魔警だってケチじゃないんだから素直に隊に入れば良いものを…。
「…お名前と所属をお願いします」
「能魔警備隊、『雷刀雪』所属。雪原メクルと同じく『雷刀雪』所属志賀崎ケルトです。」
「メクルさんとケルトさん…はい、お名前確認いたしました。今日は面談のご用ですね。監獄長が挨拶に来て欲しいとの事でしたのでお先に獄長室へご案内します。」
僕とケルトはそのスマートな警備員さんに着いて行った。ここニルヘルムの監獄長さんは能魔警備管理隊創立メンバーの一人だ。だからめちゃくちゃに歳をとっているのが普通と言えば普通なのだが…とっくにそんな常識は能力と言うものが現れてから薄れつつある。
迷路のような監獄内を歩くこと五分、重々しい扉の部屋に着いた。
警備員さんがドアのノックする。
「酒詩監獄長、『雷刀雪』のお二人をお連れしました。」
「入れ。」
中から聞こえてくるのは重々しい感じの声…ではなく。歳を取ることで得られる渋くも圧のある声…でもなく。
聞きなじみがあるとはいえるがそれでも毎回慣れない、少年の声が僕たちを出迎えた。
「やぁ、よく来たね二人とも。」
「お疲れ様です。」
「お疲れです。…お変わりないようで。」
「変わってたまるかそんな簡単に。それに俺様が変わる時って言ったら死ぬ時くらいだ。まぁ座れ。おいお前、なんか飲み物出してやってくれ。」
「了解です。」
この一人称偉そうな人が魔監獄ニルヘルムの獄長、酒詩バルさん。
ここまで連れ来てくれた警備員さんが飲み物の準備をしだしてくれた。偉そうにしている割に、監獄長は背が低く、声も若くまるでその見た目は小学生。けれど今警備員さんが快く用意してくれている辺り、信用と信頼はされている。新人の囚人からは舐められるそうだが、この人の能力をその目で見ればもう何もできない。それほどまでにこの人は強い。魔警に所属していれば間違いなく三大チームのリーダーに匹敵するほどのチームを作り上げていたことだろう。聞いた話によればこの監獄を酒詩バルさんに任せたのは他でもないウルウ隊長だという事だ。この二人は昔から仲が良くお互い信頼し合っていた仲だからこそ、ニルヘルムと言う悪事を働く能力者を閉じ込める場所を任せた、そして了承したのだろう。あと単純に酒詩バルさんの『束縛』の能力自体が強いという理由もあるだろうが。半径十キロの生物、物質を地面から出す鎖で縛りあげられる力だ。そしてその力は能力者自身には別の機能も備わる。酒詩バルさんがどうしてここまで若いのか。流石に若作りでできるレベルをとうに超えている。答えは『束縛』の能力が能力者本人には概念すらも縛れると言う点。つまり獄長は己の寿命が進む当たり前の事実を縛り止めたのだ。今彼は能力によって生かされているとも言える。
「わざわざ遠い中よく来たな。」
「いえいえ、任務ですので。それで…なぜ僕たちを呼んだんですか?今日は行進祭の襲撃犯の面会だけのはずでは…。」
「それなんだけどよ…メクルリーダー。好きに俺を罵倒してくれて構わねぇ。」
「…はい?」
何を言ってるんだこの小学…いや中身はおじいさんなのか?とにかく突然何を言い出したんだろうか。その時も耳を疑ったが、その後獄長が言ったことはさらに信じられない事だった。
「実は今朝、その三人の襲撃犯が檻の中で死んでた。」
「…マジですか。」
「マジだ。本気。これは完全にニルヘルム獄長の俺様の責任だ。すまねぇ。」
獄長は今度こそと言わんばかりに頭を深く下げた。
「バ、バルさん。頭上げてください。」
「そうですよ。というか詳しい話を教えてください。」
「あぁ…お前らは優しいな。そうだな…話すには話すが、他にもう一件話したいことがあるんだ。」
「…それは?」
まだあまり頭が付いていけてない僕はとりあえず獄長の知っている情報が聞きたくて前のめりになっている中、先ほどの警備員さんがコーヒーを机に置いてくれた。
「どうぞ、きっと話は長くなりますので。」
「あぁ…ありがとうございます。」
「おいお前、もう戻っていいぞ。飲み物ありがとうな。」
「いえいえ、それでは。」
警備員さんはいつもの事と言わんばかりに部屋を去っていった。まぁここで働いてる人なんて変な人ばっかりだし…第一こんな獄長がいることが日常なんだ。あまり深くは関わりたくない理由は単につかまりたくないと言うだけではない。
「でだな…お前ら行進祭で最初に虚のやつを襲撃した三人と、あの誘拐犯が消した女の『なんでも屋』を探してんだろ?」
