第七話 笑顔と変化
炎使いが虚様と消えてから十数分。能魔警備員はこの異常事態に即座に対応していた。アルパリーダー達は魔警の隊長に報告兼三人の虚様襲撃者を連れて行った。クロンリーダー率いる『影』は逃げた誘拐犯を探しに、ここを中心に駆け走っているそうだ。他のチームは混乱を最小限に抑えるよう尽力していた。そして僕たち『雷刀雪』は…
「メクルリーダー、運転手さんは寝ているだけでした。」
「了解。僕の責任なのに…悪いね。」
「何言ってるんですか!私だって何もできなかったんですから…同じようなもんですよ。ほんと不甲斐ない…」
僕たちは他のチーム同様人々の混乱を抑えようと行動しようとしたら、レイさんに待機を命じられた。理由はまた誘拐犯が戻ってくるかもしれないから誰かは常に見張って欲しいとのこと。それと何か車に細工がないか調べておいてほしいと言われた。レイさんはダメで元々、と言いつつ聖花リーダーを呼びに行った。今は少しでも人手が欲しいのもあるが。、それ以上にあの人の存在は虚様の次に大きいと言っても過言じゃない。主に若い世代からは絶大な信頼を得ている。この騒ぎも少しは収まってくれるかもしれないと、レイさんは考えているのだろう。
「メクル、一通り調べたよ。」
「ありがとう。それじゃあ…そうだな。」
周りを見渡せば、未だ騒ぐ人々や、慌てている人が多くいる。この国の人たちにとって虚様は神様に近い存在。少なくとも僕はそう思っている。その信仰対象がいなくなれば不安に狩られるだろう。だが慌ててくれているだけならまだ良いほうだ。問題は…
「おい!魔警は何してんだ!虚様に警備を任されているんじゃないのか!」
「そうだそうだ!どうしてくれんだよ!」
やはりか。行き場のない感情は怒りとなって、矛先は魔警へと向く。当然の事だろう。僕だってそっち側ならそうなる。しかし、今は意見をぶつけう場合ではない。このままでは暴動が起こりかねない。
「メクル、俺たちは他のチームの手助けに向かう。」
「ケルト、だがレイさんに待機と…。」
「それはそうだが、このままじゃな…。今は少しでも落ち着かせて帰らせるしかない。行進祭は中止だ。」
「そうだな…。わかった。頼む。僕がここで犯人が戻ってくるか見守るよ。」
「了解。ライ、マゴ。行くぞ。」
「ん。」
「はい!ついて行きます!」
ケルトは二人を連れて、人々の中に紛れて行った。あの三人なら大丈夫だ。…ダメなのは僕の方だ。一体何をしてるんだ…。最後、あの炎使いがいなければ虚様は三人目の襲撃者に殺されていた。遅くとも溶岩を撃ったはずなのに、何者かに攻撃を防がれて…その何者かの行方もわからない。本当に…リーダー失格、いや魔警備員失格だ。浮かれていたのか…僕は。
自分を追い詰め、精進しようと決意した瞬間だった。
「う、虚様が帰ってきたぞ!!!」
誰かの声を聞いてすぐに高台に視線を送った。するとそこには先ほどの炎使いと虚様の姿があった。レイさんの言う通りだな。犯人はまた戻ってくる。
僕はすぐに電子機器で二人のリーダーに報告した。
「アルパリーダー!クロンリーダー!炎の男が戻ってきました!」
あの二人ならすぐにこちらに向かってきてくれるだろう。さぁ、今度こそ失敗は許されない。あの炎使いの男が何をしに戻ってきたかはわからないが確実に捕まえなければ。…流石に『最初の魔法使い』ではないだろうが、それでもあの炎は何か気になる。
僕が高台に上ろうとすると…
「はぁっっ!!!」
「やっぱりか!」
炎使いと虚様に何者かが突然現れ、攻撃を始めたのだ。炎使いも刀を取り出し応戦しだす。アレは…もしかしていつが僕の能力を切ったのか!
僕もその戦いに参戦しようとしたが…少し剣を合わせる二人を見ていてわかった。入れるような太刀筋じゃない。僕の能力を切った方もかなりの剣の使い手だ。ケルトでも手こずるだろう。だがあの炎使いはなんだ?まるで自分の体の一部のように容易く刀を使っている。しかも何か虚様と話しながら戦う余裕まであるようだ。
というか虚様の知り合い…なのか?
