第二話 再開と祭事 『♠』
「畜生…せっかく本を手に入れたってのにここで終いかよ!やってらんねぇぜ!」
「そうだね。さぁ、諦めて膝をついてくれ。」
聞かされた通り、ちゃんと簡単な任務だった。新人のマゴの為に選んだが、彼女には少し簡単すぎたかもしれないな。リーダーとして実力を低く見すぎてしまったようだ。
「メクルリーダー。手錠かけますね。」
「あぁ、頼むよ。ケルト。僕たちは伸びているやつらを捕獲だ。」
「良いが、数が多いな…どうする?車に積み込んだら大荷物だ。」
「それもそうだな。うーん…。」
僕たちが悩んでいると、大きな物音が倉庫の中に響いた。さっきのリーダー的な奴の能力に近い音、けれどその音は重く、深かった。
「がはっ!…げほっげほっ。」
「マゴ!大丈…
僕は目を疑ったと同時に、納得もした。最近、魔警内で小さな噂が立っていたのだ。なんでも、突然無力化したはずの犯人の能力が狂暴化し危うく大惨事になりかけたと。その報告に対し魔警は、まだ意識があった犯人が暴れ出しただけという結論を出した。実際、僕も最初は同じ意見だった。しかし、次第にそういった話がよく耳に入るようになり出し、少し警戒を高めていたのだが…
「ケルト、マゴを頼む!」
「おい!メクルお前ひとりで突っ込む癖やめろ!」
ケルトの声を無視し、僕は暴れ出した能力者…いや、能力に飲まれ出したと言った方が正しいか。その噂を聞いたとき、引っかかった点があったのだ。「犯人の能力が狂暴化し…」。なんだか日本語がおかしい。犯人の能力が強くなり、暴れ出したのならわかる。能力が狂暴化?能力に意思はないのに。と、その時は笑って考え過ごしたが今あの男を見ればわかる。
「おい!落ち着け!」
「なんだってんだぁ!?俺様は…おチツイてる…ぜ…?」
その男の手には一つの箱が握られていた。アレが原因か!?とにかく止めなければ…
「はぁあああ!!」
「がっ!あちぃいい!!!」
僕の能力『溶岩』。それは世間的に最強の力と言われてた。しかし所詮能力が強いだけでは意味がない。
「しねぇえええ!!」
「おいおい…強化どころじゃないな!?」
最初見たのは肩から砲弾を放つだけの能力。だが今はどうだ?軽くトラックほどの大きさの鉄球が複数、僕に襲い掛かってきていた。溶岩とはいえここまでデカい物を一瞬に溶かせるわけじゃないんだぞ?!
「くっ…後ろに行かないよう…ずらすので精一杯だなこれは。」
背後には先ほど吹き飛ばされたマゴもケルトもいる。ケルトが来てくれたのなら…いやこの大きさの鉄球は流石に無理か。
「仕方ない…本気を
まさかこんな簡単な任務で本気を出すことになるとは思わなかった。と、一度行ってみたかったセリフを言いたかったのだが優秀なチームメイトに邪魔をされてしまった
「ほいほいほい!どしたのメクル!負け気味じゃない!?」
「ライ!?」
突然、物凄い速度で僕の横を、鉄球の周りを声が過ぎ去った。
「【雷撃・イカズチ】!!」
「ガハァッ!?」
大きな鉄球でよく見えないが、多分ライの雷が暴れていた男を貫いたんだろう。殺していないと良いのだが…。
「おいライ。今日は能力学校でお仕事じゃなかったのか?」
「いやそうだったんだけどさ。今日午前だけだったのよ。で、魔警本部に戻って部屋に行ったら誰もいないんだもん!ようやく探したらなんか苦戦してたメクルが見えたって訳。」
「任務時はちゃんと事前にチームメンバーを伝えておかなきゃいけないんだぞ。」
「まぁまぁ!固い事言わないの。突然雷が落ちてきたとか言えばいいじゃん!…ってマゴちゃんがヤバいんだった。」
ライはまた世話しなく雷の速度でマゴの下へと駆け戻った。あれがうちのチームの最強。三虎ライ。『雷』の属性能力を持つ能力者。属性能力、と言うのは簡単に言えば概念に関したり、一つの物質、物体を司る力の事を言う。能力に関する詳しい話は僕よりもマゴの方が知っていて、なんだか本当にリーダーの座をいずれ奪われそうで怖い。
