第四話 大仕事と幼馴染 『♠』
レイさんに連れられ僕たちが向かった先は虚様を乗せた車の出発点、魔警本部の真ん前だ。
「メクルたち、一応失礼のないようにな。」
「了解です。」
「私虚様ちゃんと見たことないからちょっとわくわく。」
「私もです…。でも確か虚様は行進祭の時以外も顔に黒い布みたいなのをかけていたような…。」
「虚様は繊細な方だからな。あまり人目にそのお姿をさらすこと自体、本来ならあり得ない事なのだ。けれど行進祭は国民がどうしても虚様に直にこれまでの感謝を伝えたいという事でできたお祭りで、その民意に虚様が承諾したところから始まったんだ。」
「なんだ…じゃあ虚様に挨拶できないんだ。」
「ライ、頼むぞ。」
「…一応聞くけど何を?ケルト。」
「最悪『雷刀雪』がなくなるかもしれん。」
「ケルト、信じて。」
「一番信用ならん対応してきやがって。」
「ま、ライはいつも真面目なところじゃしっかりやるだろ。僕はそこまで心配してないよ。」
「ほら、メクルもこう言ってるんだしケルトも警戒緩めてさ。」
「いやこれから警備任務だぞ?」
「お前たち、そろそろ配置につけ。車の北東方向にメクル、反対側にライ。メクルの後ろにケルト、ライの後ろにマゴだ。伝えていただろう。」
「レイさんはどこに?」
「私は車の真後ろだ。一番前にいれば一番良いのだが、流石に虚様の前に出るのはダメだろう。」
レイさんに言われたた通り、僕たちは立ち位置に着いた。行進祭が始まるまであと五分もない。なんだかんだ緊張しているようで、僕は目をちらつかせてしまう。こういう時は何か適当に頭を動かそう。
行進祭、と言うのは僕が生まれる前からあるがそういった経緯でできたものだとは知らなかった。とりあえず、虚様に直接会えるわけではなさそうだな。
もうすでに車は用意されていた。そして周りには多くの人々で溢れていた。一目見ようと来た人がほとんどな気もするが、さっきレイさんが言ってた通り本当に心から虚様へ感謝を伝えたい人もいるのだろう。昔、能力によって荒れていた世界を変える起点となったのは虚様だと言われている。その「昔」を聞いたのは僕が子供の頃だ。相変わらず、いつから生きているかわからない。
「レイさん、虚様の付き添いの人とかはいないんですか?」
「いるにはいるが大社で迎えることになっている。雨音さんと言う方だ。」
ふとしたことをレイさんに聞いていると、魔警の屋上から高らかな音楽が流れ出す。優雅で、綺麗で、僕のボキャブラリーではこれが限界だ。この音と同時に、行進祭は始まる。
「虚様ー!」
「ありがとうございます!」
「虚様!」
「虚様だ!来年もよろしくお願いします!」
豪勢な車が動き出し、車の高台の幕にいた虚様が外に出てくる。車に合わせ、僕たちも歩き出す。こういった車はフロート車と言うのだったか、間近で見るのは初めてなのでその装飾の豪華さに少し押される。けれど、その車なんか目にもないほど虚様の偉大さに僕は心動かされそうになる。なんだか宗教にハマってしまう人の気持ちがわかるような気がした。レイさんが言った通り、虚様は黒い布で顔を隠しているがそのお姿は目に取れる。綺麗な着物に包まれているせいで、その体格はわからない。ただただ優雅な、なんか平安貴族って字面が似合いそうな女性だという事しかわからなかった。謎の多い人、と言う印象だったが神様ってそんなもんかと変に納得しつつ、僕は周りを警戒する。わざわざこんな一番警備の硬い状態で虚様を狙う輩がいるとは全く思っていないので警戒する必要があるのかと疑問には思うが…仕事は疑問を持ってやるもんでもないか。
「虚様ー!」
「虚神様ー!!!」