そうだとしたら…
「おい!炎使い!」
「あん!?今…取り込み中なんだが…」
「よそを見ている隙が…
「【雪達磨】!」
「なっ?!」
僕のもう一つの能力、『雪創造』。この世界では複数能力を持つことは許されてはいるが、世間では二つの対応を取られる。一つは、親しいものが亡くなりその力を受け渡された場合で、同情や応援をされる。もう一つは誰かから殺し、奪った場合。危険人物、故に人からは避けれられるどころか歩いているだけで通報される可能性だってなくはない。そしてその二つの場合が一目見てわかればいいのだが、残念ながらその術はない。よって複数能力者だという事で、偏見がある世の中なのだ。僕は魔警備員として名を知られているので悪い偏見は取られないのが幸いだ。…親しい者がいたかどうかの真実を知るものは、少ないが。
ともかくこれであの炎使いも戦いやすくなったはずだ。なんならその刀で雪ごと…
「やれ!」
「…了解。」
何故か炎使いは申し訳なさそうな顔でそう言った。不思議に思ったが、すぐにその表情の理由が分かった。
「【生命移動】」
なんか雪とか関係なく、襲撃者が消えたのだ。…うん、そういうことね。
僕は思い違ってたんだ。あの炎使い、次元がちがう。なんか雪遊びしただけみたいじゃん…はぁ。
思わず遠くを見てしまう。一瞬にして消した能力の仕組みはわからないが、とりあえず余計な手出しはいらなかったことはわかった。わざわざ「了解」とか言ってくれて…いい人だな。
明後日の方向を見ている僕の耳に市民の皆様の声が入り込む。
「あの雪いるか?」
ですよね…。僕もそう思います。
「いや多分動きを封じなければ危なかったんじゃないか!?」
いえ、全くそんなことないと思います…。
「でもあの雪…。」
…
すでに僕のライフは0。流れるように首は下に下がっていった。なんかここまで落ち込むことがあると逆に一周回ってやる気になるな。よし、やることをやろう。
「まぁ…ひと段落ついたし虚様の状況と…一応あの男を捕獲…
そう思い、今度こそ高台に上ろうとした時だった。
〈グギャァアアアアアアアアア!!!!!!〉
…ナニアレ。突然空から…ドラゴン…みたいなのが現れそのまま炎使いはドラゴンに乗って天高く昇って行った。ああいった光景をよくアニメの主人公が主観的に見ているのを、視聴者として見ているがまさか客観的に見ることがあろうとは…。いやはや、生まれた時から不思議な力には慣れてきた気がしていたけどまさかあんなのがいるなんて…。
僕は今日で、いくつかの悟りの扉を開いたような気がする。
成長を身に染みていると、気づいたら虚様がトントンと高台の梯子を下りてすたすたと大社へと向かいだした。
「ちょ…虚様!」
「ん…?何、メクルリーダー。」
きゃ、嬉しい。名前を知ってくれてるなんて…じゃない。違う違う。
「どこに行くんですか?!」
「どこって…大社だよ。私の家。」
なんか…イメージの虚様とは別人のサバサバとした女性がそこにはいた。てか若すぎない?大昔から生きてるって学んだからもっとこう…いや女性に年齢に関する話、思考することもダメだと昔ライに言われたんだ。
ただ確認だけはしたくてたまらなかった。
「……ほんとに虚様…ですか…?」
僕がそう聞くと、はぁはぁと息を切らしている誰かがこちらに向かってきていた。
「虚様…!お戻りになられたようで…はぁ…はぁ…。」
「雨音。来てくれたの?」
「それはもう…虚様が誘拐されたと聞きすぐに走って…って、虚様……ですよね?」
「僕もそう思いました。なんだか虚様らしくなくて…。」
「メクルリーダー!他の魔警の皆様は…。」
「今は誘拐犯探しに行って戻ってきているはずです。」
「えーと…でしたらメクルリーダーが虚様を助けていただいたのでしょうか。」
「…そうだったら良いんですがね。」
誘拐犯に助けてもらって、挙句の果てには同情までもらってしまった僕の立ち位置。
「雨音、帰るよ。」
「はい!?い、良いですが…。魔警の皆様に詳細を伝えなければ…。」
「あー…メクルリーダー。」
「は、はい。なんでしょうか…。」