ちなみに、マゴに関しては見間違えじゃなければ吹き飛ばされた後、ちゃんと受け身を取っていたので意識はあるのだろう。ライの一般魔法は【ヒール】だし、マゴ本人も使えるだろうから多分大丈夫だ。
それより今はこの男だ。
さっきまでの忌々しい、近寄りたくもないようなオーラを発していた様子はなく気絶しているように見えた。
脈を確認したが…
「…生きてるか。良かった。で、問題はこの箱…。」
男の付近に落ちていた箱を用心深く確認する。一見はただの赤い箱。何か模様やマークがあるわけでもなくシンプルな赤。それが余計不気味さを際立てていた。
箱を開いてみると…
「…これは、錠剤でも入ってたのかな。」
開くと何か入っているわけではなく、錠剤の形をしたくぼみが一つあった。何か薬を飲んであんな状態になったのか?能力はそんな能力者本人による影響はそこまで受けないはずなんだが…。どちらかと言えば本だ。本に何か仕組みでもあるのかと思ったが何かあったような形跡はない。
「メクル。マゴのケガは大丈夫だったぞ。」
「ケルト、これ見てくれ。」
僕はさっき拾った箱をケルトに見せた。
「これは…。まさかこの中身のせいでああなったって言うのか?」
「さぁ、まだ憶測だけどこう見たらそうとしか考えられないだろう?」
「それもそうだ。その箱は副隊長にでも届けたらどうだ?」
「医療関連ってことで神崎さんでもいいと思ったが、まぁ副隊長の方が安定か。」
能魔警備隊の副隊長はなんと一般魔法を作ったとんでもない人。困ったらあの人に効けと魔警内では有名だ。
「とりあえず戻るか。もう任務は終わりだろ。」
「そうだね。ライが車で来ていたのなら随分ラクなんだけど。」
「え?私走ってきたけど。」
「だろうね…。」
その後上司から電話があり、大勢の不良軍団はこの辺りの魔警支部に任せることになり暴れ出した男は魔警本部の人が個別で連れて行くと言う話になった。
「そろそろ着くらしいが…ん?あれ神崎さんのとこの人じゃないか?」
「え?あほんとじゃん。」
引き渡す車の持ち主は、魔警の救護専門チーム。リーダー神崎が率いる『縁円』の人だった。
「いやぁごめんね。遅れちゃって。それで…暴れ出したって子はこの子?」
「そうです。えーと…」
「あぁ、ちゃんと自己紹介はしたことないのか。私は堺田と言うものだ。神崎リーダーは今忙しくてね。私が連れて行くから、『雷刀雪』の皆さんはもう魔警本部に帰っていいってさ。」
「ありがとうございます、わざわざ…。多分もう暴れることはないと思いますが、一応気を付けてください。」
「ありがとうね。でも一応私も能魔警備隊の一員だ。何かあっても対処できるよ。それじゃあ、また会える機会があったら。」
そう言って堺田さんは車に気絶した男を乗せて去っていった。魔警は多くのチームの協力で成り立っている。
これにて任務完了だ。
「さて、帰りますか。」
「そうだねー。マゴちゃん大丈夫?」
「はい、もう元気です。でもまだまだですね…私も。不甲斐ない。」
「いや、マゴはよくやっていたぞ。あれは俺たちの危機管理が足りなかった。」
「マゴがまだまだ、と言うなら僕はまだまだまだまだ、だ。チームの一員を傷つけるなんてリーダー失格だよ。どんな任務でも手を抜かず全力でやらなきゃ、天下のチームなんて言われてられないからね。」
「そうそう、メクルは失格。私にリーダーやらせてよ!」
「ライが僕を推薦したんじゃないか…。」
「えー、だって陰から支えたほうがかっこいいかなって。」
「ライ先輩今日はかっこよかったですよ。痺れちゃいました。」
「え?そう?じゃあリーダーはメクル続投で!」
「調子のいいやつだな…。」
任務終わりとは思えない気の緩め具合で僕たちは魔警本部へと帰った。
「はぁー…疲れた。なんで走って帰らないの?」
