第八話 変化と美少女 『♧』
現在、俺は雲よりも高い場所で龍の上で日向ぼっこしていた。少し日向ぼっこ、と言うには太陽の光が近すぎて暑い。いやもはや熱い。
「リベター。ほんと久しぶりだなぁ。元気だったか?」
乗せていただいてる龍に問いかけた。
〈ギャア〉
龍は短く答え、同じ空をぐるぐると飛びまわっている。一体どういう原理で飛んでいるのか。と最初こいつを見た時そう思った。次に思ったことは、龍に理論なんて言葉、ロマンに欠けるのかという事だった。
この龍…リベタは炎の能力をステージ4にしたことで獲得した『能魔召喚』によって生まれた心強い仲間だ。200年前はステージ2になることすら大はしゃぎなもんだったが、今ではステージ5まで到達していた。伊達に二百年過ごしていたわけではない。もう世界にはかかわらないとそう決めておいて、俺は能力の研究を、剣技の鍛錬を怠ることはなかった。何もすることがなかったと言うのは理由だが、限りなく言い訳にも近いだろう。きっとどこかで待ち望んでいたんだ。必要とされることを。
「なぁリベタ。俺は必要とされてたよ…。それも、一番頼りになってやりたいやつにだ。」
〈ギャ〉
「そうだな…俺は幸せもんだな。」
もちろん、俺は龍語なんてものはわからない。ただなんか多分こういうことを言ってるんじゃないかなと思ってる。それだけ。ちなみにリベタ、と言う名前は俺が付けた。理由はなくかっこいいだけ。きっとリベタも気に行ってくれてると信じている。
「さてと…じゃあ真に言われた通り夜まで魔警とやらの見学に行きますかね…。」
旧友曰く、すぐに何かしらの任務に取り掛かってもらいたいと言っていた。そのためにはまず俺は能魔警備員になる必要がある。何か試験みたいなものがあるのだろうか…。実力を試す試験なら余裕と言えるが頭を使うとなると…。自慢ではないが、俺は賢いわけではないのである。うん。
「リベタ、帰っていいぞ。」
〈ギャ、ギャア?〉
多分、「ここで降ろしたら落ちるよ?」だと思う。
「良いんだ、リベタと一緒に下に降りたらすぐ見つかっちゃうだろ。大丈夫、リベタほど速くはないけど俺も飛べるから。」
〈グギャ〉
「了解」、だな。俺はリベタの背中から飛び降りた。重力に身を任せるまま、空を見上げるとリベタが門出を祝うように空をぐるぐると周っていた。可愛いやつだ。
「【瞬間移動】」
先ほどの真に用意されたらしい部屋へ瞬間移動した。今までの『瞬間移動』の力は一度行ったことがある場所に飛んだり、相手の死角に一瞬で移動したりという使い方しかできなかった。だがステージ2へ成長すると視界に入った建物をある程度の壁の薄さなら貫通し、移動できるようになったのだ。極めて行けば視界に入るどころかここら辺に行きたい、だとかあの人の所へ飛びたい、だとか。かなり融通の利く便利な能力へと進化した。まぁ、山籠もりをしてた側とすれば気分転換に歩いて迷っても、すぐ帰れるくらいの利点しかなかったのだが。
「よし、じゃあ見学しますか。」
少しドキドキしつつも、俺は真の部屋の扉を開けた。能魔警備管理隊。その本部。俺はその組織がどれだけの物なのか詳しく知っているわけではないが、強いやつが多くいることだけはよくわかった。あの真を警備している人たち。かなりの実力者ぞろいだ。特に最後まで俺を逃がそうとしなかった剣使いの女性。あの人の太刀筋はピンとくるものがあった。魔警に加入し、話す機会があればぜひ「ユラ」の身分がばれない程度に色々聞いてみたいものだ。
「ん-…最上階…ではないのか。ここ。」
扉を開けてすぐ隣に階段を見つけた。単純に考えるのならこのうえは魔警の隊長さんの部屋なんだろうが…いてもいなくてもめんどくさそうなことにはなりそうなので上へ立ち寄るのは止めた。
「あ、そうだ。見学者はなんかカードを首から…」
ポケットからやはり奇抜なひも付きカードを取り出す。…つけるのヤダなぁ。カードには見学用と書かれ、淵に虚様専用と金文字で書かれている。だせぇ。
「仕方ない。怪しまれて追い出されるよりかはマシだ。…あとアレか。」
真からもらった変化の指輪をつける。ぽん、と軽快な音を立てて俺は…いや、私はだな。しゃべり方も何とかしなきゃな…。今は一人称すら怪しい。
「今度こそ行こう。みんな外の警備にいってるはずだから人と鉢合わせることはほとんどないと思うが…いや思いますわ。………いいや普通に話そ。」
今の階の様々な部屋を見て、一通り見終わったらまた下の階へ。外から見た感じ五階建てだと思うから今は…三階か?