「流石に情報が早いですね…。」
「まぁな。ここは監獄。閉め切ってるから入ってくるのはいつでも情報だけさ。あとは人生を棒に振ったやつらだな。がはは。」
獄長は豪快に笑う。けど見た目は少年。調子が狂う…。
「で、三人の襲撃犯について話す前にその『何でも屋』について教えておきたいことがある。」
「なんでしょうか。」
現状何でも屋に関する情報は少ない。ここで貴重な情報が得られたらいいのだが。
「あの女を追うのはやめておけ。」
「…なぜです?」
「大体、女の『何でも屋』なんてもん自体珍しいんだ。だがたまにいるからな、最初聞いたとき俺が考えた奴とは別の奴だろうと思ったが…映像を見て確証に至った。あの風のように切り去る能力…ありゃ『ドゥタラ家』だ。」
「『ドゥタラ家』…?」
「あぁ、三人の女で組まれた年齢も正体も生まれも姿すらも三人とも確実な情報がない最強の『何でも屋』だ。この国だけじゃねぇ、全世界で活躍するとんでもない大物の三人の一人だ。」
「そんな奴が虚様を狙ったのか…。」
「いやメクル、逆じゃないか?それほどの大物だからこそ虚様を狙ったんだろう。」
「そうか、それもそうだ。」
「虚、様ね。あいつも偉くなったもんだな。」
魔警ができる前を知っている獄長も、虚様とは親しい関係だろう。もしかしたらあの自由奔放な虚様こそ、獄長にとって馴染のある姿なのではなかろうか。
聞いてみた。
「あの、獄長。話が少し逸れるんですが一個聞いてもいいですか?」
「あぁ、良いぜ。なんだ?」
「今の虚様については聞いてますか?」
「あん…?なんだその質問。」
「行進祭で誘拐犯に誘拐されて戻ってきてから虚様の様子がおかしいんです…。なんか、こう…見た目の年相応の女性みたいな。」
「自由奔放な感じになっていたよな。うちのライとは比べ物にならないが。」
「それはライが酷い。」
「そりゃそうだ。」
僕がケルトと話していると、獄長がにんまりと笑顔を浮かべて固まっていた。その瞬間、何故か目の前の少年がひげを生やしたたくましい成人男性に見えた。
「そうか…虚のやつ戻ったか。」
「戻った…?」
「ま、この話を今するには少々時間が足りなすぎる。今は行進祭を襲ったやつらの話だ。」
先ほどとは違く獄長は明らかに気分がよさそうでいた。さっき戻ったって言ったか…?ならやはり昔の虚様は今の気ままな性格だったのか。とは言え獄長の言った通り今考えるのは襲撃犯についてだ。
「でだ、まぁ『何でも屋』は諦めな。ありゃ追えば魔警そのものに損害が出かねない。」
「わかりました…。ケルト、マゴに伝えといてくれ。」
「わかった。」
ケルトはスマホを叩きだす。
「あー…そうだそうだ。三人の襲撃犯が殺された話だな、もう一つは。」
「その三人はどう殺されたんですか?鉄壁のニルヘルムに侵入者が?」
「それはない…とは言い切れねぇが少なくとも昨夜誰かが忍び込んだ形跡はねぇ。実はな、三人は血まみれだったが、よくよく調べれば全員に銃痕があったんだよ。」
獄長がそう言った瞬間、僕の頭は一瞬真っ白に。そしてケルトもスマホを打つ手が止まる。…僕たちには銃に少し因縁がある。
「多分二人とも思う事は同じだろう。五年前の『豪快』副リーダー行方不明事件。『豪快』チームに研修のお前ら、メクル、ケルト、ライの三人を足しての指名手配犯捕獲任務で当時の『豪快』の副リーダー木島シデラが突如消えた事件…。世間じゃそこまで有名な事件にはならなかったが、お前らに取っちゃ忘れるに忘れられない大事件だからな。」
「…はい。すでにもう捜索も打ち切り。誰もシデラさんを探してはいません。」
「だろうよ。五年間も探していなければそりゃ死んだって扱いになる。」
「……でも僕は!」
立ち上がったその時、僕の体を優しくも確実に鎖が巻き付く。
「メクル!」
「まぁ落ち着け。」
「…すいません。」
僕が謝ると、鎖も消えて行った。
「俺様だってあの事件は許せてねぇ。それにあの頃の三大チーム全員がシデラのやつには力をもらっていたからな。…まぁ一番はお前らだろうが。」
木島シデラ。その人はまだ研修生であった僕たち三人に魔警について教えてくれた、そしてさらに遡り、能魔学校での恩師でもあったのだ。
その恩師との初任務。『銃』能力者、バレルを捕まえに行くと決まった時は初の任務への緊張と、今までお世話になった人に成長した自分たちの力を見せようと張り切っていた、二つの感情を僕はよく覚えていた。