車が進んで10分ほどくらいだろうか、鳴りやまない虚様コールが少しうるさく感じてきた辺り。とっくに僕の中の虚、と言う言葉はゲシュタルト崩壊していた。
そんなころ、ケルトが僕の横まで歩いてきた。自由人め。
「どうした?」
「いや、少し退屈になってな。あと何分ほどで大社なんだ?」
「一時間きっかりのはずだからあと五十分ほどだよ。」
「嘘だろ…。レイさんの訓練より厳し…いやそれはないな。」
「あぁ、それはないだろ。」
レイさんの訓練。思い出したくもない。体をまず温めようと言ってなぜ腕立て1000回やらせるんだ?しかもきっちり体が休まるくらいまで休ませるのもなんだか天国と地獄を行き来している感覚に陥るから尚更辛い。
「コラ、お前ら。真面目にやれ。これは帰ったら訓練だな…。」
「うっ…ケルト。戻れ。」
「了解…。」
余りにも平和過ぎて気が緩んでしまった。さっきにレイさんの発言は冗談だと信じたい。
行進祭も残り半分と言ったところで、事件は起きた。
「メクルー。」
「どうした?ライ。」
何故か反対側にいるはずのライがこちらに来た。
「マゴちゃんがおなか痛いって。」
「それはマズイな…。」
緊張がほぐれなかったか…?リーダー失格だな…。まぁマゴには離脱してもらうか。第一、魔警に入って三か月でこんな任務やるほうがおかしいのだ。仕方ない。
「あ、メクルリーダー。もう大丈夫です!」
「そうか?無理しなくていいんだぞ。」
「いや、さっきレイさんが【ヒール】かけてくれたので!」
普通、腹痛は【ヒール】では治らない。【ヒール】は基本的に外部的な傷しか治せないのだ。ただ、使い方によって色々変わったりもする。レイさんは特に【ヒール】を使いこなせる人で、腹痛、筋肉痛の痛みを緩和するくらいならできるのだ。根本的に治すわけではないので多用は厳禁とレイさんが言っていたのを覚えてる。
小さな事件はすぐに解決し、僕たちが配置に戻った…
その時だった。この瞬間、世界の動き出していた大きな歯車が加速したような気がする。
「…なんだ?」
「どうしたんだろう?」
「おーい。魔警の人たち。これは何かイベントか?」
人々から疑問の声が上がる。僕たちも上げたいところだった。それは何故か。
突然、虚様の乗っている車が止まったのだ。こんなの予定外である。
けれど、上の方で座っている虚様は大きな動きを見せない。落ち着いているように見え、余計このハプニングが何かしらのイベントのように感じた。けれど、すぐにそんなことはないと頭を切り替えた。車を運転していた人の頭が、ハンドルに下がるのを見たからだ。
プゥーーーー!!
と、運転手の顔がハンドルに落ちクラクションが鳴り響いた。その音が合図のように、突如虚様のいる高さあたりの空中に三人の何者かが現れた。手には…刃物。
僕が刃物を持っていることに気付いたときには、すでにその三人は獲物を虚様に向けて動いていた。
マズイ。
「【雷撃・イカズチ】!」
「【無流・鬼時雨荒咲】!」
ライの雷、そしてレイさんの剣技が三人のうち二人を打ち落とす。残り、一人。
僕がやるのだ。
「メクル!正面一人!」
「はぁあ!!」
レイさんの声と同時に、咄嗟に溶岩弾をその一人に放ったが…
「悪いが、大人しくしててくれ。」
「なっ!?」
「メクル!?」
僕の溶岩何か風の様なものにはまるで豆腐のように一刀両断されてしまった。ケルトの焦りに満ちた声が僕の心を揺さぶる。
…やってしまった、気を緩めすぎた…!!!!
すでに風は過ぎ去っていた。
脳裏に焼き付くのは一つの未来。大勢の観衆の中、虚様と言う一人の神に値する人間が亡くなる…そんな最悪の事態を、僕のせいで…!