「誰もが雷の速度で走れると思ったら大間違いだからな、ライ。」
「メクルリーダー、コーヒー飲みます?」
「あぁ、助かるよ。なんだか悪いな、今日は僕のせいで痛い目にあってしまったのに。」
「大丈夫ですってば。自分で回復できますし。元気だったのにライ先輩が無駄に【ヒール】かけたせいで今日は寝れませんよ。」
【ヒール】ってカフェイン含んでたのか。
僕はそんなことを思いながらチームの部屋の、自分の机に座る。魔警はチームにそれぞれ個別の部屋をくれる超優遇組織なのだ。とは言え、その部屋の広さ、利便性はそのチームの功績によって変わる。もちろん、大きい手柄を上げれば大きい部屋がもらえるわけだ。で、天下の『雷刀雪』なんて言われるのだから、僕たちに用意された部屋もそれは良い場所だった。人数分を余裕で超えている机に、ふっかふかなお客さん用のソファ、兼ライの昼寝場…。さらには冷蔵庫にキッチン、テレビもあるのだ。最初、こんな部屋もらえないと断ったがその断りを断られた。逆に使わせるほどのチームがいないと言われてしまって。隊長直々にこの部屋を進めてくれたらしい。魔警の隊長、それは魔警備員でもほとんどの人が見たことない存在。もうなんか妖怪だとか幻の○○モンとか言われてるくらい。
「ん?メールだ。」
「誰からですか?はい、コーヒー。」
「ありがとう。えーと…おぉ、隊長からだ。」
「え!?隊長さまですか!?」
マゴが僕の机の上のPCにかじりつくように身を乗り出す。危うくコーヒーがこぼれる所だった。
「マゴ、画面が見えない。」
「あ、すいません…。私も近すぎて何も見えませんでした。」
「何をしてるんだお前らは…で、内容はなんだって?」
「えーと…虚様の大行進祭の第一等警備を任す、だってさ。」
「だいこうしんさいって何?ケルト。」
「ライ、お前教師のくせに知らないのか!?」
「私体育教師だもーん。」
「すみません、私も名前くらいしか…。」
「マゴはあまり祭り事には興味がないもんな。でも虚様の名前は聞いたことがあるだろう?」
「それはもちろん!その人に能力の適性があるかどうかが見分けられたり、一目見ただけで能力名がわかっちゃうお方ですよね!神様の申し子だとか、神様自体だって言われてて。もう私のおばあちゃんが生きてたくらいからいるとかなんとか…。」
「そう、その虚様はなんかもう神様扱いでね。中々人目には出てこないんだけど、年に一度虚様の済む大社から魔警本部まで多くの警備の中、それはもう大層にお金をかけた乗り物に乗って進行する祭りさ。」
「大社ってあのおっきな豪邸みたいなやつ?」
「まぁ、そうだな…。大社とは言っても庭園みたいなものもあるから、正直名前だけの社でその実はおっきな家だな。」
「へぇ…その行進祭の警備ですか。でも第一等って言うのは?」
「確かその虚様の乗る乗り物のすぐ横を保護するだけじゃなかったかな。」
「だけって、重要任務じゃないですか!?」
「いや、そうでもない。警備とは言っても誰が襲いに来るわけでもないしな。それにこの行進祭には魔警のほぼ総戦力が参加すると言っても過言じゃない。俺なら手薄な魔警を狙う。」
「でも聖花リーダーはいつも残るよ?」
「なんてこった…無理じゃないか。」
「なんで魔警を襲うことになってるんだ僕たちは。」
総戦力が参加するというのにその一番重要部分を僕たちが任されるとは思わなかった。天下、と言いつつ僕たちより強いチームは多くある。期待されていると捉えていいのだろう。
「それでいつなの?そのお祭り。わたあめある?フランクフルトは?」
「ライ先輩…ちゃんと仕事してくださいよ?」
「えーと…あ、明日だね。」
「明日か、急だな。」
「なんで直前にそんな重要任務を任せてくるんですかね…。」
「良いじゃないか。実際お祭りなんだし、どうせなら楽しんでこよう。」
比較的気持ちを軽く、僕たちは大行進祭を迎えることになった。