「伝言役、お願いね。」
「は、はい!?」
「頼んだよー。」
なんだか…全くの別人なように感じる。だがもしかしたら人の目がない時はあんな感じなのかもしれない。…でも天音さんって虚様のお世話をしている人だったよな…。なのにあんあ驚いてるのも不思議な気がする。
疑問はおじいさんが解決してくれた。
「か、帰ってこられた…。五十年前、能力者戦争を終わらせたあの頃の…虚様じゃ…。」
いつの間にか静まった場に一つの声。その声は周りの人々を触発した。そうか…何か理由があって虚様はあんな魂の抜けた感じになっていたのか。
「…伝言って言われても…情報量が多すぎますよ。」
途方に暮れ、即断即決を常に心に構えているつもりの僕が立ち尽くしてしまった。あまりにも多くの事が起きすぎている…。
「メクル!!虚様はどこに?!」
「レイさん!聖花リーダーは…?」
「ダメだ…断られた。トレーニングで忙しいと。…いや今はそれより虚さ…。」
ようやく息を整えたレイさんは前方で天音さんを引きずりながらずかずかと歩く虚様を見つけた。
「う、虚様ぁ!?」
「ん…?あ。えーと確か…玲崎麗葉ちゃん。私もう帰るけどいい?」
「え、あ、う、は?」
多分今の四文字のどれかは名前を知ってくださっていた喜びの表れだろう。僕は「あ」だと思う。
流石にレイさんは先輩で、すぐに冷静になり虚様の進行を止めた。
「困ります!その…一応あなた様はこの国の中心なんです。警備もなく歩いてはまたさっきのような輩に…。」
「大丈夫だってば。私一応戦えるよ?」
「そ、それでも…。」
レイさんは今多分めちゃくちゃ葛藤しているんだろう。背中を見ていても悩んでいるのがよくわかる。会話相手は今までただのお地蔵様…と言ったら失礼だが。それが今ではわがままを言う座敷童と行った所だろうか。強くは出れずとも従ってはもらいたい。どうするんだろうな…。
少なくとも、僕の印象でのレイさんは意思の強いかっこいい人だ。
「それでも、どうかここで待機願いたいです!今散らばっている魔警を全員集めて
、行進祭を再開させてもらえませんでしょうか…。その…この祭りは一年、国民の皆様に信頼を持っていただく重要な祭事なのです…。」
レイさんは初めての虚様への対応もほぼ完ぺきにこなした。やはりあの人はかっこいい。能魔学校時代は怖いとしか思わなかったものだ…。
「…虚様、私からもお願いです…。警備もなしに歩くのは…。」
揺れかかっていた虚様に雨音さんが最後の一撃。
「わかった、そこまで言うならそうする。はぁーぁ。早く帰って休みたかったのに。」
子供のようにうだうだ言いながら虚様は車に寄りかかった。どうやらここにいてくれるようだ。
「はぁ…良かった。」
「レイさんすごいですね…。」
「私も今自分を全力で褒めてやりたいところだ。だがすぐに皆を集めねば…。にしても虚様はどうなさったのだ?」
「それが…わからなくて。」
「まぁ詳しい話は聞く。なんだか大きな影が上方にいたようにも見えたが…それも諸々教えてもらうぞ、メクル。」
「了解です。」
果たして信じてもらえるかは微妙だが。
「メクルはこのまま虚様の警備を頼む。人々からもな。」
「わかりました。」
レイさんはスマホを取り出しすぐに連絡を取り出した。
僕は虚様を守らねばと近くに寄る。
「…暇。」
「虚様一体どうしてしまったのですか…?何か誘拐犯に言われたのですか?」
「雨音さんの前ではこうだったりするわけではないんですか…?」
僕も気になったので会話に参加させてもらった。今はこんな感じだが虚様と雨音さんと話す機会なんて一魔警備員には一生ないかもしれない。
「はい…。無口で温厚な方なんですが…。」
「ふふっ…真逆。」
他人事のように笑う虚様は手を振ってくる人へ手を振り返す。こんなファンサするような人だっけ?
「あの…虚様。」
「何?」
「聞きたいことがあるのですが…。」
緊張しつつも僕は問うた。あの炎使いの正体について。最初はそんなはずないだろうと思っていたが、虚様ならあり得るかもしれない。『最初の魔法使い』と、知り合いの可能性が。