「なんか、学校みたいな場所だ。」
魔警、と言うのだから警察庁みたいな感じで物々しい場所かと思ってたが全然違った。まず多いのはチーム名らしき名前の書かれた札のかかった部屋。ちらっと見てみたが内装は仕事場+少しばかりの居住スペースと言った感じだ。デスクにPCがあるだけではなく大型のテレビがある部屋や、キッチンに冷蔵庫のある家庭的な部屋。中にはゲーム機がいくつも置いてある部屋すらあった。それぞれの個性ある教室…というイメージを取った。理想の職場かもしれない。
だが、実力主義な場所かもとも考えた。下の階の部屋は上の階に比べ、少し性能ダウンしているように感じた。しっかりとしている最高の環境と言えば最高の環境なんだけども、上の部屋と比べたら明らかに質素だった。もしかしたら優秀なチームは豪華な部屋、なのかもしれない。多分そうだろう。
その後はチームの部屋を見飽き、毛色の違う部屋を見て回ってみた。
沢山の本がある部屋。図書室みたいだ。いくつか本をぱらぱらとみてみた。
「…『能力者による能力研究』、『読猫力、猫の言葉を理解できる能力者による猫語解説』『安全な一般魔法』。ちょっと全部読んでみたくなるな…。」
何か歴史のわかる本はないかと探したが、残念ながら見つけることはできなかった。ここには能力に関する知識関連の本が多いようだ。
そのあと見つけたのは会議をするような広い部屋がいくつか。さらには仮眠室。食堂は各階に。お互いのチームの意見を交換できる掲示板も見つけた。やはり職場、と言うよりかは学校に近いイメージを感じる。
三階も一通り見終わり、さらに下の階に行く。
「二階は…講義室…議論室…実験室」
なんだか堅苦しい部屋が多かった。しかし、一つだけカタカナの部屋を見つける。
「トレーニングルーム。見てみるか。能力者のトレーニングってどんななんだろう。」
俺が山で能力のトレーニングをする際はいくつか山を消し炭にしたもんだ。自然に申し訳ないことをしていると思ってすぐやめた。思考を繰り返して、実際にこうなるかなと思った時だけ能力を空に打ち上げたりしていた。もちろん基礎トレーニングも欠かさなかった。腹筋1000回はもはや呼吸に等しい。
トレーニングルームの扉を開くと、ランニングマシンの動く音がした。誰かいるのか?
ここまで何人かはいたが随分と忙しそうだったから声をかけられなかったのだ。聞きたいことは多くあったのに。
「…女の子…?」
走っているのは自分の見た目とそこまで変わらない、少し露出の多いトレーニング用の服を着ている女の子だった。寒くないのかな。見た目が変わらないとはいえ実際、年齢で言えば大層な差があるのだけども。いやわからないな。真も少し大人びていたが俺とあれで同い年だ。もしかしたらあの人も。
あの人のトレーニングの休憩時間を許されるなら聞いてみよう。
俺は離れた所に座って、終わるのを待ってみた。長引きそうならやめよう。
…にしても、随分と華奢だ。しかし走るその足は力強さを感じる。もし見た目通りなら高校生ほどの子だ。そんな子も魔警備員になれるのだろうか。
思考を巡らせていると、ランニングマシンの音が止まる。終わったのだろうかと顔を見上げ、その女の子へ視線を向けると…
「…すっごい見てる。」
女の子もまたじーっとこっちを見ていた。…てかめちゃくちゃ可愛い。いや美人…?とにかく顔の整った可憐な女性だと、第一印象はそうだった。
「貴女…誰?魔警の人…じゃないよね。」
声を出そうとして止める。今私は女の子。女の子…
「わ…私は…魔警の見学をしてて。」
「ふーん…そう。じっと見てるからなんだろって思ったらそう言う事ね。」
女の子は片手に飲み物を持って、もう一方の片手でタオルを持ち流れる汗を拭きながらこちらに歩いてきた。私も座っているのは失礼かと思い立つ。
「あ、別に座ってて大丈夫だよ。」
「失礼かなって。」
「ふふっ、変な事気にするね。私と同じくらいに見えるけど…君名前は?」
「静稀マユラって言います。」
「敬語いいよ、堅苦しいから。」
「わ、わかった。えーと…あなたは?」
「私は聖花リネ。知ってる?」