けれど、この失敗が未来に色を垂らしたことを、僕は自覚していなかった。
神様と呼ばれる虚様は、神様に愛されていたのだ。
突如、刃物を持った男は弾かれる。
「【炎流 風桜】」
「がはぁっ!?今…どこから…」
見えたのは、舞い踊る炎の剣技。その光景を僕は何故かとても見覚えがあった。そうだ、昔レイさんに見せてもらった最初の無流の技。
まるで時間が止まったように、今起きたことがまるでなかったかのようにこの場は静まり返っていた。そしてその場の全ての人の目が、虚様の前に立つ炎を纏った男に集中した。
静寂を破ったのは……虚様だった。
虚様は黒い布を自らの手でずらしていた。
「…《《ユラ》》…?」
「…ん?……………は?お前…真か?」
その男は、虚様の本当の名を言った。
わずか二秒、体感二分。時間が経ち人々はこの瞬間の出来事にそれぞれ抑えきれない思いを言葉にした。
「なっ…何が起きたんだ!!!???」
「誰なのあの男は?!」
「いやそれより虚様の襲撃犯は…!?」
当たり前のごとく起こる大騒ぎ。僕はその場に立ち尽くし何が起きたかわからなかった。すぐにレイさんの声で、自分が魔警備員であることを思い出す。
「おい!虚様から離れろ!」
「おっと!?危ないな。」
「何者だお前…。虚様を助けたことは感謝するが…何分そのお方は神に匹敵する存在だ。話を聞きたい、少々拘束させてもらおうか。」
「…おい真、お前いつからそんな大層なもんに…。」
「…逃げて。どこかに。」
「は?どこってどこ…
「虚様から離れろと言っただろう!」
レイさんは手にもつ剣と、もう二本剣を空に放り出す。本来ならその剣は音を立てて地面に落ちるだろう。しかし、レイさんの能力『刀』によって二本の剣は宙に浮き、炎の男を狙う。
「おいおい!?話を…いや聞きたいのか。畜生。」
その男は何故かそこに来ることがわかっているかのようにレイさんの剣を避ける。常人に三方向から狙ってくる剣を、それも虚様の前から動かずなぜ避けられる?
「メクル!どうした!」
「アルパさん!僕も何がなんだか…。突然三人の襲撃者が現れたと思ったら虚様を守るように…炎を操る男が。」
「炎だと…そんな馬鹿な。失われた能力だろう、それは。」
「でも…あれ。」
僕の目に入る、その男の姿には確かに炎が漂っていた。まるでその状態が自然化のように。
「くっ…虚様を盾にして…。」
「いやどちらかと言えば俺が盾になってるから!?おい真、手離してくれよ!」
よく見ると虚様がその男の腕をぎゅっと掴んでいた。人形のような人だと思ってたが…
「良いから…逃げて!どこかに!」
「じゃあ離せよ!?」
「…やだ。」
「やだ?!あぁもう…わかったわかった!」
突然、空中に赤い本が現れた。今日はどうしてかそういう光景をよく見る。
「逃がすかっ…!【無流一閃…
「悪いが、逃げる。【瞬間移動】」
レイさんの三本の剣は宙を切った。ビュンッと恐ろしい音がなる。
突然消えた、その男と、虚様。
「う、虚様が誘拐されたぞ!!!」
「キャァーーーー!!!」
男女の大きな声が伝染し、瞬く間に混乱が広がった。
「なんだってんだよ…。レイ!男は!」
「いや見失いました!アルパさん、クロンさんはどこに!?」
「クロンはすでに動いてるはずだが連絡がねぇ!メクルたち!とりあえず今は市民の人々を落ち着かせろ!このままじゃ怪我人がでる!」
「りょ、了解!ケルト、マゴ、ライ!」
「わかってるよ。もう動く。」
「何が何だか…えーとえーと…。」
「マゴは俺と行動してくれ。メクル、お前は三人の襲撃者を拘束しとけ!」
「そうだな…各々動いてくれ!」
10時43分。魔警本部から少し過ぎた先、大社が見えかかった所で、毎年恒例行進祭は混乱に極まった。雷に打たれた者、峰内で気絶した者、そして…焼け焦げた跡のある男三人を縄で縛りつつ、鼓膜を震わす喧騒の中僕はすぐさっきの出来事を思い返した。なんなんだあの男は…!炎の能力…失われた能力と呼ばれる伝説の能力の一つ。その力を持つ者を、僕は能魔学校でこう呼ばれていると教わった。
『最初の魔法使い』、と。