…知らない。けど知ってるか聞いてくるとという事は知名人なのだろう。だがしかし、嘘はつかない。
「知らない。有名なの?」
そう言ってみると、聖花は目を大きく開いて大笑いした。
「あっはっはっは!そう…知らないんだ。それはとっても嬉しいかもしれない。」
「…?」
「そうだね、変かも。マユラちゃんって呼んでいい?」
「もちろん。私は…聖花でいい?」
「良いよ。名前呼びは親しい人にしか許してないから。」
小悪魔的な笑顔でそういう聖花。これは…普通に同年代の男の子なら一発で落ちてしまうのでは?顔もだが、その表情、雰囲気が全て可愛いと思える仕草。女性として完璧に思えた。最も、女性と多く話してきているのかと言えば人生のほとんど話していないのだが。この場合分母が大きすぎる。
「てかマユラちゃん。その見学カード何…。ダサくない?」
「私もそう思う。ダサい」
「それに…私が見た事あるやつより随分と古くない?誰からもらったの?」
「ま…じゃないや。虚様から。」
「…それ冗談?」
「私は嘘つかないよ。」
男に二言はない。見た目は女だけど。
私がそう言うと聖花はまた笑いだした。よく笑う子だな…
「はぁ…マユラちゃん面白いね。
……ん…。」
突然聖花は黙ってしまった。原因は…
「寒い?」
「うん…汗かいた状態で立ち止まりすぎた…。さむい。」
「そりゃそんな寒そうな恰好だからね…。」
お腹は開いていて、肩も露出しているその服は見ているだけで寒くなる。
「えーでもシャワー行きたくない…。」
「風邪ひくよ?」
「もっとマユラちゃんと話したい…。」
そう言ってくれるのは嬉しいが…体を壊されるのは申し訳ない。しかたない…
「ほら、これで少しは良い?」
「…お、なんかあったかい。何したの?」
「それは…秘密。」
「ちぇ、けち。」
炎で風を温めて聖花の周りに漂わせてあげた。説明がめんどくさいので秘密にする。とは言えさっさとシャワー浴びてきてくれないかな…。
「不思議な能力だね…。ねぇ、マユラちゃんは魔警に入るの?」
「一応そのつもりだけど…魔警について全然知らないから。」
「だから見学か。私の事も知らないくらいだもんね…。」
よほど有名人らしい。まぁこんなに美人なら有名にもなるか。
「…じゃあさ、魔警入ったら私のチーム来なよ。」
「え、良いの?」
それはなんというか…助かるのでは?魔警で行動するにはチームと言う居場所が必要なんじゃないかなぁと少し思っていた。ただ今の私にはチームを作る人望以前に知り合いがいない。
「良いよ。まぁある程度実力は持ってほしいけどね…。なんかさ、マユラちゃん…。いや、マユラとはなんか近くに居たい…みたいな。そういう気持ちの方が大きいんだよね。なんでだろ。」
嬉しい事言ってくれるじゃないか。ここまで真摯に接してくれる聖花に、私は後ろめたい気持ちになってしまった。私は彼女を騙しているのだから。私は、俺なんだ。
けれど、これも一つの罪だ。自分を出すことを封じたのは巡り巡って俺の責任。私には苦労を掛けることになりそうだ。
「私も…そう。私も聖花とはもっと仲良くなりたい。」
「じゃあ…頑張ってもらわなきゃね。」
聖花は少し離れて、手を大きく広げてこういった。
「魔警へようこそ…ってただの見学さんには言うけど。もう違う。この数分で私はあなたをスカウトしたくなった。だから…」
一度大きく息を吸って、聖花は言った。
「頑張って。魔警はあなたを歓迎する準備は整ってる。あとは走るだけ。」
「…定型文?」
「まぁそうだけど…。うん。マユラって冷静だね…。…はっくしゅん。」
「棒読みみたいなくしゃみ。」
「いや寒い!なんかマユラから離れたら途端に寒くなった…。」
あ、温風移動させるの忘れてた。
聖花はすぐに私のもとへ小さく固まった。…可愛い。これ男として見ていたら落ちていたかも…と、思いそれは絶対にないとすんなりと納得できた。
理由は簡単なのに、心で思う事すら拒まれるほど複雑な何かがあった。
ただ、絶対にない。…絶対に。だって落ちる心も、奪われる心もすでに、渡してしまっているのだから。




